第二十六話 相棒との深い絆

 ビーチェとジーノは王都方面へ向かう街道を北進し、そして彼らの後ろから杖に乗ってウスルラが追いかけています。

 街道は全て石畳で舗装されていますが、カーブと起伏がありますからどんなに速く走っても時速百キロが限界。

 瞬発的にはもっと速く走れるものの、他の旅人や馬車を避けるのが大変だし、靴や服が早く傷んでしまいますからね。


「ほらほらあっ もっと速く速くぅ!」


 バチバチビリバリバリィッ


「チクショー!! ウルスラ後で覚えてろー!」


「うひいぃぃぃぃ!!」


「バルに頼まれてんだ! これも修行だからねえ! アッハッハッハッ!!」


 ウルスラの電撃が二人の足下へ落ちています。

 彼女もなかなかのスパルタ教育ですね。

 途中、アレッツォのような小さな街をいくつか通過しましたが、そのままの勢いで走って行ったので通行人にぶつかりそうになれば上を飛び越えたり器用にすり抜けていました。

 幸い通行人がまばらでしたから出来ただけであって、大きな街に入るとそうも行かず――


 ――出発から一時間後。

 ビーチェたちはビゴッティ(Bigotti)という街の手前まで着きました。

 人口は約二万人で宿場町でもありますが、紡績ぼうせき業が盛んな街です。

 服やランジェリーもここにあるメーカーの工場で作られているんですね。


「よーしっ そこで止まれえっ!」


 誰も通行人がいない場所でウルスラの掛け声があり、ビーチェとジーノは数十メートル滑走してから停止しました。

 二人は息を切らして道端に寝転んでしまいました。


「はぁっ はぁっ はぁっ―― もうイヤだぁ……」


「ぜぃっ ぜいっ ぜいっ――」


「いやあ頑張った頑張った! たった一時間で百二十キロも進んだよ! 今日の行程の半分弱ってとこかな」


「だったら―― はぁっ はぁっ そんなにっ―― はぁっ はぁっ 急がなくても―― はぁっ はぁっ いいじゃん―― はぁっ はぁっ」


「遅く走っても修行にならないでしょ。バルが言ってたよ。あいつらはまだ持久力が全然足りないってね」


 まあっ 百二十キロも進んだんですって!

 無茶したもんですねえ。

 汗びっしょりだし、このままじゃお店にも入れませんよ。


「そこでだ。早く着いた分、休憩時間は長く取れるぞ。それに、向こうに見えるビゴッティの街には名物のジェラートがある!」


「はぁっ はぁっ―― ジェラート…… あの噂のジェラートが食べられるの!?」


「ぜぃっ はぁっ―― なんだビーチェ、ジェラートって?」


「アイスクリームのことだよっ アレッツォにはバニラしかないけれど、オレンジとかグレープとか、ストロベリー、あとチョコレートだってあるし、あの幻のチョコミントジェラートだってあるらしいぞ!」


