Ⅳ 待機
1
夜、アイリーンとジョシュアが寝てしまうと、愛矢は一人廃屋を抜け出した。
門の外までは行かず、月明かりに照らされた庭先で古藤に通信を送る。
(先輩……聞こえる?)
(愛矢か。アイリーンには会えたんだな?)
古藤の声がすぐ返って来たので、愛矢はほっとした。
(あの子は何なの? ジョシュアって人も)
(アイリーンは、おれを閉じ込めてる奴の娘だよ)
(ジョシュアは?)
(アイリーンのボディーガード)
(そこまではもうアイリーンに聞いたよ。でも、どういうことなのかよくわからない。どうしてあの子のお父さんが、先輩や父さんを捕まえるの?)
うーん……と古藤はうなった。
(何て言うか、タイミングって言うか、運が悪くてね。先生がアイリーンを誘拐したってことになってしまったんだ。そして、おれも誘拐犯の一味だと)
けろっとして言うことじゃないと思った。
(でもそれなら、アイリーンが家に戻って誤解だって言えば済む話じゃないか)
(そんな簡単にはいかない事態になっていてね)
愛矢はもっと問い質したかったが、古藤はそれ以上話そうとしなかった。
(父さんは、本当に無事なんだね?)
(ああ、おれが生きているかぎり無事なはずだよ。殺すとしたら、普通、下っ端が先だからね)
のんきな古藤の口ぶりに、愛矢は少し腹が立った。古藤は自分の命が危うくなっても、まだ超能力を使うのは嫌だと言い張るつもりなのだろうか。
愛矢の考えを先読みしたように、古藤が言った。
(でも、愛矢が来てくれたからもう平気だ。おれの使う力を、愛矢、きみが使ったように見せてくれるんだろう?)
(うん)
愛矢は力強くうなずいた。
(もちろん、そうするよ。何でも全部先輩の言うとおりにする)
古藤を助けるために、そして、父を助けるために、愛矢はここまで来たのだから。
(よし。まず時期を待たなきゃならない。誰かが見ているところでやらなきゃ意味がないからな。おれが連絡するまで、アイリーンたちといてくれるね?)
(わかった)
2
愛矢はそれから五日ほど、アイリーンたちと廃屋に潜んでいた。
愛矢もアイリーンも勝手に外に出るなとジョシュアに言われていたため、おしゃべりするくらいしかやることがなかった。
二人はお互いのことをたくさん話し合った。二人はとても気が合った。そして、自分たちの境遇がよく似ていることに驚いた。
アメリカに住んでいたころの愛矢は、学校へ行く時以外に外へ出ることはめったになく、学校でも特別仲のいい友達は出来なかった。父が忙しい時は一人で部屋にこもり、ただぼんやりと窓の外を眺めていたりしたものだ。
それでも、父がいてくれたから、愛矢はさびしくなかった。父はいつも愛矢を守ってくれた。そばにいるだけで安心出来る、かけがえのない存在だったのだ。
アイリーンも同じだと言った。アイリーンにとってはジョシュアが、愛矢にとっての父のような存在だったと。
「ジョシュアはわたしが六歳の時にボディーガードになって、十年近く、ずっとわたしのそばにいてくれた」
「十年も……。よっぽど信頼されていたんだね」
「でもひと月前、ジョシュアは突然父に解雇されてしまった。わたしはジョシュアを戻してくれるよう父に頼んだけど、だめだった」
「どうして?」
「理由を聞いても父はまともに答えてくれない。もう必要ないからだ、とか言ってごまかすの。わたしにとって、ジョシュア以上に必要な人はいないのに」
「だから家を出たの? ジョシュアと一緒にいるために?」
「わたしがそれだけジョシュアを必要としているってわかれば、父はまたジョシュアを雇ってくれるかもしれないでしょ?」
もしだめなら、このままずっとジョシュアと暮らすつもりだ、とアイリーンは言った。
「でも、わたしのせいでドクターが父に捕まってしまった」
彼女はひどく気落ちした様子で目を伏せた。
「ドクターは元気なの?」
