幽霊のお姉さんと過ごすひととき

砂塔ろうか

Prologue 「私をここから連れ出してくれないかな?」

(コツ、コツ、と廃墟の床を歩く音)


(ひゅおおお、と奥から風が吹く)


「おや、お客様かい?」


 背後から耳元に幽霊の声がする。


(びっくりして動く足音)


 主人公、動揺して幽霊から少し距離を取る。


「あはは! 良い驚きっぷりだね。

……ん? 私? ふふっ、そうだよ。キミの想像する通り」


「私はこの、」


 音もなく幽霊が近寄ってきて耳元で囁く。


「廃病院の幽霊だ」


 主人公、警戒して数歩下がる。


(数歩下がる足音)


「そんなに警戒しなくてもいい。取って食いやしないよ。なんせ食べ物には触ることもできないからね! というか消化する胃がないのに何を食べるんだって話でね!」


「……は? タマシイ? 悪いけど、そういうオカルトはちょっとよくわからない」


「実を言うと私、この病院で死んでからずっとここにいてね。いわゆる地縛霊って奴かな? それはもう、すっごく退屈してたんだ」


「キミみたいに肝試しに入ってくるやからもいたにはいたが……誰も私のことを認識できなかった。それか、認識できても声がちゃんと届いてないみたいだった」


「こんばんはって挨拶しただけなのに『呪われる!』って逃げ出された時はさすがにちょっと傷ついたよ……」


「だから、ちゃんと会話が成立したのはキミが初めてなんだ」


「そこで。ものは相談なのだが……私を、ここから連れ出してくれないかな?」


「要するに、キミに取り憑かせてもらえないだろうか?」


「もう何十年とここにいる。さすがに、このまま消えるまでずっとここにいるしかないっていうのは憂鬱でね。見たいんだ外の世界を。私が生きていた頃から、大きく変わったはずの今の世を」


「へ? 地縛霊なのにそんなことできるのか……?」


「うーん。私もさっきまで出来ない気がしてたんだけど、キミと話してたらできる気がしてきてね」


「土地に取り憑くのもヒトに取り憑くのも大差はないよ。たぶん」


「ここから私を連れ出してくれたら、ささやかながらお礼もさせてもらうつもりだ。たとえば……」


 幽霊、音もなく近づく。


「こぉんなふうに、耳元で囁いてあげたり」


 幽霊、耳元で囁き続ける。


「好きなんだろ? こうして囁かれるの。疲れた時や眠れない日は、私が囁いてあげよう。ああそうだ、耳掃除もしてあげようか? 軽いものなら念力で動かせるんだ」


「ふふん。使用人によくしてもらっていたからね。コツはよく知っているとも」


 幽霊、少し距離をとって離れる。


「おや、顔がまっかっかだ。そんなに私の囁きはお気に召したかな」


 幽霊、手を差し出す。


「では、イエスなら私の手を取ってくれ」


(数歩歩く足音)


 幽霊と主人公の手が重なる。


「契約成立だね。では、これからよろしく頼むよ」


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