「な…… な…… なんだってえ!?」


 ビーチェは去年まで通っていた地元の学校で、ルチアさんや他の女友達とそういう話が尽きなかったから知ってるんですね。

 ジーノは目先にある食べ物にしか興味無かったんですが。


「ふっふっふ。今ビーチェが言ったメニューが全てあの街にはある! 私がアレッツォへ来る前に、確認済みだ!」


「本当!? ああ…… もしかしてウルスラがジェラート食べたいからあたしたちを急がせたんじゃないの!?」


「――気のせいだ。さあ行くよ!」


「そのは何?」


 今度はウルスラを先頭に、張り切って街へ向かうのでした。

 道端で五分余り休憩しただけなのに、もう回復してジョギングスタイルですよ。

 バルからの修行の成果は常識外れなことばかりです。


---


「お兄さんどう? あたしと遊ばない?」

「可愛い男の子ね。お姉さんといいことしよ?」

「キミなら安くしておくよ? ねえ?」


 三人は見るからに妖しい裏通りを歩いていて、明らかに娼婦とわかる女の子たちもこんな朝から立っています。

 ジーノはウルスラとビーチェの後ろを歩いていてあちこちから声を掛けられますが、ヘタレの彼はブルって小さくなって歩いています。


「ねえウルスラ? せっかく賑やかな街なのに、何であたしたちこんな裏通りを歩いてるんだ? 本当にジェラートの店があんの?」


「あんたたち汗だらけじゃないの。午前中にやってる宿なんてこんなところにしか無いし、お店へ行く前に私が魔法で洗濯してあげるからシャワー浴びてもらうのよ」


 つまりウルスラはそういうことで使う宿に行こうとしてるんですよ。

 アレッツォには店舗型の娼館しか無いので裏通りの空気が違うんですね。


「ビーチェ、あんたジーノの片腕に掴まりなさい」


「え? なんで!?」


「放っておくとこの子がそこら辺の女の子に引っ張って連れて行かれちゃうよ」


「なっ!?」


 ウルスラがそう言うと、ビーチェも慌ててジーノの腕に捕まりました。

 正に、両手に花の状態ですね。


「うぉぉぉ!?」


 ジーノは二人に挟まれ、キョドりながら歩いています。

 ウルスラはこの時とばかりにべったりしがみついているので、ビーチェも負けじと。

 すると、通りで立っている女の子から一切声が掛からなくなりました。

 それに二人とも平均よりずっと上の美女ですからね。

 ビーチェがいるのでウルスラはジーノにちょっかい出せずにいますが――


(ひぇぇぇ! ウルスラとビーチェのおっぱいがフワフワッ! 何この状況!? ウスルラ何の香水着けてんだ? 意識が半分持って行かれそう…… ビーチェは…… お風呂で出遭った時のナリさんよりイイ匂いがするぅ!)


 ――ジーノがメロメロの状態になっている状態で、目的の宿へ着きました。

 遣手婆やりてばばのような婆さんが受付をやっており、ウルスラが手続きを済ませます。


「へっへっへっ 三階の一番奥の部屋だよ。兄ちゃん二人も連れてお盛んだねえ。いっひっひ」


「ど、どうも……」


 ジーノはオドオド。

 ビーチェは受付を済ませてもまだ彼の腕に掴まったままです。

 恋愛感情以前に、昔からジーノは自分の物という感覚なんでしょうね。

 三人は階段で三階へ上がり、奥の部屋へ入りました。


「へぇー 外観はボロッちいのに中は綺麗というか、雰囲気たっぷりね」


「ななな何これ!? 大きなベッドがピンク! 壁もピンク!」


「わっ…… ドキドキするなあ……」


「ドキドキするなああああ!! ベシィッッ」


「イテぇっ!」


 ビーチェはジーノの後ろ頭を思いっきり叩きました。

 内装がラブホテルそのものなんですよね。

 ピンクというのは大袈裟ですが、壁が薄いピンク基調でベッドカバーが濃いピンク。

 シャワー室のドアもピンクで、それだけです。


「ビーチェから先にシャワー浴びな。その間に服を洗っておいてあげる。着替えるんなら(亜空間から)バッグを出すけれど?」


「いや、いい。ジーノ、あっち向いとけよ」


「お、おう」


 ジーノが後ろを向くと、そそくさと衣服を脱いでベッド上のタオルとガウンと手に取り、シャワールームへ入っていきました。

 ウルスラはビーチェが脱ぎ捨てた下着を拾うと――


「うっひっひ。ビーチェってスポブラとぱんつもスポーツ仕様のTバックを履いてるんだ」


 ジーノに見せびらかすように下着を手にしました。

 勝手に男の子に見せるなんて、こいつ女から見ても嫌な女ですねえ。

 ジーノは無言で顔を赤くしつつも下着をチラ見していました。

 彼の反応を見てウルスラはクスクス笑っています。


「さてと、洗濯しますかねえ」


 ウルスラは人差し指を小さくクルリと回すと、目の前に直径七十センチほどの水玉が発生し、その中へビーチェの衣服を放り込みました。

 懐から小さな瓶を取り出すと、蓋を開けて洗剤の代わりと思われる白いソーマを僅かに流し込みます。


「あっ まだ入りそう。ジーノも全部服脱いじゃいなよ。一緒に洗うから」


「え゛!?」


「いいから早く! 脱いだらベッド上のガウンを着なさい」


 ジーノは渋々と上着、下着を脱いでいきます。

 ウルスラはニヤニヤと見ていますが、ぱんつを脱ぐときはジーノが後ろ向きになりました。


「なんてたくましい背中とお尻! ハァハァ……」


「ちょっ…… 見るなよお!」


 ウルスラは脱いだジーノのぱんつを拾い上げると、あろうことか匂いを嗅いでいます!

