第25話
大通りに向かって全速力で走っていたフェリスが、道角から飛び出して見たものは、両断されて事切れたダブリス──そして肩からわき腹までを切り裂かれ、倒れるナハトだった。
「──かはっ」
「ナハトーーーーッッッ‼‼」
フェリスは肺が破れるのではないかと思うほど大きく叫んだ。目の前で起きている光景に現実感がなかった。
フェリスはナハトに駆け寄り、抱き起こして必死に呼びかける。
「ナハト! しっかりしろナハト‼ 目を──」
「…………」
ナハトは答えない。
流れ出るナハトの出血量に、フェリスは血の気が引いた。大切な人間が今まさに死につつあるという事実に恐れ慄いていた。
(あ、ああ、あああああ……!)
嗚咽が漏れそうになるのを飲み下し、パニックになる脳内を必死に沈める。いくら泣き叫んだところで、ナハトは目を覚ましたりしない。
フェリスはこんな時、慌てふためくばかりの弱い娘ではない──強くあると、自分は騎士として生きるのだと誓ったのだから。
目尻に涙を薄っすら溜めつつ、フェリスは声の限りに叫ぶ。
「担架を持ってこい! 急いで中央区にある魔術治療院に運ぶのだ‼」
普通に考えれば助かる見込みのない傷だが、治療魔術であればまだ間に合う。今は一刻も早くナハトを魔術治療院へ連れていかねばならない。
フェリスの叫びを聞き、すぐに近くにいた七番隊隊士が応答する。
「フェリス隊長! 近衛兵方々が副隊長の獅子奮迅の戦いに感謝し、馬車を一台貸していただけるとのことです!」
「それは本当か⁉ 近衛の方々感謝する!」
フェリスはその場に残っていた近衛兵へ向かって素早く敬礼した。近衛兵たちもすぐに敬礼を返す。ナハトの奮戦は、その場にいた兵士たちに深い畏敬の念を抱かせるものだったようだ。
すぐに儀礼用の旗を組み合わせた即席の担架が用意され、貸し出された馬車にナハトを乗せると御者台に隊士を乗せる。
フェリスも馬車に乗り込むや否やすぐに馬車を走らせた。
「アステリオン衛兵団七番隊隊長、フェリス・ヴァンダルムが全責任を持つ! 急げ‼ 決してナハトを死なせるな!」
「はっ!」
フェリスの檄に答えるように、馬車は疾風のような速さで帝都を駆けた。
ナハトを乗せた馬車が行った後も、その場は七番隊とナハトの話題で持ちきりだった。逃げ遅れて建物の陰で震えていた商人や町人が、戦いが終わったとみて徐々に動き始め、口々にナハトたちの活躍を噂している。
「凄いな噂の七番隊は! 殿下暗殺を食い止めるなんて‼」
「褒賞間違いなしだなっ‼」
「馬車の前で戦ってた痩せた剣士さん、強かったわねぇ……!」
「最後に倒れちゃったけど大丈夫かしら?」
みな一様に熱っぽく、興奮冷めやらぬ様子でナハトと七番隊を称えている。
それを眺め、
「──クソッ」
と仏頂面のロランスは吐き捨てた。
(ええい忌々しい忌々しい忌々しい‼ あんな孤児上がりの貧民風情を、まるで英雄かのように持てはやしおって……!)
本当なら英雄として持てはやされるのは、ナハトではなくロランスのはずだったのだ。それが手違いでこんなことになってしまった。
自分が得るはずの名声を、ナハトが奪い取ったのだ──ロランスにとって、それは許しがたい事だ。
憤怒と憎悪に顔を歪め、ロランスはナハトへの恨みを募らせる。
もう限界だった。
あの男の存在そのものが、ロランスには不快でしかない。
(奴だ、奴が全て悪い──私が手にするはずだった物を、根こそぎ奪っていく──アイツが!)
ブツンと頭の中で何かが切れた音がして、ロランスは酷薄に笑った──その顔を見知らぬ誰かが見れば、きっと悪魔と見間違えるに違いない。
そんな冷たく歪んだ笑顔だった。
「──ならばアイツの大切な物を、私が全て壊しても良かろう……!」
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