第7話

 手に抱えた焼き菓子の紙包みを見ながら、フェリスは苦笑する。


(本当にちゃっかりしている)


 ナハトから夕食の誘いを受け、もちろんフェリスは快諾したのだが、その後あれよあれよと言いくるめられて、フェリスは市場で焼き菓子を買う羽目になったのである。

 ナハトの方は塩漬け肉を買っている──どうやらナハトの悩みは、肉を買うか菓子を買うかというものだったらしい。


「さぁ行きましょう」


 市場での買い物を終え、先導するナハトの後をフェリスはついて行く。ナハトはするすると市場を抜けて、郊外まで真っ直ぐに向かう。

 いくつもの小さな通りを抜けて、ついには街から出てしまった。目の前には荒野と森林が広がっている。


「どこまで行くんだ?」

「もう少しです」


 ナハトは構わず歩き続ける。荒野を進んで、ちょうど森と街の境目くらいだろうか。伐り出した丸太を組み合わせた小屋──というには些か大きいが──が見えてきた。


「アレが?」

「ええ。小さい上に何もありませんが、まぁゆっくりしていってください」


 辺りを夕日が茜色に染める──街から離れたここは既に暗くなり始めていた。小屋に近付くにつれて子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。


(本当にここで子供の面倒をみているのだな……)


 ナハトが小屋の扉を開ける。


「帰ったぞ」

「あっナハト兄だ」

「ナハト兄お帰りなさい!」


 ナハトが声をかけた瞬間、小屋の中の子供たちが全員パッとナハトに向かって顔を上げる。見たところ中にいるのは大体5~8歳くらいの子供が、男女合わせて十人以上いるようだった。

 寄ってくる子供たちの頭を、ナハトは一人ずつ優しく撫でてやる。その様子はまるで父親のような優しさと老練さを感じさせるものだった。


「お帰りナハト」

 少し遅れて他の子供たちよりも少し年上の少女が奥から現れた。13~14歳くらいだろうか、濃い茶色の艶やかな髪をしており、目鼻立ちはスッキリとしている。

 擦り切れて着古した服のせいで分かりづらいが、きちんとした服を着て化粧をすればきっと美人になるに違いない。


「ただいまリーナ」


 リーナと呼ばれた茶髪の少女はにこやかにナハトを迎えるが、すぐに目つきが鋭くなる。


「なんだか甘い香りが……誰ですか後ろの女は」


 ナハトの背後に立つフェリスに気付いたリーナの目は、恐ろしいほど鋭い。鈍いナハトはそんなリーナの視線に気付かないのか、自然な調子でフェリスを紹介する。


「彼女はフェリスさんと言ってな。今度衛兵団に入る方で、オレの上席になる人だ」

「夕食時に失礼する。フェリス・ヴァンダルムだ……よろしく」


 貴族の子女らしい麗しく堂々とした挨拶をするフェリス──それが子供たちにも格好よく見えたのだろう。

 今度はフェリスに子供たちが群がった。


「女の人なのに騎士なの?」

「スッゲェ! カッコイイ‼」

「ステキ……!」


 小さな子供に慣れていないフェリスはあたふたと応じるしかない。おおよそ子供たちはフェリスに対して好意的のようだった──リーナを除いて。


「ナハトが若い女を連れてくるなんて……」

(何だこのプレッシャーは……?)


 リーナの目は険しいままだ。どうもナハトに近付く女に警戒心を抱いているらしい。何だか小姑に睨まれている気分である。

 その時ナハトがさり気なくフェリスの抱えている紙袋を示す。


(おおそうだった、忘れていた……) 

「あの、これを」

「何ですか?」

「甘い焼き菓子だ。フェリスさんがお土産に買ってきてくれたんだぞ」


 フェリスが答えるより先にナハトが応じる。すると子供たちは大げさなくらい歓声を上げ、リーナも分かりやすく態度を軟化させた。 


「ふうん……そ、それは、ちゃんともてなさないといけないわね」

「という訳で夕食はフェリスさんも一緒に食べるけど、構わないな──ああ、あとこれ、塩漬け肉」

「……しょうがないわね。」


 ナハトから塩漬け肉を受け取ったリーナは、奥にある調理スペースに引っ込んでいく。

 その時、そっとナハトが耳打ちした。


「(リーナはオレと一緒にこの子達の面倒をみている、血は繋がってないが妹みたいなものでして。少し気難しいですが、甘い物に目がないんですよ──焼き菓子をお土産に買ってきて良かったでしょう?)」

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