 私もやってみたい!!


「クンカクンカッ しゅ、しゅごい…… これが十五歳の男の子の匂い…… なんて新鮮なの!? クンカクンカ……」


「こ、この変態魔法師め!」


 ジーノは自分のぱんつを取り上げると、上着も一緒に水玉へ放り込みました。

 ウルスラはがっかり顔――

 と思いきや、ジーノが前を向いてしまったので――


「わーっ 見ぃちゃった。にっひひひひひ 可愛い!!」


「ああっ!?」


 ジーノのアレが丸見えになってしまったので、ウスルラは大喜び。

 彼はすぐに両手で隠してからベットの上のガウンを手に取り、すぐに着てしまいました。


(チクショー…… ビーチェに可愛いと言われて、ウルスラにも可愛いと言われた。俺のってそんなに小さいのか?)


「あー いいモン見させてもらったわ。お礼にジェラートは私が奢ってあげるからさ」


「俺の裸はジェラート並なのかよ……」


「さてと、洗ってしまいましょ」


 ウルスラは人差し指を数回くるりと回すと水玉の中が回転して洗濯が始まりました。

 時間を置いて逆回転しているので、地球の洗濯機と同じ事をやっていますね。


「なあ、それどっから水が湧いて出てきたんだ?」


「ここは湿気が高いからね。空気中の水分を集めて作ってるんだよ。だから今は空気が乾いて肌がカサカサしてるだろう?」


「あ、本当だ。それでもあんなに水分あるかあ?」


「あまり深く考えないほうがいいわ」


「ああそう」


 ジーノは自分の腕を触って、カサカサしているのを確認しました。

 水玉を作る理屈がいまいちザルに思いますが、今考えるのはやめにしましょう。

 ジーノがベッドに腰掛けると、ウルスラが隣でくっつくように座りました。

 彼は半分迷惑そうな苦い表情をしてますが――


「ねえ、本当はビーチェとどこまで行ったの?」


「どこって、どこも行ってねえし何もしてねえし……」


「ええっ マジで言ってんの? あんたたち本当に付き合ってないんだ?」


「付き合ってない…… だけど……」


「だけど?」


「――小さい頃からずっと一緒だったし、なんだろうなあ。親友や姉弟ともちょっと違うし、信頼できる相棒―― かな」


「ふーん、確かにゴッフレードを倒したときはいコンビネーションだったしねえ」


 ジーノがビーチェのことを相棒と言ったとき、ウルスラは彼が僅かに微笑んでいるのを見ました。

 ウルスラはそれ以上のことを聞こうとしませんでした。


(相棒ねえ。二人の様子を見ていると、恋愛や家族愛とはもっと違う繋がりを感じていたけれど、それって一心同体のような深いきずなになってるのかもね)


 ――ガチャ


「あああっ!! 何やってんだウルスラ! ジーノに何しようとしてた!?」


「あらら」


 ビーチェがシャワー室から出てくると、ウルスラがジーノにべったりしているのを見て大激怒。

 ズカズカと近づいてウルスラからジーノを引っ剥がしました。


 ペイッ


「最初にこいつはあたしのペットだって言ったろ。勝手に触るなよ」


「あー はいはい」


 とか言いながら、ビーチェはジーノの顔を自分の胸のところで抱きしめていました。

 意識して胸に押しつけているわけではなく、ただのラッキースケベですね。


(ふぉふふぉおおっ いい匂い…… 柔らかい……)


