Ⅵ 結末

 1


「おまえが、全て仕組んだのか」

 アイリーンの父親は、英語でジョシュアに話し掛けた。

「はい。わたしがドクターに、手紙を書きました」

 ジョシュアは透明な声で答えた。

「あなたに解雇されたあと、わたしは日本に行ってドクターをさがしました。やっと見つけた時にはもう、アメリカに戻らなければならない日だったので、手紙を書いて置いて来たのです」

 愛矢は古藤を見上げた。古藤はただ、じっと前方を見据えている。

「人の娘を……。誘拐行為だぞ、これは」

「誘拐?」

 ジョシュアが唇の端をゆがめた。

「わたしから妹を奪ったのは、あなたでしょう」

 アイリーンの父親は、雷に打たれたように動きを止めた。

「アイリーンはわたしの妹、わたしはアイリーンの兄だ。アイリーンはあなたの家で働いていたわたしの両親の子供だ。アイリーンは生まれてすぐにあなたの養女になり、あなたとジェニーを本当の親だと思って育った。あなたはわたしがアイリーンのボディーガードになってそばにいることを認めてくれたが、両親が死んだあと、突然わたしを解雇して、アイリーンから引き離した」

 ジョシュアはアイリーンの肩をぎゅっと抱き寄せた。アイリーンはジョシュアを見上げ、自分の顔の横にある大きな手を握りしめた。

「ジョシュア……。あなたが、わたしのお兄さん?」

 アイリーンの父親はうろたえながらも首を横に振った。

「でたらめだ。そ、そんな証拠がどこにある」

「ありますよ」

 答えはとんでもない方向から返って来た。

「ジョシュア。きみとアイリーンの出生証明書だ」

 大きな封筒を掲げて門の向こうから姿を現したのは、何と愛矢の父、晴樹だった。

「お、おまえ……」

 晴樹はアイリーンの父親を無視して、ジョシュアとアイリーンに歩み寄った。アイリーンがその胸に飛び付く。

「ドクター! 無事だったのね、ドクター」

 笑っているのか、それとも泣いているのか、アイリーンの声はかすかに震えていた。

 ジョシュアも向きを変えて晴樹に近付いた。

「ドクター……」

「待たせて悪かったね。これできみたちは、兄弟揃って暮らせるよ」

 晴樹はにっこり微笑んだ。

 晴樹の後ろから、愛矢には見覚えのない金髪の女性が歩いて来た。

「ジェニー! おまえは意識不明だったはずじゃあ……」

 びっくりしているアイリーンの父親を、金髪の女性は遠慮がちに見返した。

「ドクターがずっとわたしの治療をしてくれていたのよ。あなた、ジョシュアは自分から辞めたと言っていたけど、嘘だったのね」

 古藤が出し抜けに、愛矢の方を振り向いた。

「さあ、行こうか」

「え……どこへ?」

「帰るんだよ」

「あとは彼らにまかせよう」と、晴樹も言った。

「よし、愛矢、武居と愛弓くんを呼んでくれ」

 古藤はそう言ったが、もちろん、愛弓と武居を呼び寄せたのは、愛矢ではなく古藤自身だった。愛矢がやったのだと、その場にいる者たちに思わせただけだ。

 きょとんとしている愛弓と武居、それに晴樹、愛矢も含めてみんな一緒に、古藤は愛矢の仕業と見せ掛けて、八重子の待つホテルに飛んだ。


 2


「ああ、帰って来たのね」

 全員がホテルの部屋に入ると、ベッドに腰掛けていた八重子が目を潤ませて立ち上がった。

「拓斗くんから心配ないって知らせがあったけど、愛弓と武居くんまでいなくなるからどうしようかと思ったわ」

「ごめんね、ママ」

 愛弓が恥じ入った様子で八重子に謝った。

「二度としないわ。……なるべく」

 もう、と言って、八重子は笑顔のまま愛弓をにらんだ。

「でも、みんな無事で良かった」

「心配掛けたね」

 晴樹が八重子に歩み寄り、その頬にそっとキスをした。

「あーあ、結局わたしたち、何の役にも立てなかったのね」

 肩を落とす愛弓に、古藤はなぜか上機嫌で、「そんなことないさ」と言った。

「例のもの、持って来てくれたんだろ?」

「何のこと?」

 愛矢は三人を見比べて首をかしげた。

「まあ、それはあとでな。よくわかってない連中のために、今回のいきさつを話してやらないと」

「そうですよ。おれたちまったく蚊帳の外だったんですから」

 武居が文句を言った。

「わかった。全部説明するよ」

 晴樹が苦笑いしながら八重子から離れ、椅子に腰を落ち着けた。他の者も各々ソファーやベッドに座った。

 一息入れてから、晴樹は話し始めた。

「アメリカにいたころ、わたしはジョシュアの両親と親しくしていてね。彼らの家庭の事情も聞かされていた。だから、わたしならジョシュアとアイリーンの関係を証明出来ると思って、ジョシュアはわたしに手紙を託して行ったんだ」

「あの、差出人も消印もない、謎の手紙がそうね」と愛弓。

 晴樹はうなずいた。

「手紙を受け取るとすぐ、わたしはニューヨークへ飛んだ」

 ニューヨークでは、屋敷を追い出されたジョシュアを慕ってアイリーンも家を出たため、二人は廃屋に隠れ住んでいた。タイミング悪く屋敷を訪ねた晴樹は、アイリーンの父親に、アイリーンを連れ出した張本人だと誤解されてしまった。どう弁解しても聞き入れてもらえなかった。ジョシュアがアイリーンの兄であると証明出来ないことには、こっちが誘拐犯にされてしまう。しかも、二人が屋敷を離れる時、アイリーンの母親のジェニーが足を踏みはずして階段から落ち、意識不明になっていた。晴樹は誘拐容疑に加え、殺人未遂の疑いまで掛けられてしまったのだ。

 晴樹は無実を訴えたが、ジェニーが意識を取り戻すまで疑いを晴らすことが出来なかった。古藤はジェニーの病院にいる晴樹の代わりに、晴樹が逃げ出さないよう、アイリーンの父親の屋敷に閉じ込められていたというわけだ。

「最初にわけを話してくれていれば良かったのに」

 愛弓が口をとがらせた。

「いや、すまない」

 あせっている晴樹を見て愛矢が笑っていると、愛弓の非難の目が今度は愛矢に向けられた。

「あなたもよ、愛矢。ほんとに似た者親子なんだから」

「ごめん、愛弓」

「部長も!」

「おれか?」

 古藤は目を丸くした。

「そうですよ。あとからいくらだって連絡出来たでしょう、部長なら」

「おとなしく捕まることもなかったんじゃありませんか?」

 武居も横から口を出した。

「秘密を知られる危険は冒したくなかったからね。それに」

 古藤はいたずらっぽく付け加えた。

「おれは成り行きを見守る主義なんだ」

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