第15話

 少ししてナハトとバルダックは何事もなく戻ってきた。


「すまない。待たせてしまって」

「さてと屯所に戻るかねぇ」

「……」


 いつもとまったく変わらない様子だが、今のフェリスにはどうにも全てが怪しく見えてしまう。


「席を外したのは何だったんだ?」


 とナハトに耳打ちすると、


「バルダックが以前金を貸した飲み友達を見かけたってだけですよ」


 ナハトはそう答えるだけだった。

 バルダックならありそうな話だなと思うし、それ故に何かを誤魔化すために出まかせを言っているようにも思える。


 フェリスが考えごとをしている間に、既に繫華街を抜けようとしていた。この先の住宅や貸家などが立ち並ぶエリアになる。

 大通りを歩いて少しすれば衛兵団の屯所だ──という所まで来て、バルダックが急に横道に入る。


「ああそうだ。俺とミンネスはちょっとそこの裏路地を見回りしながら屯所に戻るからよ、ナハトとフェリスちゃんはこのまま大通り歩いてくれ。屯所の少しまえの交差路で落ち合えるから。おら行くぞミンネス」

「りょ、了解しました」


 有無を言わさずバルダックは横道から裏路地へ入っていく。ミンネスは一瞬迷っていたが、仕方なくバルダックの後についていく。

 フェリスは呆気に取られてナハトに向かって首を傾げた。


「どういうつもり何だろうな?」

「さあ……バルダックの事だから、何か考えがあっての事だとは思いますが」


 特に庇い立てするわけでなく、しかしナハトはバルダックの行動を否定しなかった。いい意味で放任主義というか、放っておいても大丈夫だろうという信頼があるように見える。


(今はナハトと二人きりだ、丁度いいだろう)

「前から思っていたのだが……ナハトはバルダックと仲がいいな」

「えっ? そうですかね?」

「自覚がなかったのか。明らかに他の者と扱いが違うだろう」


 ナハトは意外そうに頬をかく。


「扱いが違うって悪い方にでしょう? 単にアイツが雑に扱ってもいい奴というだけですよ」

「それだ。ナハト、そなたが立場を問わず誰であっても一定の敬意を払う人物だということは、短い間でも分かっている。副隊長になってからも、そなたが部下に横柄な態度をとるところを見ていないからな。ただそれだけに、バルダックとの間には特別遠慮がないというか気安い仲であるように見える」

「本当に大したものではないんですけどね」


 ナハトは本当に何とも思っていないような口ぶりだった。

 フェリスは思い切ってナハトに踏み込んだ質問を投げかける。


「ナハトにとってバルダックとはどういう存在なのだ?」

「うーん……同期であり、悪友といったところでしょうか」

「悪友?」

「アイツは女好きな上に金遣いが荒くて、吝嗇家りんしょくかの俺とは全く正反対──正直オレはアイツの行動原理がよく分からないし、アイツも俺が何を楽しみに生きているか分からないと言っています」

「どっちもらしいな……」


 確かに正反対だとフェリスも思う。


「でも不思議と嫌いにはならないんですよ。アイツは俺の生き方を理解できないからといって否定はしませんから」

「……」

「だから俺もアイツの馬鹿を止めはしても、生き方まで否定しません。お互いがそんなだから、気が楽で付き合いが続いているのかもしれませんね」


 それを聞いてフェリスはなぜモヤモヤとしていたのか理解した。

 バルダックが怪しいから焦燥感に駆られていたのではない。それだけではなかった。


 ナハトとバルダックはお互いを認め合っている。理解できなくともお互いの在り方を尊重している。

 フェリスには知り得ない、過去の積み重ねが彼らの関係性を作り上げたのだ。

 そこに如何ともしがたい距離、自分には入り込めない何かを感じて──有体に言えばフェリスはバルダックに嫉妬していたのだ。


 ある意味自分よりも精神的にナハトと近い所にいるバルダックが、少しだけ羨ましくて妬ましい。


(こんなに嫉妬深かったかな、私は……)


 自嘲気味にフェリスは小さくつぶやく。


「そうか……そなたたちは本当に仲がいいな。少し羨ましい」

「え?」

「何でもない! 忘れてくれ‼」


 思わずいらない一言まで口からこぼれ出た。慌てて大声で誤魔化すフェリスに、ナハトは神妙な顔で切り出した。


「……そんなにバルダックと仲良くなりたかったんですか?」

「違う‼」


 どうやらナハトはフェリスの発言を、斜め上の方向に捻れた解釈をしたらしい。


「断じて違うぞナハト! というか何故そんな勘違いをする⁉」

「あっそうだったんですか? てっきりお嬢様育ちの反動で、ああいうアウトローな人物に惹かれているのかと」

「バルダックのことを嫌っている訳ではないが、ことさら惹かれている訳でもない‼」

「そうでしたか。人の趣味嗜好はそれぞれですが、それでもバルダックは止めておいた方がいいと、どうやって止めるか考えてました」 

「要らぬ世話だ!」 


 被せるようにまくし立てるフェリスに、ナハトは安堵したように胸をなで下ろし、それから首を捻る。


「あれ? でもそれじゃあ、さっきのはどういう──」

「だから忘れろ! この朴念仁‼」

(俺はなぜこんなに怒られているのだろう……?)


 頬を紅潮させて怒鳴るフェリスに、ナハトはまた何か対応を間違えたのかと内心で首を傾げる。

 そんな時だった。


「た、大変です‼」


 横合いの建物の隙間から、ミンネスが飛び出してくる。相当慌てている様子だった


「どうしたミンネス?」

「バルダック先輩が、突然姿を消しました!」

「何?」


 フェリスはナハトと顔を見合わせる。


「どういう事だ? 状況を説明してくれ」 

「バルダック先輩と見回りをしながら路地裏の浮浪者から色々聞き込みをしていたんスが、段々バルダック先輩の様子がおかしくなっていって、気付いたら姿を消してて……」

「様子がおかしくなったっていうのはどんな風に?」


 ナハトが不自然なほど冷静に聞き返す。


「何だか落ち着きがないっていうか、焦ってる感じだったッス」

「そうなった切っ掛けに心当たりは?」

「そうッスね……ゴツイ剣で武装した輩が集まっているのを見たって聞いてからだったような」

「ふむ」


 考える素振りをするナハトの隣で、フェリスが居ても立っても居られないという風に声を荒げる。


「ナハト、今すぐバルダックを追おう‼ アイツが内通者だったんだ」

「内通者?」

「反帝国主義者に衛兵団の情報を流していたんだ──急いで追わないと!」

「よく分らないが……道すがらフェリスさんの意見は聞くとして、アイツを追うのは賛成です。無断での逃走は衛兵団の隊規違反──下手をすれば極刑だ。とにかく大事になる前に止めないと」


 フェリスの鬼気迫る姿を見ても、ナハトは変わらず冷静なままだった。

 素早くどうするべきか結論を出す。


「オレと隊長はバルダックを追う。ミンネス、お前は屯所に戻って待機。一刻してもオレ達が戻らなかったら、衛兵団に事情を話して応援を頼む」

「了解!」

「行こうフェリスさん」

「承知した!」


 ミンネスをその場に残して、ナハトとフェリスは裏路地に走った。

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