第三十五話 ホテルメイド、ベレニーチェさん

 引き続き、ホテルの部屋です。

 ウルスラは今日も一人でお祭りへ出掛けてしまったので、部屋にはビュッフェ式朝食を食べ過ぎて寝室で寝込んでいるビーチェとジーノ、もう一つの寝室でシーツ交換を始めているベレニーチェさんがいます。

 そしてわたくしはソファーに座り、これから何しようかと考えているところです。

 ああいや、私はそもそもバルを監視するのが仕事なんです。

 昨日からしばらく覗いていませんから、ちょっと見てみますか。

 モニターを使わなくても見られるのですが、力をたくさん使うので疲れるんですよね……

 では、目を閉じてと――


---


 ラ・カルボナーラの店の中です。

 ナリさんとバルがいますね。

 バルが出掛けるところでしょうか。


「じゃあナリさん、今日も魔物狩りしてくるから」

「いってらっしゃい。食べられる魔物が見つかると良いわね。うふふ」

「そうそう。石の魔物とか虫ばかりでお金にならないよ。で―― ナリさん……」

「はいはい。ふふふ」


 バルはナリさんを抱き寄せ、口づけをしようと……

 えええっ!?


 チュッチュッ チュパッ チュッ


 ――何なんですかこの人たちは!

 朝のお出かけキッスはほっぺたにチューぐらいで良いでしょうに、何でそんなに濃厚キッスをしなければいけないのですか! ムッカーッ

 バルはスケベおやじですからどうしようもないですが、ナリさんまでノリノリの熱いベーゼを求めているとはね。

 元旦那を亡くしてからよっぽど愛に飢えていたんでしょうか。

 ああっ その元旦那もそういうノリだったからナリさんも許容しているわけですね。

 ぬうぅぅぅくくく……

 私もいっぱい愛してくれる旦那が欲しいですうぅぅ!!


---


「――もしもし? 如何なさいました? お客様!」

『はへ?』


 目を開けると、そばにはベレニーチェさんが心配そうな表情で私を見ていました。


「ああっ 失礼ました。座ってお眠りになったまま、うなされてましたのでどこか具合がお悪いのかと……」

『えっ いやっ あのっ だ、大丈夫ですよ。オホホホホ――』


 わたくしとしたことが、そんなふうに見られていたなんて……

 恥ずかしいいぃぃぃ!!

 久しぶりに慣れないことをしたものだから、失敗しました……

 今度は誰もいないところでします……


「よろしければ、お目覚めに効くハーブティーをお入れしましょうか?」

『――そうね。お願いするわ』

「かしこまりました」


 ベレニーチェさんは一礼して、紅茶を入れる準備に取りかかりました。

 こんなに気が利く良い子なのに、ジーノのぱんつの匂いを嗅いでいた変態女子なんですから……

 しばらくして、ベレニーチェさんはハーブティーを入れたカップをテーブルに置いてくれました。


「ローズマリーティーです。蜂蜜も入れてみました。どうぞ」

『どうもありがとう』


 ――うーん、美味しい。

 酸っぱいローズマリーティーに蜂蜜が入っていて、飲みやすいわ。


『とても美味しいわ。あなた、お名前は?』

「ありがとうございます。ベレニーチェと申します」

『少しだけ、わたくしの話し相手になってくれますか?』

「はい」

『ベレニーチェさん。あなた、男の子には興味はありますか?』

「え? は…… はい。人並みには…… 残念ながら相手はおりません……」


 ちょっと暇つぶしに彼女が男の子に対してどう思っているのか、反応を見たくなりました。

 今の彼女の清楚な様子を見ると、ジーノのぱんつをクンカクンカしていたなんて考えられませんからね。


『例えば…… そこに私の連れの男の子が寝転んでいますが、ああいう子は好みですか?』

「はひっ!? あうっ うう…… イイと…… 思います……」


 うぷぷぷぷ。きっとジーノの裸を見たことを思い出しているようですね。

 なるほど。彼には好感を持っていると。


「――何を話しているんだ?」

『あら? ジーノ、起きたんですか』


 ジーノが寝室から出てきました。

 お腹の消化はもう良いのでしょうか?


