愛矢と愛弓の夏休み

波野留央

愛矢と愛弓の夏休み

プロローグ

 ――明日から夏休み!

 天気もいいし、気分も爽快。わたしは足取りも軽く、家へと続く小道を歩いていた。

 ママ、もう帰ってるかな。話したいことがあるって言ってたけど、何だろう?

 あ、わたしの名前は愛弓あゆみ笛吹うすい愛弓っていうの。

 九月八日生まれで、血液型はA。小説家のママと二人暮らしの中学一年生。

 パパがいなくたってさびしくなんかないし、平凡な生活もそれなりに幸せだと思ってた。でもね……。

「笛吹」

 角を曲がって家の門まで来た時、後ろから呼ぶ声がした。

武居たけい?」

 わたしは首を傾げながら振り返った。

「どうしたの?」

 クラスメートの武居優介ゆうすけはわたしを見て、快活に笑った。

「相変わらずのろいな、笛吹は。学校で、きみがもう十五分も前に帰ったって聞いたから、家に着くまでには追い付かないだろうなーと思ってたのに」

「よけいなお世話よ」

 わたしはわざとふくれて見せた。いつもひとこと多いんだから、武居は。

「それで、あんたがわたしを全速力で追い掛けて来た用事は何なわけ?」

「忘れ物だよ」

 武居はまだ笑ったまま、青い手帳を差し出した。

「ああ――ありがとう」

「相変わらずドジだな、笛吹は」

「余計なお世話よ」

 わたしは武居をにらんでやった。

「夏休み、どうするの?」

 武居が笑いながら話題を変えた。

「んー、特に予定はない。ママが忙しいからね」

「そっか」

「園芸部で学校に通うくらいよ。武居は?」

「おれも、今年の夏は大したことはなさそうだなあ」

 ――でもね、わたしも武居も間違ってた。気付いていなかったのよ。この夏休み、平凡な日常がひっくり返ってしまうようなとんでもないことが、わたしたちを待ち受けているということに。

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