瀬名木 類
尻ポケットに捩じ込まれてクシャクシャになった煙草の箱を取り出す。開けてみれば、若干平べったくなった煙草が三本ほど。震える手で一本取り出し、火をつける。
ここは一体どこなんだ。さっきから追いかけてくる『ヤツ』は、何なんだ。こんな話聞いたことがない。
瀬名木はこれまでの経験から、今自分が置かれている状況に類似するものを何とか思い出そうとした。しかし、驚くほど何も出てこない。記憶にないのか、記憶の引き出しを開ける気力がないのか。今の瀬名木には判断ができなかった。
煙草の煙を肺に流し込む力も弱まっている気がして、大袈裟なほどゆっくりと吸い込み、吐き出した。それを何度も何度も繰り返した。煙草を持つ指先に熱く感じるほどギリギリまで吸ってから、八つ当たりのように床に何度も擦りつける。
高校時代からの親友から電話がきて、それに出て、助けを求められて。そしたら歌を唄う気味の悪い女が現れて、気が付いたら知らない場所にいて。そして――。
「ううううう」
瀬名木は片手で髪を掻きむしり、情けない唸り声をあげた。思い出したくない。思い出したくない。
苦悶に満ちた絶叫、なんて言葉では言い表せない親友の声を何とか頭から消し去ろうとする。あの状況で助けることができたのかはわからない。でもきっと無理だった。無理だったんだと自分に言い聞かせる。
「すまないすまないすまない」
罪悪感は親友を助けられなかったこと以外にもあった。逃げ込んだ部屋の中で、これまでは何をどうしてもまともに操作できず、電波も拾わなかったスマートフォンに、突如折立の名前と電話番号が表示されたのだ。
瀬名木は考える間もなくそれをタップした。電話は繋がり、折立は電話に出た。出てしまった。自分が、高校時代の親友からの電話に出たのと同じように。
きっと折立も『この場所』にやってきてしまう。自分のせいで。
誰もいない暗い部屋の片隅で、瀬名木は折立に対する謝罪の言葉を繰り返した。
しばらくそれを繰り返した後、瀬名木ぼーっと真っ暗な天井を見つめた。
――なくなっていく。
自分の中の何かが失われていく。何かはわからない。しかし、それはとても大切なもので、絶対に失ってはいけないものだということは理解できた。
瀬名木はきつくスマートフォンを握りしめる。意味もなく天井に向けていた視線を手元の画面に向け、メモ帳アプリを開く。打ち込んだ文字はすべて文字化けしていたが、それでもかまわず瀬名木は入力を続けた。大きくなっていく喪失感を紛らわすように、煙草を吸い続けながらひたすらに指を動かした。
文字化けしているが『これはゆいごんだ』と入力した時、自分に死が近づいていると直感した。きっと、親友と同じ末路を辿るのだと。
折立がここにやってきたら、どうか見つけてくれますように。そして彼が、無事にここから逃げ出せますように。そう願いながら、瀬名木はひたすらに文字化けする文字を打ち込み続ける。
瀬名木の目の前に、どこからか二人の男が現れた。
諦めていたつもりだった。それなのに、男達に引きずられていく最中、瀬名木は自分でも何を言っているのかわからないほど声を上げて暴れた。死にたくないと心から思った。しかし、瀬名木の抵抗など意に介さず男達は彼をずるずると、死に場所まで引きずって行った。
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