第二十七話 たった一口でチョコ民党

 ビーチェたち三人はビゴッティという街に着いて妖しい宿でシャワーと洗濯をした後、ジェラートのお店へウキウキと入っていきます。

 お店の名はジェラテリア・ヴィガノッティ (Gelateria Viganotti) です。

 アイスクリームの形で装飾した派手な外装お店で、オープンテラスの席もあり、お昼前ですが暖かい日なのでたくさんのお客で賑わっていました。

 

「いらっしゃい。何にするかね?」


 店内へ入るといかにもアイス屋さんって感じの、コックコートを着た小太り髭オヤジがショーケース越しに立っています。

 女の子の店員かと思ってましたが、意外ですねえ。


「おじさんまた来たよ」


「おや? その緑の髪は…… 覚えてるよ! 何ヶ月前に来たっけねえ」


「覚えててくれたんだね。えっと、この子らの注文もみんな私が払うから」


「ありがとう。限定のパイナップルとソーダもあるから好きなの選んでってよ」


 ウルスラが声を掛けると、髭オヤジは緑髪の特徴で彼女のことを覚えていたようです。

 ビーチェとジーノはお店のショーケースに入っているアイスボックスを見てワクワク。

 特にビーチェは大はしゃぎをしています。


「ふぉぉぉぉ! あった…… これがチョコミントなのか…… 緑にチョコのつぶつぶ美味しそう……」


「えええ何にしよう。チョコミントとチョコレートもいいけれど、メロンとアーモンド、キャラメルもあるのか。うーむ……」


「ジーノは意外に欲張りね。その五つ、全部選べて段重ねにして食べられるわ。カップでも良いけれど通はやっぱりコーンよね」


 コーンが通なんて初めて聞きましたよ。

 あっ ショーケースの上に置いてある商品サンプルを見たら、ここは美味しいワッフルコーンみたいですね。


「なにぃ!? そんな夢のようなアイスが出来るのかぁ!? じゃあ―― おじさん、チョコミントが一番上で、メロンとチョコレートとキャラメルとアーモンドの順で、コーンでちょうだい!」


「はいよーっ」


 おじさんは下のアーモンドから順にずんずんとジェラートを積み上げていきます。

 順番と種類をよく覚えているところは、さすがプロですね。


「へい、お待ち! 落としなさんなよ」


 考えてやってるのかそうでもないのか、上二段が緑で下三段茶色のグラデーションになってる五段重ねのジェラートが、ジーノに渡されました。

 何故かいきが良いおじさんですが、本当は何屋さんだったんですかね。


「うっ うぉぉぉぉ! これは食べ甲斐があるぞ!」


 ジーノはおじさんから五段重ねジェラートをバランスを取りながら受け取ります。

 運動神経は良いですから滅多なことでこぼすことはありませんが――


「おいジーノ味見させろ」


 パクッ


「ああっ!? 俺のお楽しみを半分も食いやがって!」


 なんとビーチェが急に横から、一番上のチョコミントを半分近くバクッと食べてしまいました。

 片手でほっぺたを押さえ、満面に笑みを浮かべて味わっています。


「むにょむにょペロン みゅぅぅぅん! このサッパリ清涼感の中にほんのり苦みがあるフレーバー、美味しいぃぃぃ!! 誰だよ歯磨き粉みたいな味だと言ったやつは?」


「ハッハッハッ お嬢ちゃん、うちのチョコミントがそんなに気に入ったかね? だったらチョコミント五段重ねってのはどうだい?」


「それそれそれ! おっちゃんそれちょうだい!」


「はいよぉ!」


 おっちゃんはチョコミントばかりずんずん積み上げ、チョコミント五段重ねジェラートが完成。

 それを見てビーチェの目が☆になっていますよ。

 ジーノは待てずにチョコミントを舐めてますが、あれ? それってさっき――


「うっひょー!! チョコミント五段の大迫力!」


「あんた、たった一口でチョコ民党になっちゃったの?」


「うへぇ、飽きないかそれ?」


 ビーチェはチョコミントジェラートを眺めて楽しんでいますが、二人は呆れ顔。


「ほらジーノ。返すから上の半分食べていいぞ」


「お…… おう」


 ビーチェが五段チョコミントジェラートを差し出すと、ジーノは何も考えず一番上に乗ってる半分をパクりと食べてしまいました。

 え? アレになっちゃうって二人とも気づかないんでしょうか?