愛矢は少しでも父の安否を知りたいと思ったが、アイリーンは力なく首を振った。
「わたしには何もわからないの」
そして、懇願するように愛矢を見た。
「お願い、アヤ。ドクターを助けて」
もちろん、愛矢はそのために来たのだ。
「大丈夫だよ。ドクターも、タクトも、わたしが絶対に助ける」
愛矢はアイリーンたちに、自分がドクターの娘だとは告げずにいた。
晴樹は愛矢のことを――娘がいるということを、あまり人には話さなかった。アイリーンとジョシュアも、多分知らないだろう。いないはずの娘だなんて名乗っても、信じてもらえないかもしれない。むしろ、よけいに怪しまれるような気がしたのだ。特にジョシュアには。
アイリーンとはわかり合えた愛矢だったが、ジョシュアのことは一向によくわからないままだった。彼は無口で、必要以上のことは何もしゃべらなかった。話し掛けても、答えが返って来る方がめずらしいくらいだ。長い間ボディーガードをしていたと言うわりに年は若く、せいぜい二十代後半程度に見える。十年前なら、二十歳かそこらだったのではないだろうか。謎の多い人だ。
ただ、ジョシュアがアイリーンを大切に思っていることは、愛矢にも痛いほどわかった。外へ出すまいとするのも、アイリーンを守りたい、その一心なのだろう。それだけに、彼が愛矢に対して疑いを抱くのも仕方がないと思えるのだった。
3
愛矢が来てから六日目、ジョシュアはめずらしくアイリーンを連れて出掛けた。身の回りの物を買うためらしい。愛矢には勝手に出歩くなと念を押したが、閉じ込めるようなことはしなかった。もちろん、愛矢に勝手な真似をする気はなかった。一人で留守番するのは慣れっこだ。愛矢はその日一日、ぼんやり考えごとをしたり、アイリーンが退屈しないようにとジョシュアが買い揃えたらしい本を読んだりして過ごした。
そして、夕方になって帰って来たアイリーンに、びっくりするような話を聞かされた。彼女は困惑ぎみに、愛矢そっくりの人に会った、と告げたのだ。
「アユミって言ってた。男の子と一緒だった」
愛矢は一瞬声が出せなかった。
――愛弓がニューヨークに来ている! 一緒にいた男の子というのは、武居に違いない。
愛矢は急いで古藤に知らせたが、彼の反応はのんびりしたものだった。
(やるなあ、愛弓くんも。さすが双子、血は争えないね)
(感心してる場合じゃないよ、愛弓たちはアイリーンに会ったんだ。あの二人のことだから、アイリーンの家を突き止めて、勢いで乗り込みかねない)
(そうだな)
古藤は少し考え込んだ。
(時期を待ってもいられないようだ。明日、きみをアイリーンの家に送るよ。うまく庭に飛ばせたら、そこで待機していてくれ。チャンスを見計らって、一気にここまで来てもらうから)
(愛弓たちに会えるかな)
(向こうがこの屋敷に乗り込んでいればここで会えるさ。もしいたら、何かの時に助かるかもしれない)
愛矢が古藤からの通信を切ると、いつの間にか後ろにジョシュアが立っていた。愛矢は「今、タクトと相談していたのだ」と伝えた。そして、明日、アイリーンの家へ行く計画を彼に話した。
4
――翌日。
愛矢はジョシュアと共にアイリーンの家の門前まで行き、そこから古藤によって、一人屋敷の庭に飛ばされた。もちろん、ジョシュアには愛矢が自分の力でやったと思わせているのだが。
ジョシュアは少し離れた建物の陰から様子をうかがうことになっている。
二時間ばかりじっと木に隠れて待っていた愛矢は、何気なく門に目をやり、その目を見張った。愛弓と武居が、今まさに門を乗り越えるところだったのだ。
――こっちは古藤に飛ばされてこっそり入り込んだというのに、何て度胸だろう。
愛矢は二人が近付いて来るのを待って、声を掛けた。
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