第3話(全4話)

ーー死んでんのか?!ーー


なんと、ある朝、勤務から戻った長居がいきなり目にしてしまったモノは平の死であった。


(どういう事だ?)


長居のアパートの一室にて彼は命・果てている。茶袱台の上に俯せになり、いつものコートを身にまとい、少し間抜けに口を開けていた。


「自殺か?」


右手には消音銃であろう黒い物体が握られていて、よく見ると左手の脇には遺書が残されている。


(なぜ、焦らないんだ?)


長居は自身の冷静さに驚いていた。

おそらく組織の活動に慣れていたからという、見方が大方、その根源と云えるだろうが・・もう追われる事は無い?ーーそのが、彼の心を十二分に占領していった。


-----


<<遺書・・

実はオマエを試していた。

どんな嫌がらせにも耐える能力があるか一応、確かめておきたかった。

もとより、オマエが組織から身を引きたく、ここ数ヶ月、過ごしていた事はよく了承しているつもりだった。

ーーだからこそ、オレはオマエに決めたーー

オマエならこの使命を果たしてくれるだろうと・・そして全ての人の為になるであろうと。

オレは疲れた。

気付けば組織の正社員にまで昇りつめ、もう何も無かった若い頃には引き返せないと肌で感じた。

一体、どこまで行けば理想郷に到り着けるのか・・義務や使命がオレを取り巻き、出口の無いトンネルの中を突き進んでるかのような毎日。

そろそろ追手が来る。早く此処ここを出る準備をしろ。死んで貰っては全く意味が無い。


-----


更に記しておかなければならない事がある。それはボスの暮らしぶりについてだ。

オマエには全く関心の無い事かも知れんが、実は彼が可也かなりの豪勢さとハメを外した日々を生きている事実ことを公開したい。

その証拠が同封したポラロイド写真だ。

要は今までこなした活動には全て依頼人が、あったのだ。

とんだサギ商法に遭い我々はタダ働きを強いられてきたという訳だ。

深夜一時に本部に連絡を入れた。

時をよく見極め判断・良く追手から逃れてくれ。六時間後には必ず彼達はオレやオマエをマークに来る。普段、足を運ぶ場所には、絶対に行くな。とにかく出来るだけ逃げて、ボスの日常をオマエのさいで広めてくれ。本当はオレ独りでやればいい事だったが精神が弱く、組織に迎合してしまい闘う勇気を保てなかった。

ーー逃げてゴメン。あとはヨロシクーー

    たいら 隆彦たかひこ>>


-----


ーーリリリィリィーー


平の携帯電話が突如・鳴りだした。


(出ないに限るだろう・・)


長居はともかく電灯あかりを消して荷作りを始める。

一体、何を持ち出せばいいのか?


ーーリリリィリィーー


低い周波数が奏でずらい携帯の呼び出し音は普段とても軽く感じられるが、それは時と場合による。一度・切れて再度また、鳴り始めた・・もう彼達も妖しいと察するであろう。


「しまった、もう七時を回っている」


当然、手記された時刻より六時間が経過していた。


(そうだ、現金も持ち出さないと・・)


ノート・パソコンを買おうと貯め込んでいた数万円を懐に入れる。

今となってはパソコンなど買うに値しない。


(まてよ・・そうか、わかったゾ)


長居はようやくボスの資料をどう広めたらいいか、ひらめいてた。


-----


「と、云う事は・・」


長居は購入の為に、準備していた申し込み用紙と現金書留の封筒を、急ぎポケットに折り畳み、仕舞い込んだ。

通信販売で買うつもりでいたが、その所以ゆえんはあるサービスに起因している。

それは2000文字以内の文面と、二枚以内の写真を入力インプットしてくれるというモノだ。


(こんな事に役立つとは・・)


これでボスの資料はおそらく守られるだろう。


(もし、組織の人間と平の死を客観視したら、どうなるであろう・・)


考えるだけでゾッとする様な内容を長居は、独り胸中に想像していた。


(だいたい、なぜ平がここで自殺しなければならないのか?)


彼の死体を処理した後に必ず長居の存在は、疑いの対象となる。

スニーカーを履き、カギをかけながら長居はそんな事をシュミレーションして、なぞらえていた。


------


「もしもし、警察ですか・・」


自宅の電話は盗聴されている可能性おそれがあるので、敢えて公衆電話を利用しておいた。

問題は警官と組織の人間と、どちらが先に現場に現れるか、である。

平はカギを返していた。

あの封筒に同封してあったのだ。

おそらく組織の人間では管理人にカギを借り公に、扉を開ける事まではしないであろう。十中八九、開けるなら、警官になるハズだ。


「すいません」


背後からダレかが長居に声を掛ける。


「あの・・ちょっといいですか?」


ターミナル駅前の信号待ちの人ゴミの中で、いきなり呼び止められた。


「募金、御願いします」


長居は肝を冷やした。

振り向いてみると知らない顔で安心したが、彼が組織の人間でないとも限らない。信号が変わった途端、長居は走ってその場を離れていった。


-----


「前金で払います」


ホテル代を全額・支払っておいて、長居はその建て物に身を隠した。


(取り敢えず、現金書留を郵送しなくては)


喫茶店でも出来た事務的な作業だが、敢えて金を捻出して安全な場所を、確保していた。


ーーコン・コンーー


(ダレだ!)


焦って書類を座布団の下に隠す。

長居はつばを飲み込んだ。


「御布団はこちらになっております」


ーー先程の受け付けの中年女性であった・・


「あ、仲居さん、一番近い郵便局、どこかな」


長居はホッとして都合良く彼女に尋ねてみる。


(まさか、彼女は違うだろ・・)


もうダレを見ても組織の人間に見えてくる。仲居が去った後、直ぐ様、郵便物を作りあげ荷物をひとつにまとめた。

”ちょっと、そこまで” 仲居にそう告げて、長居はそのホテルを、えて後にしていた。


------


「一番、安い部屋を・・」


長居は場所を、新宿のホテルに代えていた。


(普段、通う場所には絶対に行くな)


平の提言が頭から離れず郵便局に寄った後、彼は取りえず都心を選んだ。


ーーコン・コンーー


一応、用心し相手の声質に、耳を澄ませる。


「あの・・何かございましたらフロントまで」


チェーン・ロックをかけたまま長居は、そのホテルのボーイの挨拶あいさつを聞いた。


(今日はゆっくり眠れそうだ)


寝台ベッドの上に大の字になり天井を見つめながら長居は静かに瞳を閉じた。

昼食と夕食は持ち込んだパンでまかなってあった。食堂に出れば、姿をさらす事ーーとなる。もしかして・・先程のボーイの、別れ際の表情が気に掛かった。ニヤリとして、まるで、営業の笑みとは方向が違うように感じ取れる。気の所為せいだーー彼はそうとらえて、ここ数日の疲れを取る道を選んでいた。


(続)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る