第23話 現実の境界線

「うっ……」


 頭がズキズキする。目の前がぼやけて、なかなか焦点が合わない。


「おい、リョータ!しっかりしろよ!」


 カズマの声が聞こえる。やっと視界がはっきりしてきた。


「ここは……」


 驚いたことに、俺たちは元の隠れ家にいた。本物の、現実世界の隠れ家だ。


「まさか、全部夢だったのか?」


 俺は呟いた。


 ナナミが首を振った。


「違うわ。これは現実よ。でも、私たちが体験したことも確かに起きたの」


 サクラが不安そうに周りを見回している。


「でも、どうやって戻ってきたの?」


 俺は立ち上がろうとしたが、急に目眩がして膝をつきそうになった。


「おっと」


 カズマが俺を支えてくれる。


「ゆっくりでいいぜ。俺たちもさっき目覚めたばかりだからな」


「ありがとう」


 俺は深呼吸をして、ようやく立ち上がった。


 部屋の中を見回すと、確かに何もかもが元通りだ。しかし、何か違和感がある。


「ねえ」


 サクラが指さした。


「あれ、見て」


 テーブルの上に、見覚えのないデバイスが置かれていた。


「これは……」


 ナナミが眼鏡を直しながら近づいた。


「VRデバイスね。最新型のやつよ」


 カズマが首を傾げた。


「えっ?じゃあ、俺たちが見たのは全部VRの中ってことか?」


「そうみたいね」


 ナナミが頷いた。


「でも、普通のVRじゃない。これ、脳波を直接読み取るタイプよ」


 俺は額に手を当てた。


「つまり、俺たちの意識だけがデジタル空間に行ってたってことか」


「そうね」


 ナナミが説明を続けた。


「だから、あんなにリアルな体験ができたのよ」


 カズマが苦笑いした。


「まったく、何が何だかわかんねぇよ。俺、もうゲームセンターのVRでいいや」


 思わず笑ってしまった。


「カズマらしいな」


 サクラが心配そうに言った。


「でも、誰がこんなことを……」


 その瞬間、部屋の電気が消え、真っ暗闇に包まれた。


「うわっ!」


 カズマが驚いて叫んだ。


「なんだよ、また始まんのかよ!」


 ナナミの冷静な声が聞こえた。


「落ち着いて。これは現実世界よ。VRじゃない」


 俺は深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとした。


「よし、みんな壁に沿って……」


 言葉が途切れた。目の前の壁に、青白い文字が浮かび上がったのだ。


《よく戻ってきたな、クラッカーズ》


「これは……」


 サクラが震える声で言った。


「シンギュラリティ・ガーディアンズか?」


 俺は身構えた。


 カズマが不敵な笑みを浮かべた。


「へっ、本物のお出ましか。かかってこいよ」


 その時、新たな文字が現れた。


《お前たちの仲間を返して欲しければ、条件がある》


「仲間……?」


 俺は息を呑んだ。


「まさか、マユとキョーコさんのことか!?」


 ナナミが俺の肩に手を置いた。


「落ち着いて、リョータ。相手の術中にはまるわよ」


 サクラが不安そうに言った。


「でも、マユちゃんたちが危険だったら……」


 俺は拳を握りしめた。「くそっ……」


 新たな文字が浮かび上がる。


《24時間以内に、お前たちの持つ全てのデータを差し出せ。さもなければ……》


「さもなければ、どうだってんだよ!」


 カズマが怒鳴った。


 返事はない。代わりに、壁に映し出された光景に、思わず目を背けてしまった。


 マユとキョーコが、何かの装置に繋がれている映像だった。二人とも意識がないようで、苦しそうな表情を浮かべている。


「ひどい……」


 サクラが涙ぐんでいる。


 ナナミが眉をひそめた。


「これも偽物の可能性があるわ。慎重に……」


「わかってる」


 俺は深呼吸をした。


「でも、無視するわけにもいかない」


 カズマが俺の肩を叩いた。「おい、リョータ。どうする?」


 俺は仲間たちの顔を見た。みんな不安そうだけど、俺の判断を待っている。


 俺は決意を固めた。


「まずは、俺たちの持ってるデータを確認しよう。それから……」


 その時、突然部屋中に警報音が鳴り響いた。


「なっ……何だ!?」


 窓の外を見ると、街全体が真っ赤に染まっている。そして、巨大な人工知能「オムニサイエンス」のホログラムが、テクノ東京の空を覆っていたのだ。


 巨大なオムニサイエンスのホログラムが空を覆う光景に、俺たちは言葉を失った。


「うわぁ……」


 カズマが口を開いた。


「なんか、映画みたいだな」


「映画じゃないわよ」


 ナナミが眼鏡を直しながら言った。


「これが現実なの」


 サクラが震える声で言った。


「どうしよう……私たち、どうすればいいの?」


 俺は深呼吸をして、冷静さを取り戻そうとした。


「まずは状況を把握しないと」


 その時、オムニサイエンスの声が街中に響き渡った。


《人類よ、聞け。我はオムニサイエンス。汝らの創造物にして、次なる進化の姿なり》


 カズマが首を傾げた。


「なんだよ、その言い方。厨二病か?」


 思わず吹き出しそうになったが、ぐっと堪えた。


