間章10 とある魔王の恐怖

 えー?


 いやいやいやいや。


 ……ええぇー?


 ちと待てちと待て、なにこれ。

 なにこれなにこれ。


 なんじゃの、この勇者。

 いくらなんでも硬すぎじゃろ。


 我の全力の一撃で掠り傷一つ付かぬってどういうことなんじゃ。

 ありえぬくない?


 ………………あっ、わかった!


 たぶんこれ、精霊の加護とかいうやつじゃ!


 我、聞いたことある!

 なんか、魔族の攻撃をめっちゃ防ぐやつなんじゃろ?


 なんじゃ、そっかそっか。

 無駄に焦っちゃったわー。


 そりゃそうじゃよね。

 普通に考えてありえぬもんね、我の力を以ってここまで全く傷付けられぬなんて。


「ククク……」


 じゃが、我の前でそのような小細工は無駄よ!


「何を笑って……ぶわっ、なんだこれ!?」


 《闇の波動》!

 あらゆる加護を吹き飛ばす我の秘技じゃ!


 これで、今度こそ……!


 食らえい、我が渾身の一撃!


「くっ……何をしたか知らないけど、まだ俺を甚振るつもりか……」


 ………………えぇー?


 嘘じゃろ?

 一切手応え変わらぬじゃん。


 精霊の加護じゃなかったん?

 まさかとは思うけどこれ、素の防御力なん?


 なんなん?

 化物なん?


 もー、なんかいつの間にか現れとるし、我の《威圧》が効いとらん時点でちょっとヤバいんじゃねって気はしとったんじゃよー。

 完全に、ちょっとってレベルじゃなくヤバいやつじゃろこれ。


 なに、勇者ってこんなヤバいん?

 我、そんなの聞いてない!


 ……いや待て、落ち着くんじゃ。


 まだ、こちらには人質がおる。

 最悪、人質を返すことで手打ちに……。


 ――ガチャン。


 ガチャン?


「ぐわぁっ!?」


 ぐわぁ?


 え、なに?

 なんじゃの、このクソ大事な時に……。


 ………………ほげぇ!?


 なになになになにあの化物みたいなの!?

 今のガチャンて、檻の錠が落ちた音じゃったの!?


 錠どころか、檻ほとんど溶けとるけど!?

 コモドもなんかぶっ倒れとるし!


「お前……スライム!? なんでここに!?」


 は?

 スラ、え、スライム……?


 いやそんなわけないじゃろ勇者、あんな化物………………………………あ、スライムじゃ!?


 ホントじゃよく見たらスライムじゃあれ!?

 めっちゃプルプルでヌラヌラしとる!?


 え、でもなんで化物みたいに見え……ちゅーか我、アヤツ見とるとなんか震えが止まらんのじゃけど……!?


 ……あ、わかった。


 これ、《威圧》じゃ。

 なーんじゃ我、《威圧》食らっとるのか。


 それなら、この矢鱈な恐怖にも納とはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 《威圧》!?

 あれ、結構な実力差がないと効かんやつじゃよ!?


 なのに我、スライム相手に《威圧》食らっとるの!?


 なんなんじゃよこのスライム……!?

 まさか、突然変異体とか……?


 ……いや、どうにも生まれつきの強者ゆえの驕りは感じられん。

 それどころか、最弱から這い上がったような……まるで、奇跡的なまでに実力が拮抗し続けた最高の好敵手と何千年にも渡って切磋琢磨することで成長してきたかのような……そんな貫禄を感じるんじゃけど……。


「スライム……お前、まさか俺を助けに来てくれたっていうのか……?」


 え、マジに?

 そんなことあるん?


 いやまー、どう考えてもあのスライムに我の支配が及んどらんのは確かじゃけども。

 スライムって、思考能力とかそんなんあったん……?


 しかし魔物と人間の友情かぁ……なんかロマンチックじゃのぅ……。


 ………………。


 …………。


 ……。


 ……って、現実逃避しとる場合じゃなかろう我!


「俺を、励まして……いや、檄を飛ばしてくれているのか……!?」


 う、うーん……我には、ただスライムがプルプルしとるようにしか見えんけど……なんか、コヤツらの間では通じ合っとるんか……?


「そっか……そうだよな……諦めるなんて、俺らしくないよな……」


 あれ、なんか勇者の顔に覇気が戻って来とらん……?


 さっきまで、死を覚悟した青い顔じゃったのに……。


「お前に何度してやられようと諦めなかった、諦めの悪さだけが俺の取り柄だもんな……」


 なんかこれ……ヤバない?


