第14話
「──いやー、オレ七番隊に入れてホント良かったっス」
店に入るなりミンネスは朗らかにそう言った。
「隊長は美人でやる気でるし、副隊長はメッチャ剣を教えるのが上手いし。しかも飯まで奢って貰えるなんて──いい職場ッスよ」
ロランスが突然屯所に押しかけて数日後、その日もナハト、フェリス、バルダック、ミンネスというメンバーで巡回を行っていた。
この日の巡回は昼時だったこともあり、途中で休憩がてら酒場に入ることにしたのだ。最初ナハトは遠慮していたのだが、
「支払いは私が出すぞ」
「それなら行きます」
というフェリスの一声で酒場で昼食を取ることを即決した。
「お前……後輩の前でそれはどうなんだ? お前一応副隊長だろ」
「うるさい。見栄で銭が儲かるわけでなし、見栄のために困窮するのは馬鹿のやることだ」
席に着くナハトがシレッとした顔で言い放つのを、バルダックは微妙な目で見やる。
「まぁまぁ、そういう飾らないところがナハト副隊長のいいところじゃないッスか」
この場で一番の後輩であるミンネスがバルダックを宥めた。
「それにナハト副隊長の評判が、ちょっと飯代を渋ったくらいで下がるとは思わないですけどね。副隊長の評判最近メッチャいいですし」
「……ん? オレ?」
訝しむナハトにミンネスは逆に驚く。
「あれ、知らないんスか? 最近は七番隊の中に、ナハト副隊長のこと見直したとか、スゲェって慕ってる後輩多いんスよ」
「この間の貴族様をぎゃふんと言わせたのがデケェんじゃねぇの?」
「それと日々の指導の賜物だな」
ミンネスのセリフに、バルダックとフェリスが続く。
「そなたの腕前の高さは普段の稽古と先日のエスメラルダ様との立ち合いで周知の事実。その上、指導も的確なのだから慕う者が多くいもて不思議はないだろう──私もナハトに稽古をつけてもらってから、また腕が上がったようだ」
「それはフェリスさんの筋がいいからで、オレの指導のおかげって訳じゃないですよ」
恐縮するナハトの脇でバルダックがボソッとつぶやく。
「そうだな。別にオレは大して剣術上手くなってねぇし」
「それはそなたが不真面目なだけだろう。素振りもすぐサボろうとするのはどうかと思うぞ」
「あんな太くて重てぇ丸太みたいな物、何回も振り回せるわけないでしょう。あれをこの細身で振り回すコイツが以上なんですよ」
「人を妖のように言うな。あれは肉体鍛錬プラス身体の使い方の重要な基礎訓練なんだ。重たい素振り用の木剣は、腕力だけでは振り続けられない。自然と腕だけでなく、背や足腰、肚の力を使って剣を振れるようになる優れた修行法で──」
「分かった分かった、剣のことになると饒舌になる奴め。オレはお前みたいな剣術バカじゃねぇの。酒場で話すのなら、もっと色気のある話をしたいもんだ」
ペラペラと講釈を語り出したナハトに、バルダックはうんざりしたように肩をすくめた。
その気安いやり取りにつられてフェリスの口からもついつい軽口がこぼれる。
「酒場に限らず、そなたはいつもそのような事しか言っていないではないか?」
「厳しいねぇフェリスちゃん」
降参だと言わんばかりにバルダックは両手を上げる。
「しかしこういう所で食事をするのは初めてだからか、勝手が分からないのだが」
「おっ? フェリスちゃん、酒場で飯食うの初めてなん──って貴族のお嬢様だもんな、そりゃ当たり前か。よし、オレがおススメのをいくつか教えちゃうぜ」
「コラ、バルダック。隊長相手に気安すぎだぞ、さすがに『ちゃん』はない」
「へいへい。んでもこういうとこの飯の目利きには自信があるのはマジなんだぜ? つーことでチャチャッと注文しとくからな」
終始軽い調子でナハトの注意を受け流し、バルダックは店員を呼び出して素早く四人分の料理を注文した。
昼から空いているこの酒場は、酒類だけでなく料理にも力を入れているようで、すぐに料理が出てくる。
バルダックが頼んだのは
典型的な酒場の飯といったところか。貴族であるフェリスには新鮮なようで、興味津々な目でフリットを見ている。
「いただきましょう」
「うむ」
早速フェリスが一つ頬張ると「ほう……」と感心したようにつぶやいた。
「美味いなこのフリット」
「でしょう!」
バルダックは得意げに鼻を鳴らす。
ナハトも一つ食べてみた。カリッとした衣と白身魚の柔かな身という食感のバランス、そして淡白な旨みがたまらない。芋の方もホクホクしていて、何より後を引く美味さだ。
