第17話 悲しいことは何もない
結局、二時間ほどかけて質問やツッコミに答えながら俺は練習試合の展開を話した。質問というのは、バスケを知らない加奈ちゃんの「それって何?」という質問で、ツッコミは雪さんからだった。今年からバスケ部のマネージャーを始めたらしく、悲しいことに俺がキッカケになってしまったらしい。
普段、バスケの激しさを見ているからこそ、俺がバスケ部の人たちとある程度渡り合っていることに驚いたようだ。
「ふえぇぇぇぇ~~。すごいなぁ。私もバスケしようかな」
「是非しようっ!うん、そうしよう」
加奈ちゃんは流石だ、よくわかっている。よし、さっそくバスケ道具の説明をしていかないとなぁ。あ、でもここら辺だとどこで練習できるかな。
「コラコラ、加奈は今陸上をしてるんだから難しいじゃない。というか、今度も大会があるのだから、注意しなさい?」
「そうだぞ、加奈。バスケもまじめにするならいいけど、人に迷惑をかけるんだ。相応の覚悟を持ってしないとだめだよ」
「ちぇ~~、楽しそうなのに」
口をとがらせてイジケル加奈ちゃんだが、実際無理があることは理解しているらしい。それ以上は無理言わなかったし、陸上も本気でやっているからこそ、両立するなどということもなかった。
「でもでも、ダンクってその身長で本当にできるの?」
「確かに、それは私も思った。普通、PGがゴール下まで行くことはないし、ダンクしようなんて発想はないでしょう?」
「んー、でもしないといけなかったから。俺しか点を取れなかったし、憧れもあったからなぁ。上に飛ぶ練習だけはしてたんだよ」
まぁ、雪さんの言う通りで俺のような小柄なPGがゴール下までボールを運んで、CやPFの上から決めるなんてそうそうあり逢えない。あっても、NBAで大型PGがやる程度だ。
日本の、それも中高バスケでダンクなんて早々お目にかかれるものではない。
「実際、禅定君は身長いくらなの?」
「159cmです。もう少しで、160なんですけどねぇ、微妙に届かないんです」
「その身長でっ!?」
「改めて聞くとすごいわねぇ」
誰も気が付いてないけど、俺の場合は片足ジャンプだしなぁ。当然、その分だけ脚力を鍛える必要がある。まぁ、人間の脚力の限界値なんてある程度分かっているので、体重を管理するほうが大事だけどなぁ。最近は筋トレしてるから、結構体重も増えてきているからこれ以上の増加は要注意だ。
「はぁ、その話を聞くと余計に君の未来を案じてしまうよ」
「そうですか?」
「君は、もしかしたらプロにも、NBAにも行くことができたのかもしれない。君の実力は、それだけ優れている。というのに、その輝かしい未来をつぶしたんだよ?」
輝かしい未来、か。それはいったい、どんなものだろうか。確かに、NBAとかプロバスケの選手とか、憧れはする。とはいえ、それは一つのありえたかもしれない未来だし、そこを目標に頑張ってきたことはない。俺は、別にそこを夢にして、ひたむきにバスケを馬鹿みたいにしてきたわけじゃないからな。
「関係ないですよ、やっぱり」
「どうして?どうして夏樹君は、そんなひどいことをいうの?私たち夫婦に、せめてもの罪悪感や贖罪の機械すら与えてくれないというの?」
悲しそうに瞳を濡らして、両目にたっぷりと涙を携えた美香さん。正直、そんなに追い詰めてしまったことに気が付かなくて申し訳がない。ただ、それでも俺はこれ以上何かを受け取るわけにもいかないし、今の関係だってよくないものだと思っている。
仮に、この夫婦が共に社長で金に余裕があろうとも、だ。
「いえ、僕はバスケができるだけで満足なんです。別に、プロを本気で目指したことも、そこを目標に活動したこともないですから。中学時代なんて、バスケ部は崩壊していて、俺しか正式な部員はいなかったんですよ。周りの運動部で実力が不足した人を集めて試合に出ていましたが、練習試合とか小さな大会には出られなかったんです。でも、今は一条高校だからたくさん練習できるし、たくさん試合ができます。それは、俺にとってはすごく幸せなことです。今の足だと、ストリートでするには実力が不足していますからね。でも今、俺はバスケができていて、それはあなた方の支援のおかげなんです。加奈ちゃんの命に関しては、俺が自分で助けたいと思ってしたことなので、後悔はありません。その選択を否定させたくないし、この行動に関して"もしも"など、考えたくありません。なので、俺は心の底から今の環境を幸せだと思っています。これ以上を望むのは、さすがに傲慢が過ぎるというものでしょう」
「「…………」」
「ご、ごめんなさい。私の、せい、だもんね……」
この話をすると、必ずこうなることは理解していた。あの日、加奈ちゃんを助けたことは後悔していない。結局、だれもが少しだけボタンを掛け違えてしまったから起こった悲劇でしかないんだ。
俺のことは俺のことで、彼女のことは彼女のことで。ただ、彼女の罪悪感を取り除くために、俺に何かしなければならないというのであれば、そこ答えは決まっている。
「なので、前も行ったと思います。俺への贖罪が必要なら、それは彼女たちへ向けてください。特に、加奈ちゃんを助けたことで、加奈ちゃん自身が傷ついてしまった。そのケアは、俺にはできないことです。俺の責任で行うべきところですが、申し訳ありません。俺には何もできそうもないので」
「何を言うんだいっ!それこそ、僕らがやって当たり前のことなのに」
「そうよっ!それは家庭の問題で片づけていいことなのっ。そこまで、あなたが考える必要はないわ」
「そうだよ、加奈が悪いんだから」
「そうだよっ!私のせいなのっ!」
う~ん、どうにも思うようにいかない。まぁ、確かにそうだよなぁ。でも、本当に俺はこれ以上何かされても困るし、これ以上何か望むこともないんだよなぁ。
彼等は贖罪の機会を望んでいるようだが、それは俺では満たすことができない。
「というか、そもそもの話ですが、俺の輝かしい未来なんてないんで、気にしないでいいですよ」
「え?だが、君は」
「いや、俺の家庭環境知ってるでしょ?あの環境から救ってもらっただけでも、本来は十分なんですよ。本当に………うん、本当に……感謝しています」
学校に通うことも、リハビリするにも、バスケをするためには家が重要だ。ただ、俺の場合家庭環境は最悪で、医師曰く俺の背が小さいのは栄養失調が原因で正しくホルモンが成長しなくなったかららしい。十年単位での栄養失調は、かなり影響が出ているようだ。
そんな場所から救ってもらっただけで、俺の未来は明るくなったともいえる。
「そう思うと、何もやっぱり悪いことはないんですよ」
「「「「っっつ!!」」」」
俺は、一片の後悔を滲ませることなく、できるだけ綺麗な笑顔を心掛けた。それは何か悪手だったのか、みんな驚いたような顔をして、息をのんでしまった。
「やっぱり、君には適わないな。うん」
「まぁ、本人がここまで納得しているのなら仕方ないわね。でも、覚えておいてね?」
「???」
ニンマリと笑うと、彼らは口をそろえていった。
「「この家は君の見方だ」」
「あはは、ありがとうございます」
彼らのその余裕どころか大人の貫録を感じさせる態度を前に、ただただ、頭を下げることしかできなかった。俺は、無理な遠慮などしても致し方のないただのガキなのだと、分からされるには十分だった。
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