第二話「壺を拾った」2

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 その前に、整理しておこう。

 壺を拾った。何の壺かはまるでわからないけれど、おそらく落とし主は困っていると思われる。

 もしかしたら困っていないのかもしれない。ただ、落とし物というのは大抵困るものだ。

 だからここは困っているだろうと仮定して話を進めるのが得策だろう。

 折座屋は歩きながら、ちらりと小脇に抱えた壺を見やる。

 大きさはどれくらいだろう? 赤ん坊一人分くらいか?

 折座屋は腕の中の壺の重さを確認しながら、そんな事を考えていた。

 この壺の持ち主はどんな人なのだろう。変人じゃなかったらいいと思う。

 まあ変人だったとして、最悪取り押さえられるだろう。

 そんな事を考えていると、折座屋の足が止まる。

 目の前に、泣いている子共がいたからだ。

 折座屋は戸惑う事無く、その子に声をかけた。

「大丈夫か? 何を泣いているんだ?」

 唐突に声をかけられた子供は一瞬ビクッと体を震わせ、折座屋を見上げた。

 じっと、折座屋を見ている。折座屋もまた、その子を見つめていた。

 次第に、子共の目尻に大粒の涙があふれてくる。それはそうだろう。

 何か悲しい事や不安な事があるから泣いているのだ。そこへ見知らぬ大男が突然話しかけたりしたら、なおさら怖がるに決まっていた。

 それでも、泣き出したりせずに、その子は視線をさまよわせる。

「安心してくれ。俺はおまえの味方だ」

 と言ったところで安心なんてできるはずがない事はわかっていた。

 それでも、折座屋はそう口にする。事実、味方でいるつもりだったからだ。

 例えこの子が安心できようが、できなかろうが。

「……ぼくのなまえはようすけです」

「そうか。俺は折座屋翔吾だ」

 折座屋を信頼できると判断したのか、はたまた別の理由か、ようすけと名乗ったその子は涙を拭うと、折座屋が抱えていた壺を指差す。

「それはなんですか?」

「ん? ああ、これは壺だ」

「なんでそんなのもってるんですか?」

「ちょっとそこで拾ってしまったんだ」

「つまりどろぼう……?」

 ようすけは首を傾げ、そう問うてくる。

 折座屋は慌てえる事なく、極めえて冷静に返答した。

「泥棒じゃあないぞ。今からこいつの持ち主を探すところだ」

 折座屋はそう釈明する。別に嘘は吐いていない。

 ただ、本当に見つけ出す事ができるのか問う点では不安は残るのだけれど。

「……ぼくもいっしょにいっていいですか?」

「え? ああ……もちろんだ」

 というか、最初からそのつもりだった。見付けてしまった以上、こんな子供を一人残して立ち去る事はできなのだから。

「ありがとうございます」

 ようすけはそう言って、深々と頭を下げる。

 幼い見た目とは裏腹に、きびきびとした雰囲気を持っていた。

 一言で言えば、しっかりとた子供という印象だ。

「それで、どうするんですか、それ?」

「ああ、俺の知り合いにこういうのが得意な奴がいるからそいつを頼ろうと思っている」

「こういうのって?」

「一言で言えば、失せ物探しだな」

「なるほど……わかりました、いいでしょう」

 ようすけはこくりと頷くと、踵を返した。

 どうしたのだろう、と折座屋が思っていると、肩越しにようすけは振り返った。

「どうしたのですか? はやくいきましょう」

「お、おお……そうだな」

 半ば気圧されつつ、折座屋はようすけの後を追う。

 本来なら折座屋が先行するべきなのだが、なんとなくこの子共の前だといつもの調子がでなかった。

「では、いきましょう」

 ようすけはずんずんと進んでいく。

 ……まあ、なんとかなるか。

 折座屋は空を仰ぎ、そう独り言ちた。

 

 

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