「ビーチェが寝ちゃってさあ、退屈なんだよ」

『ふーん、そうなんですか』


 そうだ。ビーチェは寝ていることですから、この機会にベアトリーチェさんをジーノにけしかけてみるのも面白そう。

 ジーノは下のボタンを外したYシャツに、ベルトを緩めたスーツのズボンを履いただらしない服装でソファーにドカッと座りました。


『ジーノ、このメイドさんがあなたに興味があるそうよ』


「え!? そ、そうなの? あはははは……」

(そうなんだ! やっと俺の時代がやってきたんだな! この子…… いや、たぶん俺より年上かな。眼鏡を取ったら可愛いかも?)


「あわわ…… お客様! 私、どうしたら……」


『ベレニーチェさん。この子はジーノといいます。私は出掛けてきますから、彼の隣に座って少し相手をしてあげて下さい』


「ええっ!?」

(ジーノ様と二人きり!? いえ、ベアトリーチェ様が寝てらっしゃるから厳密には違いますが…… でも、これはチャンス!?)


「おほっ!?」

(ディアノラ様、いや女神ディナ様すげぇぇぇ! 昨日サリ様像に向かってお祈りした『優しくて、乱暴者じゃなくて、あとおっぱいが大きい可愛い女の子が見つかりますように』という願いが早速叶うのか? いや、この子おっぱい大きいのかな? 服が厚めでよくわからん……)


『それでは、お二人ともごゆっくり…… うふふ』


 ホテルの下に小さな図書室があったから、そこで本でも借りてその横にあるカフェで読むふりをしながら二人の様子を見ましょう。

 どんな面白いことになるのかしら。

 ビーチェがすぐに起きなければいんですけれどね。



 改めて、ベアトリーチェさんがジーノへ挨拶しています。

 彼女はニコニコ、ジーノはややキョドってますね。

 そこは年上女性の余裕でしょうか。

 あら、この子が何歳なのか聞くのを忘れてしまいました。


「ベレニーチェと申します。ジーノ様、よろしくお願いします……」


「ジーノって言うんだ。よよっ よろしくね」


「はい、存じております。お近づきになれて光栄です。ふふふ―― それではお隣を失礼します」


 ベアトリーチェさんはそう言うと、ジーノの隣へ座りましたが――

 ちょっとちょっと、そんなにべったりくっ付いて座れとは言ってませんよ?


「おっ おう……」

(ふぉぉぉ!? ななななんでこんなにくっ付いて座ってんの? いや嬉しいんだけど…… うへへ。いい匂い…… 洗剤かな?)


「うふふふ」

(私のことに緊張しているみたい。やっぱりベアトリーチェ様とは男女の関係じゃないのかしら。はうー 生の男の子はこんない匂いなんですね…… このままむしゃぶりついてしまいそうです。むふっ)


 まっ ジーノったら、身体は緊張しているのに顔はだらしないですね。

 典型的なむっつりスケベ男の反応よ。


「ジーノ様はおいくつなんですか?」

「じゅ、十五だよ……」

「お若いんですね。私は十八なんです」

「ニーチェも十分若いよ」

(でへへ 年上のお姉さんだあ。ビーチェも年上だけど、あいつガキだからな)


