布団飛ばしの勇者ちゃん

猫墨海月

Prologue

それは、なんてことない普通の日の事。

私は何も考えず、パソコンの画面を見つめていた。

画面に映るのは、『あなたも世界を救いませんか?』…ただそれだけ。

なんて馬鹿らしいのだろう。初見の私の感想はそれで。

普通に考えればそんなサイト、誰もクリックしないのに。

「まぁ…押すだけだし」

何故か私は押していた。

どうせ誰かの悪戯で、世界を救うとか無理に決まってるのに。

押してしまった。

理由はわかってる。

部屋に立ち並ぶ本棚が私を見ていたから、だ。

仕方ないよね。

…ただ、本棚に飾られるラノベ達のような展開を期待してしまっただけだから。


◇◇◇


「うん、そう都合よく異世界行けるとかあるわけないんだけど」

あれから二日経った。

私は未だ日本にいる。

…やっぱ嘘だよね。

異世界なんてあるわけないし。

でもちょっと期待してたのはそうだけど!!

私に世界救うとか無理だから、これはこれで良かった…のか?

見事に期待を裏切られた私は、シャワーのお湯を浴びながら、嬉しいような残念なような気持ちを持て余していた。

シャワーの温度は生温い。

夏の夜にぴったりな温度だった。

…もう洗い終わったし、出ようかな。

いっぱいに張られたお湯を無視して、脱衣所への扉を開く。

さっさと着替えてしまおうと思ったのだ。

しかしそこに私の服はない。

持って来るのを忘れた…のか…。

「おかーさーん、私の着替え持ってきてくれないー?」

リビングに居るであろう母に声を掛ける。

しばらくして、はーいとか細い声が聞こえてきた。

あー、良かった。

お母さんがいなかったら、お風呂から出れないとこだった。

いや別に出れないことはないんだけど。

年頃の女子がタオル一枚で出歩くのはやばいだろう。

「んー…仕方ないからお風呂入ってるか…」

先程無視した湯船に足をつけ、そのままゆっくり全身を入れた。

途端に全身が解れていくのを感じた。

…いつぶりだろう、湯船に浸かるの。

こんな気持ちよかったっけ。

「最近は食事ばっか気にしてたからなぁ…やっぱ、休息とかも気にしたほうがいいよなぁ…」

自分への戒めのように口にする。

最近は、面倒でお風呂も睡眠も蔑ろにしていた。

だからなのかどれだけ寝ても疲れが取れなかったし、

電動自転車で十分走っただけで筋肉痛に見舞われたりしていた。

「いや、電動自転車で筋肉痛って……」

己の体力の無さに笑ってしまう。

が、すぐに虚しくなった。

独りで笑ってるのヤバいヤツじゃん…。

「何苦笑いしてるのよ。ほら着替え、置いといたからね」

「はーい。ありがとー」

いつの間にか来ていた母にお礼を言い、彼女が退出するのを見て私も脱衣所へ。

バスタオルを取り、ふと母が持ってきたであろうパジャマに目を移した。

…あー。

お母さん、苦労したんだな…。

流石に思わなかった。

「…まさか普段着を持ってくるなんて」

仕方がないからそれを着る。

お母さんは悪くないし。

むしろ持ってきてくれて感謝しかない。

しかしまあ、普段着で寝ることはできないので。

髪を梳かしてから扉に手をかけた。

着替えが終わったら、アイスでも食べよう。

それでゲームをして、お母さんたちと話して。

その後は早く寝る努力でもしよう。

…あ、そうだ。

「お母さん、後で――」


「―お待ちしておりましたぞ、勇者様!」


「…はい?」

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