(なるほどなるほど。さっきのビーチェから面白いもの見ちゃった。二人とも幼なじみだから、子供の時からの癖で何も考えずにしちゃうとは微笑ましいねえ。後で揶揄からかってみよっと。ウッシッシ)


 ウルスラが何か悪い笑いをしていますが、次は彼女が注文するようです。


「さてと、私はもう決めてある。ねえ、ラムレーズンとワインとウイスキーの三段ちょーだい!」


「はいよっ!」


「ウルスラが選んだやつ、みんな酒じゃねーかよ。まさか食べたら酔っ払うんじゃねえだろうな?」


 珍しくジーノがウルスラを煽ります。

 それにしてもウイスキーのジェラートってどんな味がするのでしょう。

 私とっても気になります。


「アルコールはほとんど入っていないから子供でも食べられるよ。大人の味で且つサッパリしてるからお酒が飲めない人でも食べられる人気商品なんだ」


「へぇー 今度帰りに食べてみようかな」


「また来てくれるのかい? よろしくね兄ちゃん」


 おじさんが丁寧に説明してくれました。

 ジーノは王都からの帰りにもこのお店に行く気満々のようですね。


「さて、行儀悪いから外の席で食べるよ」


「うちの店で一番行儀が悪いのはウルスラじゃん」


「うっ――」


 ビーチェにツッコまれて小さくなるウルスラでした。

 三人は店先のオープンテラスの空いている席へ座り、早速ジェラートを味わいます。


「チョコミント、本当にハマっちゃう。いくら食べても美味しいなあ。ウーン!」


「メロン美味うまっ! 本物みたいな味だ!」


「芳醇なレーズンとラム酒のハーモニー、考えた人は天才よね」


 三人は夢中になって、それぞれ思い思いに味わっていました。

 食べているときが一番幸福を感じるとはよく言いますね。

 ビーチェやとジーノが一番下の段のジェラートを食べようとしているときに、ウルスラが二人にしゃべりかけます。


「ねえあなたたち、さっきチョコミント食べ合いっこしてたじゃん」


「ああ」


「それがどうしたの?」


「間接キッスって言葉を知ってる?」


 プシューッ


 すると、二人の顔がみるみるうちに真っ赤になって沸騰するヤカンのようになりました。


「なっ ななななっ」


「しょしょしょんなものニョーノーカウントに決まってるじゃニャいかっ ニャあジーノ!?」


 ビーチェ、舌が回ってませんよ。

 この子、猫娘コスプレは似合いそうですね。


「そうだ! そうだとも!」


「ああ…… 二人の口づけはチョコミントのようなスウッと清涼感ある甘い甘い想い出に…… うっひっひっひっ」


「むむむむむむむむっっっ!!」


 ウルスラのさらなる冷やかしで、ビーチェはますますヒートアップしてしまいました。

 最後の笑いが下品だからダメですね。


 パクゥッ モシャモシャモシャ――


「ああっ 私が最後にお楽しみにしていたウイスキージェラートがぁぁぁ!!」


「あーあ、食べちゃった。ビーチェ六個も食べて腹が痛くならないか?」


「五個も六個も変わんないって! ぷんっ」


 ビーチェはウルスラの残っていたウイスキージェラートを一気にバクッっと味わいもせずに食べてしまいました。

 ウルスラとも間接キスをしたことにもなるのに、なんのです。


「ウイスキーだけまた買ってくる……」


 ウルスラはトボトボと店へ戻っていきました。

 やっぱりどうしても食べないといけないんですね。

 ビーチェが最後のチョコミントをペロペロ舐めていると、ジーノが彼女の唇をジッと見つめていました。


(ビーチェとキスぅ? 考えたことも無かった。確かに今ならチョコミントの味はしそうだ。俺のファーストキスは誰になるんだろうなあ。――メリッサ先生に手ほどきしてもらえたらいいのに。むちゅうう)


