第17話
ミンネスとその仲間二人を倒した後、秘密裏に衛兵団に知らせて、今回の件は団長以下幹部のみが真相を知ることとなった。
ミンネスの死は、表向きは反帝国主義の過激派に襲われて死亡したことにするらしい。
過激派とミンネスの死体を確認した団長は、横目でナハトに視線をやった。
「お前なら殺さずに捕らえられたのではないか」
「抵抗が思ったよりも激しかったので、やむなく斬り捨てました」
「……」
綺麗に斬り落とされたミンネスの首を眺め、団長は探るように押し黙ったが、
「──ご苦労だった」
そう言ってナハトたちを労った。
おそらく団長はナハトがミンネスに情けをかけて介錯したことを察したのだろう。本来であれば生け捕りにした後、尋問にかけて過激派の情報を吐かせるべきだろう。
しかしそれを指摘しないあたりに、ナハトたちにこういった仕事をさせている負い目のようなものが見えた。
「知っての通り、過激派が大きな動きを見せようとしている。その初動をいち早く掴めたのは大きい──ナハト、バルダック、本当によくやってくれた」
「恐縮です」
「今日はこれで上がれ」
「……はい」
ナハトは団長その他幹部と見分役に頭を下げて踵を返した。バルダック、フェリスもそれに続く。
そうして裏路地を抜けた頃には、すっかり日が落ちていた。これから宵の口だ。
表通りに出たところで、バルダックがいつもの通りの軽い調子で口火を切る。
「じゃあな、お二人さん。俺はちょっと花街よって帰るぜ」
「花街⁉」
「──それじゃ」
唐突に湧いて出た艶っぽい語句にフェリスは顔を赤らめるが、バルダックは気にした風でもなく、ひらひらと手を振って行ってしまった。
「すみませんフェリスさん、多目に見てやってください」
ナハトが苦笑交じりにフォローする。
「今日みたいな事があった日は、いつも一人で花街に繰り出しているんですよ。美女の酌で酒を飲まなきゃやっていられないとか」
「憂さ晴らしというわけか」
フェリスは少し分かる気がした。
昼間に抱いた焦燥感とは別の、胸の内に重たい何かが流れ込んで淀んでいるような──そんな気分だった。
こんな風に素面でいるのが辛い時は、酔っぱらって泥のように眠りたくなるのだろう。フェリスも同じ気分だった。
そんなフェリスの心中を察したのか、ナハトがおずおずと提案する。
「ねぇフェリスさん、今日はうちに寄ってきませんか」
「え……」
その言葉に少しドキリとした──そう言えばここ最近はフェリスが押しかけるばかりで、ナハトに誘われて家にに行った事がなかった。
ナハトの家でのことを思い出して、フェリスは猛烈な郷愁にかられる。あの子供たちと囲む食卓の団欒が、無性に恋しく感じた。
自然とフェリスはうなずいていた。
「そうだな、お言葉に甘えるとしよう」
家に戻ってからもナハトはいつもと何も変わらなかった。いつもと同じ優しい顔で子供たちの面倒をみている。
フェリスもそれに倣い、努めていつもと同じように振舞うことにした。子供たちに血生臭さを感じさせたくなかったのだ。
夕食が終わり、子供たちが眠りにつくとナハトが頭を下げる。
「今日もありがとうございました、一緒に子供たちの相手してもらって」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ」
しかし逆にフェリスが頭を下げた。
「以前そなたが言っていたことが少しだけ分かる気がする。子供たちに救われるとは、こういう事なのだな」
少しだけ軽やかな顔でフェリスが言う。
子供の無邪気な笑顔が、胸の内の淀みを浄化してくれる。心が洗われるようだ──という比喩を、これほど痛切に感じたことはない。
ナハトも少しだけ先ほどよりも穏やかな顔をしていた。
「俺の師匠は言っていました『人を守る為に人を斬り、人を活かす為に人を殺す』それが剣術の理であり、剣士が背負う業なのだと。その業に圧し潰されそうになる時もあります、だけどそんなオレを救ってくれるのがこの子達の笑顔なんです」
「何の為に人を斬るか、守るべきは何なのか──それが明確だから、そなたは強く揺るがぬのだろうな」
「かもしれませんね」
戦いとは華々しいものばかりではない。むしろ凄惨で陰鬱なものがほとんどだ。
その重さに心がやられそうになったとしても、己の守っているものの尊さ、かけがえのなさを自覚し、信じていれば決して折れることはない。
それをナハトは伝えたかったのだろう。
「ナハト、そなたに感謝を」
「俺は仕事上がりの上司を子守に付き合わせただけですよ」
軽口を叩いて肩を竦めるナハトに、フェリスは小さく噴き出した。
「そうだな。酷い男だそなたは。普通は人に金を払ってさせる仕事を、タダで上司に押し付けるなんて」
「守銭奴スクルージですから」
ミンネス誅殺で沈んでいたフェリスには、このくらいのしょうもないやり取りが心地よかった。
ナハトも頬緩めて軽く笑う──その横顔がとても印象的に見えた。いっぱいの優しさの中でほんの少しだけ陰がある、そんな横顔。
まるで吸い寄せられるようにフェリスはナハトに近付いて──
「ゴホン‼」
──という大きな咳払いでハッと我に返る。
慌ててナハトからフェリスは離れた。
ナハトは不思議そうにリーナを振り返る。
「どうしたリーナ、風邪でも引いたのか?」
「そんな事はないわよ」
「?」
ではさっきのやたら大きな咳払いは何だったのだろう、とナハトは首を捻る。捻った拍子にフェリスを見れば、それこそ風邪でも引いたような真っ赤な顔をしていた。
「あれ? フェリスさん──」
「や、夜分遅くまで邪魔したな。これで失礼する!」
ナハトが言い終わるより早く、フェリスは立ち上がり家を出て行った。ナハトは呆気に取られてポカンと口を開けたままフェリスを見送るしかない。
(……まったく私は何をしているんだ……⁉)
自分の取ろうとした行動を思い出し、荒野を歩くフェリスは赤面して顔を覆う。本当に自分は何をしようとしていたのだろう、あの家の暖かさに気が緩んだのか。
(というかなんで私ばかりこんな恥ずかしい思いをしなくてはならないのだ、あのクソボケ朴念仁め!)
意味もなく心の中でナハトに憎まれ口を叩き、フッとフェリスは背後を振り返った。
暗闇の荒野に、小さな家とも呼べないような小屋の灯りが薄っすらと見える。
あの場所が好きだと思う。あの場所を守りたいとも──
(ナハトもこんな気持ちなのだろうか)
来た時とは違う、不思議と満たされた気分でフェリスは家路についた。しかしその頃、新しい悪意の芽は産声を上げていたのである。
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