第三話「だいすきなあなたへ」4

「僕はそのようすけとやらには会った事もない」

 そう前置きをして、生人は視線をめぐらせる。

 どこかここではない、どこかを見ているかのようだった。視点が合わなくなる。生人が何かを思考している時は、いつもこうだ。

 正直、折座屋としてはこの状態の生人はあまり好ましくはなかった。話しかけていいタイミングがわからないからだ。

 思考の海に置ていく生人を横目に、折座屋は部屋の中を見回す。

 元々、生人が使っているこの部屋は彼の両親が使っていた。――三年前の事だ。

 生人の両親もまた、非常に頭のいい人物だった。優しく、子供好きだった生人の両親は、生人を置いて逝ってしまった。

 詳しい事はわからない。生人もそのあたりの事はわからなかった。

 ただ、見ず知らずの子供を庇って死んでいった両親を恨めしく思っているようではあった。

 折座屋の視点から見てそうというだけで、実際のところはわからないのだけれど。

「――ようすけの住んでいる場所はおおよそこのあたりだね」

 生人は地図を広げると、ようすけの行動範囲であろう範囲をペンで丸く囲った。

 あたり前だが、小学生の行動範囲はそれほど広くはない。当然、折座屋の行動範囲と被っている部分が大いにあった。

 だからこそ、生人としてはそのあたりから推論と推論を掛け合わせて答えを導き出した。

 つまりは、、九十九パーセント根拠なき妄想と言われても仕方がない稚拙な理論をほぼ力技で繋げただけのものになっている。

「小学生以下の子供の行動範囲なんてたかが知れているからね。とりわけ、複雑な事情を抱えた子供ともなればなおさらだ」

「それは……親から迂闊に出歩くなと命令されているという事か?」

「わかるはずがないじゃないか、そんなもの」

 それはそうだ、と折座屋は思った。ようすけの抱えている事情がわかるのなら、事はもう少し簡単に進むだろう。

 わからないからこそ、こうして頭を悩ませているわけだ。

「ところで翔吾、そのようすけの事なんだけれど」

「な、なんだよ……今さら止めろと言われても止めないからな」

「言わないさ、そんな無意味な事は。そうじゃなくて……」

 生人は言いにくそうにぐるりと視線をめぐらせる。この男のこんな反応は見た事がなかった。

 普段は皮肉屋な部分が目立つが、一応気を使ったりする事ができるんだな。

 友人の意外な一面を目の当たりにして、折座屋は少しだけ目を見張った。

「お前、そういう事言えたんだな」

「何を言い出すんだ。僕はいつだって紳士だっただろう」

 軽口のような何かを叩き合う。そういえば、こういうやりとりも久しぶりかもしれない。

 普段なら、半分ケンカのようにな言い合いになってしまうから。

「……おそらくだけれど、だいたい合っていると思う」

 生人はちらりと視線を折座屋へと向ける。

「それで、翔吾は一体何をしようとしているのだろう?」

「もちろん、ようすけの様子を見るんだよ」

 親はいるのか、いるとしたら何をしているのか。

 一人で出歩かせて、何を考えているのか。そういう事を洗いざらい聞き出したかった。

 その後の事は、その後考えればいい。今は、とりあえずそこまでを目標にしておこう。。

「何はともあれ、話をしてみない事には始まらないと思ってはいる」

「相変わらず馬鹿だね」

「なんだとう」

 このあたりのやりとりは、もう幾度も繰り返してきた。その度に、最終的な結論は同じだ。

「……ま、好きにしたらいいさ」

 そう言って生人は肩をすくめ、溜息を吐くのだった。

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