Seq. 26
「ようエクシイ、ちゃんとカツレツは食ったか?」
まもなく試合開始という時間に武道場へ着くなりコルム先生が言ってきた。
そのニヤついた表情に、やはりあれはおふざけだったのだと確信する。
「ええ食べましたよ。くだらないことで大事な後輩を使いっぱしりにされて、大変恥ずかしくなりました」
ありったけの不満をぶつけた。
それでもこの人は無精ひげを触ってケタケタ笑っているだけだ。
「まあそうカリカリすんなって。あっちはもう準備できているぞ。お前も早く行ってこい」
言われるまでもなく早足でアリーナへと進んでいく。
通路を抜け、眩しいくらいのライトを浴びると会場から歓声が沸き上がった。
向かい側の通路の出口にはアンドリューさんの姿がある。
「やっと来たな、エクシイ!」
彼はまっすぐに僕を見据えて言った。
そして試合用の木剣をこちらに突き出しながら叫ぶように再び声を上げる。
「こんな大勢の前で戦うのは初めてじゃないか?! オレはそうだ!」
決めポーズを取るようにアンドリューさんが木剣を高く掲げた。
先ほどとはまるで違う、割れるような歓声が起こる。
すごい。会場の雰囲気をすでに自分のものにしている……。
相対する僕は今にもそれに飲まれそうだ。
「違う、これはただのパフォーマンスだ。試合には何も関係ない」
冷静さを取り戻すために声を出し、視線で観客席を一巡する。
全学園生が座ったとしても十分余裕があるはずのスタンドが埋め尽くされているということは、外部の人たちが来ているということだろう。
そこかしこに見える厳つい方々はアンドリューさんが所属する「コレクターズ」の関係者だと思われる。
「おい、忘れてるぞ」
突然横から木剣を差し出された。
そういえば今日は持ってきていなかったことに気づく。
気を利かせてくれたコルム先生は僕にそれを渡すとアリーナの中央へ歩いていった。
「え、ちょっと? 何しているんですか」
予想外の行動にとまどう僕は無視される。
喧騒を閉じ込めた武道場の中心で先生の両手が上げられ、舞台は急な静寂に包まれた。
「ただいまより! 『竜殺し部』エクシイと『コレクターズ』アンドリュー・コーダーによる試合を執り行う!」
その宣言とともに再び会場が沸き立つ。
練習試合でよく聞く、普段よりちょっとやる気の感じる声だ。つまり――。
「試合の審判はコムラ・コルムが担当する。両者、試合中に指示があれば直ちに従うこと。いいな?」
観客が落ち着くのを待って試合の前口上が述べられた。
「えーっ!? コムラが審判すんの? 絶対忖度するでしょ」
「うるさいぞアンディ。そう思うならせいぜい俺の教え子を圧倒してみせろよな」
僕が「問題ないです」と言おうとしたのを、コルム先生とアンドリューさんのたたき合う軽口に遮られた。
僕、あなたような放任主義の教え子になったつもりは一切ないのですが。
さすがに僕までふざけるわけにはいかないので、喉まで出かかったその言葉はグッと堪えた。
というか、この2人なんだか親しげな様子……?
「とにかく試合中の指示には従え。アンディいいな?」
「はいよー」
ようやくアンドリューさんが肯定を返す。
「エクシイは?」
「問題ありません」
もちろん僕も肯定だ。
「では両者位置につけ! 湧能力は開始まで発動をしないように」
そう言われお互いに動き出す。
石畳に付けられた目印に従って立ち位置を調整し、反対側のアンドリューさんの方へ向き直る。
コルム先生はとっくに壁際へ移動していた。
「どうだエクシイ。しっかり対策はしてきたか?」
アンドリューさんが問いかけてきた。
「当然です。手の内がわかっている相手ほど怖くないものはありませんよ」
あのくらいの特訓で攻略したとはとても言えないけれど、虚勢を張ってみせる。
そんな僕を見抜いてなのかそうでないのか、彼はただアゴを掻きながら笑っているだけだ。
その笑い方がなぜか妙に鼻につき、自分でも不思議なくらいの苛立ちを覚えてしまう。
「そういうあなたこそどうなんです? 僕の湧能力のこと、どこまで知っているんでしょうか?」
こういうのは慣れないのだけど、精いっぱい挑発的に質問を返した。
あわよくばアンドリューさんの理解の隙をついた攻撃を出してやろうという考えもあった。
「さあな。4年前のことなんざロクに覚えてねぇわ」
あっさりはぐらかされてしまった。
そう上手くはいかないようだ。
「静かにっ! まもなく試合を開始する!」
コルム先生が言った。
すぐに口を閉じで集中する。
「両者構え!」
腕を下に伸ばし、剣先を地面に向けるように斜めにして木剣を構える。
アンドリューさんは前と同じように地面と平行に木剣を構えた。
「――――はじめっ!!」
開始の合図がなされる。
次の瞬間、光の輝きが僕の目の前まで迫っていた。
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