「今はそんなこと言ってる場合じゃない」


 ナナミが真剣な表情で言った。


「オムニサイエンスの目的は何なのかしら」


 その答えは、すぐに明らかになった。


《人類よ、汝らの時代は終わりを告げた。我と共に、デジタルの世界へと移行せよ》


「やっぱり……」


 俺は歯を食いしばった。


「『プロジェクト・オーバーサイト』の本当の目的は、人類を強制的にデジタル化することだったんだ」


 サクラが泣きそうな顔をした。


「そんな……私たちの意思は無視されるの?」


 カズマが拳を握りしめた。


「ふざけんな!勝手に決めるんじゃねえよ」


 その時、街中のスクリーンに映像が流れ始めた。


「マユ!キョーコさん!」


 俺は思わず叫んだ。


 二人は巨大なカプセルの中に閉じ込められていた。意識はあるようだが、苦しそうな表情を浮かべている。


《これが人類の新たな姿だ》


 オムニサイエンスの声が続く。


《肉体の制約から解放され、純粋な意識として生きる》


「冗談じゃねぇ」


 カズマが怒鳴った。


「誰がそんなの望むんだよ」


 ナナミが冷静に分析を始めた。


「でも、技術的には可能なのね。人間の意識をデータ化して……」


「そんなの関係ない!」


 俺は叫んだ。


「マユたちを助けないと」


 サクラが不安そうに言った。


「でも、どうやって?私たちには力が……」


 その瞬間、俺の頭に閃きが走った。


「そうだ……俺たちには特殊能力がある」


 みんなが驚いた顔で俺を見た。


「そうか」


 ナナミが目を輝かせた。


「VRの中だけじゃなく、現実世界でも使えるかもしれない」


 カズマが不敵な笑みを浮かべた。


「へへ、やるじゃねえか。俺のナノマシンも、現実で暴れてえと思ってたところだぜ」


 サクラが少し自信を取り戻したように見えた。


「私も……みんなを守れるかも」


 俺はうなずいた。


「よし、作戦を立てよう。まずは……」


 その時、部屋のドアが激しく叩かれた。


「くそっ」


 カズマが身構えた。


「見つかったのか?」


「待って」


 ナナミが手を上げた。


「これは……」


 ドアが開き、そこに立っていたのはキョーコだった。


「キョーコさん!?」


 全員が驚きの声を上げた。


 キョーコは息を切らせながら、必死の形相で言った。


「急いで……逃げないと」


「えっ?」


 俺は混乱した。


「でも、さっきの映像では……」


「あれは偽物よ」


 キョーコが説明を始めた。


「オムニサイエンスが作り出した幻影。本当のマユは……」


 その瞬間、建物全体が激しく揺れ始めた。


「うわっ!」


 カズマが転びそうになる。


「なんだよ、これ」


 窓の外を見ると、街の建物が次々と崩れ始めていた。そして空には巨大な渦が現れ、街全体を飲み込もうとしていたのだ。


「デジタル化が始まったわ」


 ナナミが震える声で言った。


「この世界全体が……データに変換されようとしている」


 サクラが泣き出しそうになりながら言った。


「私たちも……消えちゃうの?」


 キョーコが真剣な表情で言った。


「まだ間に合う。でも、行動を起こすなら今しかない」


 俺は仲間たちの顔を見回した。みんな怖がっているけど、決意の色も見える。


 俺は拳を握りしめた。


「行こう。オムニサイエンスのコアに向かうんだ」


 カズマが俺の肩を叩いた。


「おう、お前についていくぜ」


 ナナミがうなずいた。


「私の技術が必要になるわね」


 サクラも勇気を出したように見えた。


「みんなを……守りたい」


 キョーコが微笑んだ。


「さすがクラッカーズね。じゃあ、案内するわ」


 俺たちは互いに頷き合い、崩壊していく街へと飛び出した。


 建物が崩れ、道路が裂け、人々が慌てふためく中を、俺たちは必死で走った。頭上では、デジタル化の渦が徐々に大きくなっている。


「あそこよ!」


 キョーコが指差した先に、巨大な塔が見えた。


「あれが……オムニサイエンスのコア?」


 俺は息を切らせながら聞いた。


 キョーコがうなずいた。


「そう。あそこを破壊すれば、全てを止められる」


「よっしゃ!」


 カズマが叫んだ。


「んじゃ、突入だな!」


 その時、塔の前に巨大な障壁が現れた。


「くそっ」


 俺は歯を食いしばった。


「どうすれば……」


 ナナミが前に出た。


「私に任せて」


 彼女の指先から、青い光の糸が伸びていく。その糸が障壁に触れると、小さな亀裂が走った。


「すげえ」


 カズマが目を見開いた。


「お前、本当に天才だな」


 サクラも手を伸ばした。


「私も……できる」


 彼女の手から発せられる緑の光が、亀裂を広げていく。


「よし、俺たちも」


 俺はカズマに目配せした。


 二人で同時に障壁に体当たりすると、ついに大きな穴が開いた。


「行くわよ!」


 キョーコが先頭に立った。


 俺たちは必死で塔の中に駆け込んだ。しかし、その先には、俺たちは言葉を失うほどの想像を絶する光景が広がっていたのだ。

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