第2話


「あっちゃ~………食堂は全滅か~」


 戦場と化している学生食堂を前に赤毛の長髪の少年は立ち尽くしていた。


 目の前にある食券の券売機は一つの項目を除いて売り切れの赤ランプがついていた。


「今からじゃ購買も全滅だろうしなぁ………」


少年の視線は唯一売り切れのランプがついていないボタンに行った。


―――シェフの気休め【ボルシチそうめん】180円―――


 全然味が想像できない一品だった、と言うか幼等部から大学院まで一貫エスカレーター式マンモス学園【クレプスキュール学院】創立以来、片手で数えられるほどしか挑戦者がいない一品だった。


 赤毛の少年とこ、大神命は究極の選択を迫られていた。

 食うか食わないか、今から別の場所で食料を確保すると言う発想は彼の頭から消えていた。


 滝のような汗を流しながら彼は震える手で財布から100円玉を二枚取り出し、券売機に投入しようとしていた。


ドクン………ドクン………いやに心臓の音が五月蝿い、息も荒く何度唾を飲み込んでも喉が渇く。

「ハァ………ハァ………いっ、いくぞ!」


 荒い呼吸を繰り返しながら意を決してコインを投入しようとしたその時!


「みつけたぞ! バカ命!!」

「うっひゃぁお!!」


 突然背後から声を掛けられ後頭部を殴られ、すっとんきょんな声を上げて驚き飛び上がる大神。

 声を掛けた少女も驚いて目を白黒させた。


「いきなり変な声上げないでよ、驚いたじゃない! バカ命!!」

「いやそれ俺っちの台詞、ちゅーか人の頭をぽんぽん気軽に叩くな日野下!! 馬鹿になったらどうする気だ!」


 大神が振り向いた先には二人の少女がいた、大神に声をかけ、後頭部を殴った少女は前髪をサイドに二つの髪留めで止め、つるんとむき出しになったおでこ、やや尖り気味の目、口元の黒子がチャームポイントの少女、その少女の背後に隠れ、大神をちらちらと見つめるおさげ髪にメガネを掛けた幼い顔立ちの少女、たゆんと大きな胸が揺れる。


「安心しなさい、それ以上馬鹿になることはないわ、それよりもあんたまだ昼食まだよね、食べていたとしてもまだと言いなさい!」


 日野下と呼ばれた少女は、びしっと指を大神に指す。


「ほら萌、彼に用があるんでしょ!」


 背後に隠れている少女を強引に前に押し出す、萌と呼ばれた少女は逃げようとするが強引に大神の前に立たされる。


 萌はちらりと大神の顔を見ると顔を真っ赤にして手に持っていた弁当袋で顔の半分を隠し俯く、しばらくもじもじもごもごとしていたが大きく息を吸い。


「あっ、あの、大神さん! もし良かったら一緒にお弁当食べてくれませんか! そ………その作りすぎて………えっと、大神さんに食べて欲しいなって………駄目ですか?」


 ずいっと弁当を大神の前に差し出す。


「えっいいの? まじラッキー! いや~食堂も全滅していて昼飯どうしようか困ってたんだよね。でもどうして作りすぎたの、賞味期限近かったとか? OKOK、俺っち腹は丈夫だからじゃんじゃん処分してくれ!中庭で食うか?」


