私と彼女の犠牲猫

小日向葵

私と彼女の犠牲猫

 「山寺の和尚さんって歌あるじゃん。あれって残酷だよね」


 恵理がそんなことを言って来た。


 「〽まりは蹴りたし毬は無し、ってやつ?」

 「そうそれ。ないなら諦めればいいのに、猫を紙袋かんぶくろに入れて蹴るんだよ?猫を犠牲にするなんて残酷すぎる」

 「まぁ確かに」

 「猫も蹴られてにゃんとか言ってる場合じゃないよ。フーって引っ掻くくらいしないと、当事者意識ゼロすぎるよ」


 人のことを扱いしがちな恵理だけど、なんだかんだ言ってこのも割ととぼけた所がある。そういう一面が垣間見えるたびに、あたしは彼女の魅力にはまっていくのだけど。


 「でも確か、蹴鞠けまりってのは何人かでリフティングし合うみたいなスポーツだから、和尚さん一人だけが悪人っていうのは、違うんじゃないかな」


 あたしは、思い付きだけで和尚さんを弁護する。


 「どういうこと?」

 「つまり、和尚さんを含めた蹴鞠チームのメンバーが全員、蹴るための鞠を用意できてなかったんだよ。いわばサッカー部なのに、誰もサッカーボール持って来てないんだよ」

 「無能揃いだ」

 「そもそも蹴鞠っていうのは貴族とか上流階級のたしなみだったんだから、蹴鞠を用意できないのにやろうぜっていう発想が烏滸おこがましいんだよ。一族郎党、蹴鞠を蹴る資格無しだよ。どうせ貧乏な小作人共だよ、和尚さんに対する風評被害だよ」

 「なんかズレてきてる気がする」


 恵理の指摘は正しい。あたしが強弁すればするほど、何か本質から離れて行くような気がしてならない。


 「そういう貧乏人共が、ある雪の降る夜に街角のスポーツ店のショーウィンドウの中にある蹴鞠をじっと物欲しそうに眺めていると」

 「なにその設定」

 「そこに偶然現れた裕福な和尚さんが可哀想に思って、そのへんの猫を並袋に入れて『さあこれを蹴りなさい』と渡した、みたいな」

 「何その貧乏少年がニューヨークの街角で富豪にトランペット買ってもらう、みたいな話。和尚さん裕福なら蹴鞠買えばいいじゃん」

 「ぐふっ」


 的確に即興の作り話を撃破する恵理。ぬぬぬ、こやつめ出来るな。


 「なんでそこまで和尚さんに肩入れするの?ひょっとして菜々美、山寺の和尚さんの親戚とか?」

 「んなわけないでしょ。父親の実家とかお墓は、確かに山の方にあるけどさ」


 ああもう何年か行ってないな、父方の田舎。年上のいとこがなんかいつもべったりくっつくから行くの嫌だったんだよね、あそこん家。


 「じ、じゃああれだ。歌詞は同じ毬でも蹴鞠じゃなくて、手毬てまりにすべきだったんだよ恵理。毬つきくらいならソフトだよきっと」

 「手毬?」

 「そう。〽てんてんてんまりー、てんてまりー、のやつ」


 あたしのイメージにある手毬って、なんか綺麗で糸で出来てて、中に鈴なんか入ってるような感じ。日本人形みたいな女の子が持ってるの。


 「〽山寺の 和尚さんが 毬はつきたし毬は無し」

 「〽猫を紙袋に押し込んで ぽんとつきゃ……あのさ菜々美、猫はバウンドしないと思うな」

 「あっ」

 「ぽんとついたら、ふぎゃっと鳴いて、逃げて終わり」

 「やっぱ逃げるか」

 「もしくは……地面に落ちた紙袋には次第に内側から赤黒い液体がじわりと染み出して来たが、見つめていてもその袋はもうぴくりとも動くことはなかった」

 「やめて恵理、なんか表現が怖いんだけど。ホラー反対」

 「どっちにしても、猫を蹴るのも猫を地面に叩き付けるのも猟奇的だと思う」


 ありゃりゃ。適当に煙に巻いて勝ち誇る予定が、結局ツッコまれてる。慣れないことはするもんじゃないってことかな?


 「ま、カボチャとか漬物石を蹴ったら足の骨折りそうだし。豆腐蹴っても反応がないから歌にならないし、仕方ないんじゃないかな。そう納得しようよ恵理」

 「ぬぬう」

 「つまり尊い犠牲」

 「えー、だったらクラムボンでも入れればいいんだ」

 「唐突な宮沢賢治。でもさ、あのクラムボンって結局何なんだろうね?」


 ああ、うまいこと猟奇的な山寺の和尚さんから抜け出すことが出来た。ありがとう宮沢賢治、ありがとうクラムボン、ありがとう月夜の電信柱。




 どうしようもなく暇な午後に、あたしと恵理はこうやってじゃれ合う。とても大切な時間、けれどとりたてて意味のない時間。いや、きっと無駄な時間こそがあたし達には必要なんだろう。なんて、哲学めいたことを考えてみたりもする。


 紙袋の中の猫はきっと、その哲学的な犠牲なのだ。




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私と彼女の犠牲猫 小日向葵 @tsubasa-485

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