何より塩気が効いていて喉が渇く──実に酒場らしい料理だ。
「やっぱこういうとこの揚げ物は美味ぇんだよな──ああ、酒が飲みてぇ」
バルダックは恨めしそうに陶製のジョッキに入った井戸水をみつめる。
「クッソなんでコイツが
「仕事中だ、我慢しろ」
「分かってるよ……でもやっぱちょっとだけ──度数低けりゃ問題ねぇだろ?」
「何も分かってないだろうが!」
バルダックの言動に呆れつつ、フェリスは不思議そうにナハトを見やった。こうしてバルダックと話している時は、ナハトは年相応の若者らしい姿を見せているような気がする。
(前にナハトからは同期だと聞いていたが……)
一体どういう関係なのだろうか──フェリスが疑問に思っていると、バルダックは何かに気付いたように顔を上げる。
それにナハトも気付いたようだ。
「どうかしたのかバルダック」
「いや──悪い、野暮用だ。ちょっと席外すぜ」
そう言うなりバルダックは席を立って、酒場の裏口の方へ行ってしまう。
「……すみません、ちょっと心配なので俺もついていきます」
仕方ないなとナハトも立ち上がり、バルダックを追いかけて行った。
フェリスは首を捻る。
「子供じゃあるまいし、放っておいてもいいのではないか?」
「衛兵隊の隊士は仕事柄恨みも買いますからね。一人でいると襲撃されることもあるんです。バルダックさんはそこまで腕もないので、ナハト副隊長はそれが心配だったんじゃないでしょうか」
「なるほど」
「もしくは──」
とそこまで言って、ミンネスは言葉を濁す。
「もしくは、なんだ?」
「バルダック先輩を警戒してる……のかもなって」
「? どういう意味だ」
「いえ、これは噂なんスけど……」
言うべきか言わざるべきか──ミンネスは言葉を慎重に選んでいるようだった。辺りの様子を確認してから、ミンネスは口を開く。
「衛兵団の中に反帝国主義者のスパイがいるって噂があるんスよ」
「何⁉」
「隊長、声が大きいッス……!」
思わず大声を漏らしていた──フェリスは口を押さえる。
(反帝国主義者のスパイ……?)
予想だにしていない方向へ話が飛んで動転してしまった。フェリスは深呼吸をひとつして、気持ちを落ち着かせる。
「詳しく話してくれ」
「……最近、裏での動きがどうにもきな臭くなってるって評判なんス。武器や戸籍のない人間が、帝都に流入してるって」
「それは私も耳にしている。巡回を増やして警戒を強化するようにと、団長から直々に言われもしたな」
何らかの良からぬ勢力が、帝都入りしていることは間違いないと思っていいだろう。
「たしか昨日も二番隊がある筋から情報を掴んで、過激派と思われる集団のアジトに押し入ったと聞いたが」
「それが全然上手くいってないらしいです。二番隊の知り合いに聞いたんですけど、何者かが集まっていた痕跡があるのみで、もぬけの空だったって言ってました」
「そうなのか……他の隊でも似たような話は聞いたが」
「こういう事が続いてるらしいッス──まるで俺たちがどう出動するか、前もって知っているみたいに」
「衛兵団の情報が漏れている……団の中に内通者がいる、と……?」
「そういう事ッス」
あくまでも噂ッスけどね──とミンネスは続ける。
(噂……噂か)
状況から導き出された推測の域をでない話だ。しかし軽々には聞き流せない、不思議な説得力がある。
考え込んでしまうフェリスに、ミンネスは声のトーンを落としてささやく。
「ここだけの話ですけど、バルダック先輩ってちょっと怪しくないッスか?」
「え」
「先輩をあんまり疑いたくないッスけど、元々仕事に対して真面目な訳じゃないし、妙に情報通だったりするし」
「そう言われると……」
正直なところ、フェリスはバルダックのことを軽薄なお調子者としか思っていなかった。しかしそう言われると怪しいような気がしてしまう。
たしかバルダックはナハトと同期だと言っていた。ならば衛兵団に入隊して数年経つ──いくら危険な任務をナハトに代行してもらっていたとは言え、ろくに腕もないバルダックがそれだけの期間、衛兵として働けるだろうか。
ちゃんと考えると疑問に思える所はある。
「なんで、ナハト副隊長はそれとなく警戒してるのかもしれないッスね」
「……」
(まさかな……)
ふつふつと湧き上がる疑念を抑えつけるように、フェリスは胸に手を当てた。
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