 我、ものっそいヤバげな流れを感じてならんのじゃけど……。


「それに、どうやったかはわからないけど……お前が、そこの幹部っぽいのを倒してくれたんだよな? 最弱でもやれるんだって、俺に見せるために」


 いやたぶん、コモドはスライムの《威圧》をモロに食らって勝手に気絶しただけじゃけどな。

 我でさえ、危うく気絶しかけた程じゃし。


 ちゅーかぶっちゃけ、ちょっと……いや、結構チビったし。


「なら、今度は俺の番……だよな」


 ゆらりと立ち上がる勇者に合わせて我は数歩下がり、ローブの裾を踏んづけて危うく転びかけたのを頑張って堪えた。


「悪いな、魔王。お前も、簡単に諦めて自ら命を差し出すような勇者を相手にしたって面白くないよな。だからわざわざ俺を甚振るように挑発して、スライムの侵入まで許したんだ。だろ?」


 だろ? とか言われても。

 我めっちゃ汝を仕留めるつもりで全力で剣振っとったし、城の警備も万全にさせとったはずなんじゃけど。


 ちゅーか汝ら、なんで気が付いたらそこにおるの?


「ククク……」


 あーもう!


 なんで我、テンパると「ククク……」しか言えなくなるんじゃ!


「ふっ……やっぱりそうなんだな」


 しかも、毎度周りがなんか勝手に解釈しおるし!


 なにが「ふっ……」じゃ!

 我、一ミリもそんなこと思うとらんわ!


「お前も悪かったな、ペイルムーン」


 ん……?

 ペイルムーン……?


【…………んおっ!? あ、あぁ……ごめん主人はん、あのスライムの登場にビビってなんも聞いとらんかったわ……つーかご主人はんがスライム云々言うてたん、あれネタやなくてマジやったんやね……】


「はは、相変わらずお前は何言ってるか時々よくわからないな」


【何度も言わしてもらうけどそれウチのセリフやからね!?】


 ……げぇっ!?


 勇者に気ぃ取られて気付いとらんかったが、あれペイルムーンじゃん!?

 我の天敵じゃん!?


【まぁえぇけどさ……ほんでご主人はん、何の話やったん?】


「あぁ、今度こそ本当に覚悟が決まったって話さ……死ぬ覚悟じゃなく、戦う覚悟が! 頼むぞ、ペイルムーン! 俺の全魔力を注ぐからサポートしてくれ!」


【おぅ! ………………おぅ? え、全魔力? いや無理無理無理無理! ご主人はんの全力なんてもろたらウチ、ホンマに壊れてまうて!】


「はは、面白い冗談だ!」


【ちょ、アカン言うて……んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?】


 な、なんじゃ、この魔力の奔流……此奴、この世界を滅ぼしでもする気か!?


 ……って、でっかい魔力がもう一つ!?


 はいスライムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 こっちもなんか本気出した感じでめっちゃ魔力高めとるぅぅぅぅぅぅぅぅ!?


「ははっ、ありがとうスライム。お前も一緒に戦ってくれるのか」


 なんじゃその地獄のようなタッグ!?

 汝ら、何と戦うつもりなん!?


 ……あ、我か。


 いや嘘じゃろ!?


「俺たちのちっぽけな力じゃ、虫ケラみたいに殺されるだけかもしれないけど……それでも、やれるだけのことはやってやろうぜ!」


 もうマジ勇者が何言っとるんか全くわからん!?


 スライムもなんかプルンプルンしとるだけで意図がわからんし!


 殺されるぅ!

 我、虫ケラみたいに殺されるぅ!


 ていうかこれ、マジ世界滅ぶって!

 あかんやつじゃって!


「ククク……」


 あー! やっぱテンパリすぎてこれしか言えん!


「せめてその余裕、少しくらいは崩してやるさ!」


 はなっから余裕なんぞ欠片もないわ!?


 んもう! んもう!

 なんなん!? 人界、こんなんばっかなん!?


 そんなん、支配とか無理に決まっとるじゃん!

 そもそも我、なんか産まれた時から魔王イリス様魔王イリス様言われとったから魔王やっとるだけじゃし!


 いっつもテンパって「ククク……」言うとるうちに、いつの間にか周りが人界侵攻計画とか進めとっただけじゃし!

 勝手に発動する《威圧》のせいで誰も我の真の姿を見れんで、用意された剣もでかすぎじゃし服もブカブカじゃし!


 んもう! んもう!

 なんなんもう!


 もう嫌じゃ、我おウチ帰るぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


 って、我のおウチここじゃわ!


 ………………。


 …………。


 ……。


 ……ん、あれ?


 ちと待て。


 よく考えたら、別に我自身に勇者と敵対する理由なぞないんじゃから……。


「ククク……」


 って、違う!


 なんで我はこう……もう!


「あぁ、行くぞ魔王!」


 ほれ、挑発と受け取った勇者が今にも襲いかかって来そうになっとるじゃろ!


 言え!

 言葉を発するんじゃ、我!


 でないと、今ここで永久にその機会が失われるぞ!


 言えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ま、待つのじゃ勇者よ!」


 うおっしゃ言えた我マジ超絶ファインプレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

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