「何? 気持ち悪いんだけど」


「なな何でも無い…… ペロペロ」


 ジーノが妄想して口を尖らせキスをする真似をしていたので、ビーチェがそう言いました。

 彼は誤魔化すように最後のアーモンドジェラートを舐めています。


「ウーン! ウイスキージェラートの苦甘にがあまさは子供にはわからないよね」


 新たにウイスキージェラートだけを買い直したウルスラが、ジェラートを舐めながら出てきました。

 ビーチェは彼女をチラッと見ながらも、最後のチョコミントとワッフルコーンをバリボリと食べ終えました。

 ジーノも続いてアーモンドジェラートを食べ終えました。


「あー美味かった。また来ようなジーノ」


「おう。今度は紅茶とピーチとクリームチーズも食べてみたいなあ」


「帰りは状況によって道を変えるかもしれないから、この街に寄れるかどうかわからないよ」


「えええ!? ジェラート食べられないじゃん!」


「あのねえ。ジェラートは王都が本場なのよ。お店なんて数え切れないほどあるんだから。チョコミントだってお店によっていろんな味になってる」


「そうなの!? 毎日チョコミントが食べられる。うふふふふっ」


「毎日って…… 太るわよ」


「あたし運動してるから全然太らないもーん」


「ぐぬぬ……」


 悔しがるウルスラ。

 そりゃフルマラソンの三倍の距離をさっきまで走ってきたんですから、太りようがありません。

 むしろ普通の走り方では三食食べてもカロリーが足らなさ過ぎるから、バルの修行によって相当効率が良いカロリー消費になっているのでしょうか。

 ウルスラこそ抜群のプロポーションなんですが、ラ・カルボナーラで飲み食いしまくっているのでお腹周りを気にしているんでしょうかね。


「ねえウルスラ。昼ご飯いつ食べんの? 腹減ったんだけど」


 ジーノがもうお昼ご飯の心配をしています。

 やっぱり高速走行はカロリー消費が激しいのか、まあこの年頃の男の子はいくら食べても足りないですからね。


「ええ? まだ十時でしょ。まだ店は開いてないわよ。ああ、隣にパン屋があるから自分で買って食べなさい」


「おう…… わかった」


「あたしも行くー」


「はあ……」


 ジーノとビーチェの食欲お化けに呆れ、頭を抱えるウルスラでした。

 ウルスラはテーブルに頬杖を突いて何かを思いだしているようです。


(そういえばバルも若いときはバカみたいに食べてたっけ。確かにいくら食べても全然太らなかった。あの頃のバルの身体をまた抱いてみたいなあ。今も身体つきはいけれど、何かオヤジ臭いんだよね。そんなことより、華奢なファビオ君を思いっきり抱きしめたーい! ハァハァ……)


「おっといけない。ヨダレが出てしまった」


 ウルスラは口のヨダレをぬぐいましたが、いったい何を考えてたんでしょうね。

 おや、ビーチェたちが戻ってきたようですよ。


「わっ あんたたちまたそんなに……」


 二人とも袋にいっぱいパンを詰め込んで、ジュースまで買っています。

 ビーチェは歩きながらマリトッツォを頬張り、ジーノはパニーニ(モッツァレラチーズやトマト、ハムを挟んだパリッとしたパン)をモリモリ食べていました。


「おいひー! こんなクリームまみれのマリトッツォなんて初めてだよ」


「うんめー! チーズたっぷり過ぎ!」


「これから出発するんだからそれくらいにしなさい。残ったのは亜空間魔法で仕舞っておいてあげるから」


「ええ? もう?」


 呆れたウルスラは、出発前に二人がパンをこれ以上食べるのを止(や)めるように言うと、ビーチェは不満顔。


「お腹いっぱいじゃ速く走れないでしょ。それに次の街ロッツァーノ(Rozzano)へ早めに着いて、ちゃんとした宿を確保しておきたいわ」


「「わかった……」」


「よろしい。それ、食べてしまいなさい。三十分後には出発よ」


 二人は素直に応じ、パンが入った袋をウルスラに渡してからモシャモシャと食べてジュースをガボッと飲んでいます。

 ウルスラは亜空間魔法で穴を開けて袋二つを放り込みました。

 穴の中で散らばったり、長時間置いたらカビたり乾いたりしないんでしょうかね。

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