第8話 ハープと狩猟、落馬
ソフィア王妃からハープの演奏会に招待された。王妃の居室でちょっとした内輪の集まりをするらしい。お高い紙の、金文字で書かれた招待状を念入りに読んだが、エドワードは来ないらしい。
ホッとした。馬上槍試合の
王妃の私室には、レベッカがいた。豪華なカーテンのかげで、侍女と一緒にお酒を飲んでいる。さくらんぼ入りのお酒だ。
「クリステンにレベッカ、来てくれたのね。ハープは木製の椅子の前に置くわ。座って演奏するでしょう?」
ソフィアが私たちの肩に手を置いて言った。
一瞬なにを言ってるのか理解できなかった。どうやら、王妃様は私とレベッカに弾き比べをさせるつもりらしい。ハープなんて演奏どころか実際に見たこともないのに!
「あら、私たちが演奏するんですね。でも私のような者が演奏したら不適当ではないでしょうか?クリステン様は由緒ある家の方ですから」
レベッカの顔が引きつっている。
「あら、全然そんなことないわよ。少なくとも、エドワードは違うことを言うはずよ。あの子はあなたのことを修道院出の汚れなき聖女だって思っているのだから」
王妃の勝ちだ。嫌いな女をまとめて公開処刑にできるんだから。
なぜかわからないけれど、私はハープの演奏の仕方を知っていた。指が勝手に動くのだ!ポロンポロンと優雅な音を立てる。我ながら見事な演奏だった。特にレベッカの散々な演奏の後では……
どうやら王妃様は私よりもレベッカが憎いらしい。レベッカに恥をかかせたのだ。
「ハープの演奏くらいでエドワードの心は奪えないわ!」
レベッカは私をカーテンのかげに引き込むと、すごい形相をして言った。
「彼は永遠にあなたを愛さない。持参金のために結婚するだけよ。その持参金を使うのも愛人の私だわ」
「じゃ、あなたは永遠にエドワードの愛人ね」
レベッカをひっぱたいてやりたかった。彼女の言ったことが本当だったから。
翌朝、庭園でナターシャと船遊びをしていると、船着場にエドワードがやってきた。何やら怒っている。
「クリステン、卑劣だぞ。レベッカを影に隠れていじめるなんて。今度泣かせたら、結婚後の平穏はないからな!」
エドワードが腕をつかんできて言った。あまりに強くつかむので痛い。
「でも、レベッカには何もしてないんです」
思わず言い返してしまった。もちろん、彼は私の言い分なんて聞いてなかったけれど。
「男ってなんてバカなんでしょうね」
ナターシャはエドワードの後ろ姿を見ながらつぶやいた。
「まったく。嘆かわしい」
遠ざかってゆく彼の背中を見つめていた。怒ったままの背中を。クリステンが駆け落ちなんてしてなければ、彼は私の話を信じてくれただろうか?
国王から狩猟に招待された。狩猟って主に男性がするものと思っていたけれど、違うみたい。私もレベッカも侍女たちも参加する。テントや使用人たちを引き連れて開催する、大がかりな狩猟だ。
哀れな鹿に同情してしまって、気が進まなかった。でも、焚き火をたいて、ナターシャと森の中のテントに泊まるのは楽しい。宮廷の人たちとも仲良くなれた気がした。それに、自分が乗馬できるのにも驚いた。高いところから世界を見て、スピードを出したり、倒木を飛び越えたりするのは気持ちがいいのだ。
「ナターシャ、ずっと気になっていたんだけどね、あなたってジミーのことが好きよね?」
焚き火の前、ナターシャの横に座ってきいた。
「ジミーって誰です?」
ナターシャがすっとぼける。
「ジミーってエドワードの従者のジミーよ。見つめてたじゃない。あなた達が隠れて話してるのを見たのよ」
クスクス笑いながら言った。
「あら、お嬢さま、よっぽどロマンスに飢えてらっしゃるんですね。私たち、そんな関係じゃありませんのよ。お嬢さまがエドワード様と仲直りしてくださったら、こそこそしなくて済むんですけどね!」
ナターシャは怒った顔をしてまくしたてる。
私はクスクス笑い続けた。ナターシャったら、取り乱してる!
不意に焼けつくような視線を感じた。エドワードだ。木に寄りかかって立っている。鋭い目つきだ、怖いくらいに。
慌てて笑顔を引っ込めた。お互いを見つめる。彼はすぐにどこか、闇の中へ消えてしまった。
「姫君、奇遇ですね」
起き抜けに洗顔しに小川に行くとデスモンドがヒョイと姿を現した。しつこい人だ!ずっと尾けていたんだろうか?
彼は朝だというのに、腹立たしくなるくらいハンサムだ。
「あらデズモンド様」
取ってつけたような笑みを浮かべた。
「クリステン、君は約束を忘れていないだろう?あの夜、家を出て私に会いにきてくれた。もしあの夜の決意が変わっていないなら、今がそのときだ。今夜が過ぎたら、二度とチャンスは訪れない。私は君を愛してる。気持ちにこたえてくれ!」
デズモンドが甘い言葉をささやいた。
彼ってまるで砂糖菓子みたい。キャラメルかペロペロキャンディーみたいな甘い言葉を出まかせに言ってばっかり。
「なんのことかわかりませんわ」
そう言ってナターシャのいる場所まで逃げてしまった。
狩りは気が遠くなるほどの辛抱さが必要だ。東から西へ、北から南へ、日がな一日獲物を追い続ける。
私は可哀想な鹿よりもエドワードを見ていた。申し訳なさでいっぱいだ。尾崎に浮気されたんだから、彼の気持ちだってわかっていたはずなのに。それなのに私ときたら、自分勝手なことばかり。
エドワードと私、他の人たちからはぐれてしまっていた。私は彼に追いつこうと必死。彼は知らんぷりだ。話したくないのかもしれない。でも、謝りたかった。クリステンと彼のために。
「エドワード!お話があるの!待って!」
声を張り上げた。
倒木がある。馬がジャンプする。体が奇妙な具合に揺れた。馬の背から落ちてゆく。しめった地面に頭を打ちつけた。
落馬したのだ。
「クリステン!」
彼の声が聴こえた。
「クリステン、大丈夫か?しっかりするんだ!」
エドワードが駆け寄ってくる。彼の手が頬にふれた。
「エドワード、ごめんなさい」
かすれた声で言う。
彼の顔が見えた。意識がどんどん遠ざかってゆく……
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