「早くシャワー浴びてこい。汗臭いぞ」


「はい……」


 また汗臭いと言われ、ジーノはトボトボとシャワー室へ入っていきました。

 部屋にはウルスラとビーチェの二人だけ。

 ビーチェはベッドに寝転び、ウルスラは再びベッドに腰掛けています。

 しばらく気まずい間があり、水玉で洗濯している音だけが部屋に響いていました。


「ねえ、ジーノって本当はあなたの何なの? ペットは無しよ」


 突然ウルスラがビーチェへ質問すると、火照った身体を冷ましほうけていた彼女はビクッとしました。


「何って……」


「まだ自分で彼の存在が何なのかわかんないってことだろうけれど、いつまでもそれだとジーノの心が他の女へ移ってしまうかもしれないよ。あの年頃だとねえ…… ふらっと付き合ってうっかり子供でも出来たら取り返しがつかなくなる」


「ここここ子供って…… まさかジーノに限って……」


「ジーノはゴッフレードを倒した街の勇者だよ。あなたと違って大人しくて性格が良いから、街の女の子たちが彼を見直して人気が出てきてるって気づいているでしょ」


「――」


「嫌ならしっかりと捕まえとくんだね。王都へ行ったら表彰式の後は新聞に出ちゃうだろうから、女の子なんてり取り見取りかもね」


「――そんなことさせるもんか」


「ふふふっ あの子が二十歳になって誰も相手がいなかったら、私がもらっちゃうよ。五年経っても私は今の姿のままだから、ジーノなんてすぐクラクラしちゃう」


「もっと嫌だってば!」


 ウルスラはジーノとビーチェをくっ付けたいのか、煽っています。

 私がもらっちゃうよは冗談半分なんでしょうが、彼女がアレッツォへ来てから全然男を相手にしていないようだし、ジーノのぱんつの匂いを堂々と嗅いでいるようでは性欲が相当溜まっているに違いありません。

 二十歳になってどころか、王都滞在中に何かあってもおかしくないです。


 ――ガチャ


「ふぁー さっぱりした」


 ジーノがタオルで髪の毛を拭きながらシャワールームから出てきました。

 シャワー上がりの男の子ってセクシーですねえ。ぐへへ


「ちょうどすすぎが終わったわ。水をシャワールームへ捨ててくるから」


 ウルスラは水玉を指先で動かして、ジーノと入れ替えでシャワールームへ入っていきました。

 今度はビーチェとジーノが二人きりで、ジーノがベッドへ腰掛けます。

 すると、寝転んでいるビーチェはジーノをジッと見つめました。

 見つめるというより、にらんでいるが正しいでしょう。


「えっ? なに?」


「おまえがモテるわけない」


「はあ? いきなり訳わかんないってえ!」


 あらあら。

 ビーチェったら他の女に取られたくないからって、天邪鬼(あまのじゃく)な子ですねえ。


「さてと、後は乾かすだけっと。あれ? なんか仲良しそう? 何だったら私部屋から出るから、二人っきりでお楽しみをしてもいいんだよ? いっひっひ」


「いいってば! 早く服を乾かしてよ!」


「はいはい」


 ウルスラは遣手婆やりてばあのようないつもの笑い方をした後、ビーチェがいつものようにキレました。

 このようなやり取りが何回もあったし、これから何回もあるのでしょうね。うふふ


---


 服を乾かした後、宿を出ました。

 遣手婆やりてばあみたいな受付係には――


「坊や、スッキリした顔して満足したかえ? いっひっひ」


 と言われ、ジーノはハッとしてうつむいてしまいました。

 まさか彼は一人シャワー室の中で?

 ウルスラに挟まれていましたからねえ。


「シャワーで温まったから、ジェラートが美味しいよ。こっちだ」


 ウルスラを先頭に宿のすぐ横にある路地を通り抜けると、表通りに出ました。

 なんと視界の目の前にはアイスをかたどった派手な装飾のお店が――


「ああっ!? あれはジェラートのお店なの!?」


「そうよ。ちゃんと考えてあの宿にしたんだから」


「うひょー!! ジェラートぉぉぉ!!」


 ビーチェが先に道を渡り、一目散にお店へ走っていきました。

 魔動車や通行人を器用に避けて。


「あの子まだまだ子供ねえ。ジーノ、危ないことしないかちゃんと見ておきなさいよ」


「あ…… うん……」


 それからウルスラとジーノもジェラートのお店へ向かいました。

 三人は希望のジェラートにありつけるのでしょうか。

 それはまた次回!

 ちなみに私はラムレーズンと抹茶ミルクと紫イモが大好物!

 え? そんなこと聞いてない?

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