フィクションに昇華できなかった私のエッセイ

蒼井 狐

或る夜

 二十時。日記を書き終えて、私は寝ようとしていた。最近は朝の時間に余裕を持って活動するのが好きで、こんな早い時間から布団に入っている。

 寝る前にはいつも電気を薄暗くして、枕の横に置いてある数冊の小説のうちから一冊選び、眠さに限界が来るまで読む。大抵は三十分もすれば眠気に耐えられなくなる。

 大江健三郎、夢野久作、太宰治、ゲーテの中から太宰の小説を手に取って読み始めた。この日はなんだか感傷的で、数ページ読むと、涙が鼻梁から鼻翼へ、鼻翼から口角へと流れていった。私はその涙が眠気からきたものか、漠然とした哀しさからきたものかわからなかった。

 太宰は好きだが、この日に限っては手に取る本を間違えたように思う。

 寝る前にやっていた作曲の勉強やらが私の心を弱くしている原因かもしれない。二十歳という年齢でやっと自分のやりたいことが見つかるようになってきて、詰め込み過ぎた結果が今な気がしている。

 小説を書きたいから文章の勉強をして、全くの素人であるのに作曲がしたいのでそれもやろうとして、絵も描きたくなってそれとなく練習している。

 私は芸術分野に関してなんらかのコンプレックスを抱いているのではないかと思い始めた。

 芸術の分野に天才じみた何かを感じていて、それになって私自身を世間にそう見てもらいたいのだ。まるで凡人の考えで呆れてしまう。誰もが通る道を今歩んでいるんだろう。誰だって天才に憧れを持つし、そうなりたいと思って挑戦して、半端な努力で挫折して、もういいやとありきたりな生活に身を染めていく。

 私には才能がないと言って、できない努力を才能の範疇として言い訳にした。学生時代に抱いていた根拠のない自信は日が経つにつれて風化した。

 行くあてがない。唯一は地獄くらいだろう。私の性格の弱さと努力の中途半端さがあれば地獄ではいいお笑いができるかもしれない。

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