定期テスト最終日に風邪を引いた話

朝霞 凪

第1話 テストが終わるまで

 どうも、テスト期間に風邪を引いた者です。


 周りの健康な人たちは、明らかに体調が悪そうにマスクをしている私を見て、「その風邪、絶対にうつすなよ!」と思っていたことでしょう。しかし、私は休むわけにはいかなかったのです。


 なぜなら、私はこの新学期一発目のテストに並々ならぬ熱意を注いでいたからです。このテストでしっかり高得点を取らなければ、その後の自由に過ごせる時間が奪われる――そんな危機感があったのです。


 そう、私はテストの点数を、自由に過ごすための言い訳にしようとしていました。親は、点数が低いとしばしば「勉強しなさい」と言い出します。それだけでもう嫌なのですが、最悪の場合、入塾させられて自分の時間が奪われることも考えられます。つまり、点数が私の自由を制限すると考えていたのです。だから今回の定期考査で高得点を取るために、自分なりに真面目に勉強しました。


 テストは数日間続きます。その間私はいつも以上にモチベーションを高く保ち、勉強に励んでいました。



 そしてテスト最終日。


 起きたら喉が痛い。すぐに「風邪だ」と確信しました。しぶしぶマスクを着けて、学校に行きました。


 コロナ禍の反動でマスクのない開放感に浸っていた私は、マスクを着けた途端にそれを外したい衝動にかられました。


 まず、口周辺に異物があることに慣れていませんでした。違和感は数分でなくなっていったものの、思い通りに自分の声が響かないことが常に意識の外に出ることはありませんでした。不織布の内側に自分の生暖かい吐息がこもり、耳が慣れないくぐもった声に嫌気がさしました。特に咳をした後は、マスクの内側だけ一段と湿度が高まるようでした。突然、「自ら呼吸しづらい道を選ぶ心が理解できない」とだいぶ失礼な印象を抱いていた、普段からマスクを着けている人たちを尊敬しました。


(あなたたちは普段からマスクを着けることで、いざというときに自分のペースを乱さないように事前に対策をしていたのですか…)


 もちろん、人それぞれマスクをつける事情が異なることは分かっています。どうかみなさんが怒りませんように。



 そんなこんなで、私がマスクをこれでもかというほど嫌がっている間にも、時間は過ぎていきます。憎たらしいことに、頭の回転が捗ると同時に風邪の症状も悪化していきます。


 この時点になると、正直マスクをしていることに安心感を覚えるようになりました。風邪をうつしたくないという周囲への配慮と、マスクがウイルスの飛散を防ぐ物理的なバリケードになっていると感じられるようになったからです。先ほど長々とマスクへの恨みを書き連ねましたが、今までより少しマスクを愛せるようになった瞬間でした。マスクよ、今だけはありがとう。


 今回の定期考査ラストの教科は、私の最も苦手としている教科でした。風邪の悪化は最終形態に入り、頭が回らなくなってきました。頭が重くなって息も荒くなりました。選択問題や言葉を答えるならまだしも、記述なんてもってのほか。一文を書くのに普段の2倍の時間はかかったのではないでしょうか。それでも、自由のためには諦めるわけにはいきません。体が熱くなっていく中で、私は必死に頭を働かせました。万全な体調ではない以上、余裕をもってテストに臨むことはできなかったので、目標点数は遠のいてくようでした。


(この記述問題、もっといい表現はないかな…、でももう試験終了まで時間がないから直す時間もないか。ああ、時間配分に失敗してしまった)


 最後の気力で見直しを続けていましたが、もう心が折れてしまいそうでした。しかし、その苦痛の時間もそろそろ終わりです。


 チャイムが鳴りました。新学期最初のテストは終了したのです。

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