 大神は萌から差し出された弁当を受け取り足取り軽く中庭へと向かった。


「はぁ………鈍感。なんであんなのがいいのか本当に理解に苦しむわ」


 日野下は頭痛がする頭を抑え盛大に溜息を吐き、萌をつれて大神の後を追った。


「いや~食った食った………萌っち結構料理うまいな、こんなうまいの初めてだよ」


 中庭の芝生に座り腹をさする大神、褒められ顔を真っ赤にして俯く萌、その二人の様子を見て日野下が口を開く。


「命さぁ、そんなおいしいお弁当ご馳走してもらったんだから何かお返ししないといけないよねぇ?」


 何か含みのある日野下の口調に、大神はギッ………ギギッとさび付いた扉のように滑りの悪い動きで首を日野下に向け、ぎこちない苦笑を浮かべる。


「今ニュースで話題の連続殺人事件知ってるでしょ? その事件とほぼ同じ時期に都市伝説【カゴメ様】と言うのが浮上したの」


 日野下は目を輝かせて連続殺人事件と都市伝説の関連性について独自の推理を述べる。


「新聞部としてその関連性を萌と調査したいんだけど、か弱い乙女二人じゃ不安なのよ。そこで命が昼飯のお礼にボディガードを買って出るってわけよ!」


 びしっと人差し指で日野下は大神に指を指す。


「買って出るって決定事項かよ! いやまあ、ボディーガードはいいけど、か弱い乙女二人ってのは萌っちとあと一人誰───おぐふぁっ!!」

急に大神が奇声を発したと思うと、大神の腹部には日野下の拳がめり込んでいた。


「貴方の目はタピオカかしら?か弱い乙女なら目の前にいるでしょ! 目・の・前にっ!!」

「か弱い乙女は体重を綺麗に乗せたレバーブロー打ちません、というか! インパクトの瞬間に捻りを入れたりもしません! もう少しでさっきの弁当が巻き戻し再生するとこだったぞ!!」

「汚いわねえ、ともかくボディーガードの件、はいかYESで答えなさい!」

「別に暇だし引き受けるけど………ちゅーか、拒否権はなッからなしかよ!!」


 大神の叫びと同時に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


 夜の19時、とある自然公園に大神、萌、日野下の3人が集まっていた。


「私が聞いた話だとね、この公園を中心に顔のない白い猫が目撃されているらしいの。と言うわけで萌と命で組んで調査してもらいます」


 そうのべながら日野下は笑みを浮かべ萌に瞬きで合図を送る。


「んっ、それなら効率よく3人わかれ───あいたぁ!?」


 笑みを浮かべながら日野下が大神の足の甲を踏んでいた。


「あんたの役目はボディーガードでしょ、3人とも別れたら意味が無いじゃない」

「だったら、俺っちと萌っちのペアとお前単独なんて変則チーム別けの意味が───がっはぁ!?」


 更に体重を掛けて大神の足を踏みしめた、顔は笑っているが目は怒りに満ちていた。


「いい加減空気読みましょうね命君、ともかくあんたは萌とペアを組む、以上!!」


 吐き捨てるように言うと日野下は足早に公園の奥へと消える。

 夜の公園に大神と萌が取り残された。


「おーいて……。あいつ何あんなに起こっているんだ、アノ日か?」


 踏まれた足をさすりながら一言漏らす大神、萌は苦笑を浮かべ溜息をつく。


「ごめんなさい大神さん、私が大神さんを誘いたいって無理言ったから」


 申し訳なさそうにぼそぼそと呟き俯く、時折顔色を伺うように目線だけ大神に向けて。


「はへ、何でまた俺っちを?」


 きょとんとしながら萌の方を向いて立ち上がり、足の調子を確かめるようにつま先で地面を叩く。長身な方の大神は俯くように萌を見た。


「………大神さんは憶えていますか? まだ入学して間もない頃、私痴漢に会った時大神さんが助けてくれたんですよ」


 萌は一歩大神に近寄ると見上げて述べた、夜の公園街灯に照らされた萌の頬は朱に染まっていた。


「凄く怖かった、怖くて声も出せなくて誰か助けて欲しかった。でも誰も見てみぬ振りや気づかない人達ばかりで泣きそうになった時に大神さんが現れて、私を助けてくれた」

「そんな事あったっけなあ………憶えてないや」


 大神は気恥ずかしそうにそっぽを向いてそっけなく答えた。


「大神さんにとっては当たり前で覚えるほどでもない事でも、私にとって大きな出来事でした。あの日からずっと私大神さんの事がす───」


「君達!そこでなにをしているんだね!!」


 街灯とは違う明かりに照らされ、不意の問いかけに二人は飛び上がり慌ててはなれた。

 明かりの先にいたのは制服姿の警官、巡回の最中だったようだ。


「………邪魔したところ申し訳ないが、ここ最近この近辺で事件が起きています、途中まで送りますので申し訳ございませんが、帰宅していただけますか?」


 丁重な口調でではあるがどこか強制を込めた雰囲気が漂う言葉だった。


「仕方ないな、ポリさんの言うとおりにしようか、萌っち」


 大神は肩をすくめて萌を促す。


「あっ………でも、日野下さんが………」


日野下が去っていった場所を見て萌は固まった。


「日野下さんと言う方なら先ほどその先で私の同僚が送って………」


 同じく警官も萌と同じ方向を見て固まる。


「んっ? どうかし………」


 大神も二人の視線の先を追って固まった原因を知った。


―――ニャアアア―――


 三人が振り向いた先の街灯の下に白い猫がいた。

 鳴き声と同時にチカチカと先ほどまで点灯していた街灯が点滅する。

 点滅する街灯に照らされたその猫は………


―――顔ガ無イシロイ猫ダッタ―――


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