Word3. 「海」

 君は海のように広い心を持っていた。

 降ってくる何もかもを掬い上げるような、

 大きくあたたかく優しい心だった。


 僕だってその心に救われた一人だ。

 数えきれないほど多くの人の中の、一人。


 君は今まで何度も人を救ってきて、

 それを知らない間に成し遂げてしまうすごい人だ。

 僕は、救われてきた中の一人にすぎない。


 だから大人しく、君を見守ろうと思っていた。

 それで十分だと思っていた。

 でも、違った。


 君は紛れもない僕に向かって、

 手を差し伸べてくれて。

 迷わずに僕を抱きしめて、

 あたためてくれた。


 ねぇ、なんで僕なんかを救うの?

 僕には何もないのに。


 君からは抱えきれない多くのものをもらったのに、

 僕は何も返せていない。

 それなのに。


 心のうちをぜんぶ話して、

 君は笑ってこう言った。


 君が大切だから。


 そう言って君は去っていった。


 海のように広い心を持っていて、

 海のようにあたたかくって、

 海のように清らかな君へ。


 もう届かないかもしれないけれど、

 誰も見ないかもしれないけれど、

 それでも僕は歌うんだ。


 君が愛した、あの海を。

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