黒猫になってしまったメイドは《ヤンデレ悪役令息》の愛に囚われる

椎名さえら

第1話 メイド、黒猫になる

 その時ヴェラは、一心不乱に道をひた走っていた。


 道には仮装した子どもたちや、付添の大人たち、それから自身たちも仮装している人々で溢れかえっていた。みな笑顔で、手にはお菓子がたくさんつまったバスケットを持っている。

 彼らをすり抜けながら、ヴェラは必死で家路を急いでいた。


(ばかばかばかカルヴァンのばかぁぁぁぁ!!!! カルヴァンが頼んでこなかったら、こんなことにならなかったぁぁぁ!!!!)


 心の中で《この状況》を作った人物に必死に文句を言う。

 すれ違った一人の子供が、ヴェラを見てにっこり笑った。


「ママァ、かわいい黒猫ちゃんが走ってるよ」

「まぁほんとうねぇ」

「オレンジ色のリボンが可愛いわ」

「リボンじゃなくて、飼い猫だっていう印の首輪じゃないかしら」


 ヴェラは走りながら叫んだ。


「私は猫じゃないっ!!」

「わぁ、猫ちゃんがお返事してくれた!」


 女の子の喜びに満ちた声を聞きながら、ヴェラは絶望した。

 やはりヴェラの声は、「にゃあにゃあ」としか聞こえないのだ。


(と、と、とにかく家に帰るっ!!!)


 走り続けるヴェラの首につけられた、鈴の音がちりんちりんと虚しく鳴り響くのであった。

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