 ジーノはやっぱり年上好きですか。

 と言っても十五で年下好きならば問題ありますが、このぐらいの歳の男の子はお姉さんに憧れるんですかねえ。

 ビーチェが年上でも、彼にとっては幼なじみ以外の何者でもないんです。

 ただビーチェのほうはどう思っているんでしょうか。

 さり気にいていたり、彼の目の前で裸になってみたり、思わせぶりな行動を時々見せていましたね。

 ジーノがそれを薄らと気づいていても、普段の彼女ががさつなので今以上に踏み込めないのですよ、きっと。


「ジーノ様たちは、ずっと南の領地からいらっしゃったと伺いましたが?」

「うん。パウジーニ伯爵の領地でね、人が少ない田舎だし時々伯爵の屋敷にお邪魔してるよ」

「まあすごい! 伯爵家の方と交流があるなんて、平民の方がこのホテルへ宿泊されるのも珍しいのでそういうことだったんですね!」

「まあ、そこで寝ているビーチェがそこの令嬢と友達だから、繋がりがあるようなものだけれど――」


 話が弾んできましたね。

 会話のリードはベレニーチェさん。相手に話させるテクニックを持ってます。

 牛乳瓶眼鏡だから一見人見知りのように見えますが、外見での判断はいけませんね。


「南のほうだから、きっと食べ物ももっと美味しいんでしょうね」

「そうだなあ。野菜果物は一通り有るし、海辺の街もそんなに遠くないから魚も入ってくるし、食べ物には不自由しないよ」

「素敵! いつか私も行ってみたいですぅ!」


 あら、思っていた以上に推してきますね。

 本気になればアレッツォまで来ちゃいそうです。


「ところでさあ――」

「はい、何でしょう?」

「もし良かったら、君の素顔が見たい。眼鏡外せる?」

「はあ、見せられるような顔じゃありませんけれど……」


 おや、とうとうジーノは気になる本筋をついてきましたね。

 ベレニーチェさんは若干戸惑いながらも、牛乳瓶眼鏡をソッと外しました。


「わっ すっげえ可愛い……」

「そそそ、そうなんですか? 私、ド近眼なので自分の素顔をはっきりと見たこと無いんです……」

「そうなんだあ…… こんなに可愛いのになあ」

「子供の頃から目が悪くて、ずっと眼鏡を掛けてるんです。男の子にそう言われたのは初めてで―― 照れますね。ドキドキ……」


 あらま! おめめぱっちりの、何という美女!

 昔のギャグ漫画のような、ε_εな目にならないんですね。

 もしかしたらこれは、フラグが立っちゃいましたか?



 その後一時間も、二人の話が続きました。

 お互いの、普段の生活から身の上話まで。

 ベレニーチェさんはこの街にある平民の一般家庭で育ち、高等教育に当たる三年間は執事や給仕志望の子たちが通う専門学校へ行っていたそうです。

 今年が新卒一年目だとか。

 あらら! ベレニーチェさんったら、いつの間にかジーノの手を握ってますよ!

 やっぱりあざとい子なの?


「――う ううん……」


「やばい、ビーチェが起きそうだ。こんなところを見られたらぶん殴られる!」

「うふふっ まるで私たちが浮気をしてるみたいですね」

「いやいやそんなことはっ」

「いけない! 話し込んですっかり仕事のことを忘れていました。また夕方にもでもお邪魔しますね」


 ベレニーチェさんは慌てた様子で立ち上がりましたが、少し何かを考えている様子で動きが止まったと思ったら――


「ジーノ様―― チュッ」

「えっ? あ?」

「それでは失礼します。ふふっ」


 ベレニーチェさんは一礼して、部屋を退出しました。

 ちょっと! あの子ったらジーノのほっぺたにキスしちゃいましたよ!

 その彼は何が起きたのかわからなくて、固まっています。

 大丈夫なんですか?

 一見清楚な子ですけれど、ぱんつのニオイをスーハーと嗅ぐんですよ?


(――うーん え? 俺、キスされちゃった? ニーチェ、俺のこと好きなの? どうしよう…… 俺、恋しちゃうかも? うへへへ……)


「――あああ、よく寝た気がする―― うん? ジーノ、何一人でニヤニヤしてるんだ? 気持ち悪いな……」


 目が覚めたビーチェが、頭とお尻をボリボリ掻きながらジーノのほうへ向かってきました。


「ええ!? ビーチェ起きてたのか……」

「起きちゃ悪いのか?」

「いや…… 腹、減ってないか?」

「減ってねーよ! 食いたきゃおまえ一人で食ってこいよ。あ、ディアノラ様は出掛けたのか?」

「ああ、うん。一人で祭りを見に行ったんじゃないのかな?」

「はー…… 暇だし、あたしたちも、腹ごなしに出掛けるか?」

「そうだな…… そうしよう」


 ビーチェとジーノは今日も祭りへ出掛け、賑わう通りを二人で歩き回りました。

 腹ごなしのはずが、屋台から流れてくる美味しそうな匂いにつられ、結局食べ歩きが始まってしまいました。

 いくら人並みを遙かに超えた力を持つとはいえ、二人のお腹は底なしなんでしょうかね。

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