第21話 花をつみとって

 エドワードの部下たちが暗く寒い小屋の中に入ってきた。二人はまだ死闘を繰り広げている。が、デズモンドは形勢が不利なのを認めると隙をついて小屋を脱し、馬に乗ってどこかへ逃げてしまった。


「クリステン、大丈夫か?」

 エドワードがすぐ駆け寄ってきて、マントをかけてくれる。

 ドレスが引き裂かれて肌がむき出しになっていたのだ。寒かった。怖かった。肩が震える。


 なんとか私は首を振ってうなずいた。エドワードがいたわるような目でこちらを見ている。私は耐えきれなくなって彼の腕の中に飛び込むと、ワッと泣き出した。


「もう大丈夫だ。僕が君を守るから。すまなかった。こんな目にあわせて」

 エドワードが優しく抱きしめてくれる。


 彼のそばにいれば安全なのだ。私は救出された姫さながら、エドワードと一緒に馬の背に乗って宮廷を目指した。


 馬に揺られながら、デズモンドと誘拐の騒動のことを考えていた。ひどいことだった。誘拐だなんて。そりゃあ、幼い頃は囚われの姫なんてロマンチックなことを考えたものだけれど。それにデズモンドも恐ろしい人!


 これから宮廷に帰るなんて変な気分だ。あんなことの後に、旧弊きゅうへいなしきたりの中に戻るなんて。


 もといた世界では夜道の痴漢を怖がっていたのに。強姦まがいのことをされるなんて、この世界はワイルドだ。



 宮廷ではナターシャが待っていた。私の失踪に真っ先に気づいたのも彼女らしい。


 宮殿の屋上に大きな浴場が用意してあった。きれいなハスの花が浮かんでいる。癒しのひとときだ。それに無駄に贅沢だし!むだに贅沢なものって大好きだ。


「寝室でエドワード様が待ってらっしゃいますよ。まだ別居の計画は有効ですか。もしそうなら、今宮廷を出るべきかと思いますが」

 ナターシャが話しかけてくる。


「彼とは別居しないわ。一緒に暮らしたいの。ソフィアがいてもよ」


 エドワードは優しかった。今逃げたら、今度こそ振り向いてくれないだろう。


 彼は私を抱いた。寝室に戻るとすぐに。

 私は幸せだった……


「マークのこと、弟のことを諦められなかったんだ。君が予言の娘で、マークを救ってくれるんじゃないかって思って。だけど、君を危険にさらしてしまった」

 エドワードがベッドの中、わたしの髪に触れながら言う。


「わかるわ。大切な弟なのでしょう?私もキティがカーンリーのところにやられた時は気が気じゃなかったもの」


 マークのことを思うとエドワードが心底気の毒だった。しかも今になって、弟の命がデズモンドの手に握られていると判明したのだ。デズモンドが焦っているということは、マークが生きているということだが……


「それだけじゃない。君を傷つけた。夫の僕が宮廷での地位を危うくした。君を愛してるのに避けていた」


 愛してるって本当に今そう言った?私のことを愛してたって?

 思わず飛び跳ねてしまいそうだ。だが、夫の手前、平静をよそおっていた。


「マークは救い出せるわ。だいたい予言は曖昧だったし。少なくともデズモンドの名前はわかったもの。ねえエドワード、私にできることがあったら協力をさせて。キティを助けてくれたでしょ。そのお礼よ」



 すべてが順調だった。エドワードとはグッと距離が縮まったし、彼は私を大切にしてくれる。王妃から寝室でのことで尋問されることもなくなった。


 それなのにレベッカが戻ってきたのだ。


 真夜中、私たちは大広間でおおぜい集まっていた。誰かが酔ってガチョウとくじゃくを戦わせたら面白かろう、と言い出したのだ。広間は松明の火以外、明かりは消された。みなが円形になって二羽の勝負を見守っている。私はエドワードの隣に立ってクスクス笑い声をあげた。変な時間に起きているせいで笑いが止まらなくなっていたのだ。


 ガチョウはいきり立っていた。耳障りな鳴き声だ。一方でクジャクは冷静そのもので、優雅な足取りで歩いている。やがてご自慢の青や緑の羽を広げ始めた。


 いきなり背後で広間の扉が開いた。白いドレスを着た女が立っている。レベッカだ。


 エドワードの目の色が変わった。ツカツカとレベッカの方へ歩いてゆく。


 レベッカは可愛らしく巻き髪にし、途方に暮れたような顔をして立っていた。


「エドワード、押しかけてごめんなさい。私をもう愛してないんですものね。来るべきじゃなかったわ。でも他に行くところがなかったんです」


「謝罪は不要だ。レベッカ、君が何をしたか知っている。悪党のデズモンドに情報を流し、クリステンを寝室の隠し部屋から誘拐させた。君はここに居場所はない。悪の巣窟にでも帰るんだな」

 彼は冷たく言い放った。


 その瞬間のレベッカは見ものだった。困り顔から一瞬にしてはんにゃのような表情になったのだ。


「王子がただではおかないわ!」

 そう言って荒々しく場をさった。


 その頃、このちょっとしたドラマの背後では、クジャクが怒り狂うがちょうを優雅に避けていた。食事を持ってきた料理女はガチョウをどのように調理しようか考えていた。

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