第二話 ビーチェとジーノの魔物狩り

 お互いの裸を見るのが恥ずかしくなって、離ればなれで水浴びをしていたビーチェとジーノ。

 服が乾いたのでそれを着て、バルがいるところまで揃って歩いてきました。

 いつもキャッキャと騒いでいる二人が静かなので、バルは不審に思っているようです。


「何だおまえら。喧嘩でもしたのか?」


「いやあ、そういうわけじゃないんだけれど……」


「――」


「ふーん、そうか。で、今あいつが近くを歩いているんだが、おまえら感じたか?」


「あー、やっぱりあいつだったんだね」


「そうそうあいつ! 久しぶりだなあ。肉が美味いから楽しみだ!」


 彼らが言うあいつとは、全長五メートルほどの巨大猪の姿をした魔物なんです。

 名はそのままジャイアントボア。

 肉は多少臭みがあるものの綺麗に下処理をすれば大変美味のこと。

 そのジャイアントボアから出ているオーラを彼らは察知していたのです。

 おかげで、気まずい雰囲気だったビーチェとジーノはケロッと表情を変えてウキウキワクワクです。


「久しぶりだけれど、あたしたちが小さいときは魔物がほとんど出てこなかったのに、最近増えたよなあ」


「ああ。不浄の何かを感じる。だがそれが何か俺はわからない」


「でも魔物が街へ来る前に俺たちが退治しちゃうし、良いけどねー」


 バルたちが大魔王ゼクセティスを倒してからも残党がいるとはいえ、世の強者つわものたちがこまめに退治してきました。

 にもかかわらず、この国でも魔物が増え始めています。

 それをバルは懸念けねんしていました。

 ともかく、バルはビーチェとジーノの修行のために魔物狩りをさせます。


「んじゃあ、おまえら二人で狩ってこい。い稼ぎになるぞ」


「よしきた! 腕が鳴るぅぅぅ!」


「ふっふっふ ステーキかなあ。やっぱりポルケッタ(イタリア風のポピュラーな豚肉料理)がいいよなあ。じゅるっ」

 ※イタリアに似ているだけでイタリア料理ではないので、イタリア風と書いてます。


 さっきの水浴びの青春はすっかり忘れて、いつもの二人に戻ってしまいました。

 ビーチェは腕をぶんぶん振り回し、ジーノは食欲優先でよだれをたらしてます。

 まだまだ異性に対する欲求よりもそっちのほうなんですね。


「いいかあ。売りモンにならなくなるからいきなり輪切りにするんじゃねえぞ。止め刺しと血抜きだけはしっかりしとけよ。あと血で服を汚すなよっ」


「わかってるってばっ ジーノ行くよ!」


「おう!」


 二人は森の中で百メートルほど離れた位置にいるジャイアントボアを目指して、オーラを消しながらそろりそろりと近づいていきました。


---


 ジャイアントボアはこの森に住み着いているわけではなく、時々外国から流れてくる魔物です。

 巨体で木々をなぎ倒して進むので森林破壊になり、雑食性でありとあらゆる物を喰らい尽くしますから、どのみち退治をしなくてはなりません。


 バキバキバキッ ガサガサッ ズズズズッ


(おい、いたぞ)

(ほえー 思っていたよりでっけえな)


 ビーチェとジーノはジャイアントボアを見つけ、小声で話しました。

 予想よりもう一回りサイズが大きかったようで、二人とも目を白黒しています。

 ですが二人は見つける前よりワクワクしていますね。


(俺が頭をぶっ叩くからさ、倒れたら心臓ひと突きやってくれ)

(おっけー よーし…… ふふふ……)


 やる気満々のようですね。

 ジーノは先回りをして高い木の上に上りました。

 ビーチェも追って横から狙う準備をしてます。


(来た来た…… それっ)


 ジーノは木の枝から飛び上がり、ジャイアントボアの脳天目掛めがけてオーラを込めた重い回転かかと落としを食らわせました。


 ブギイィィィィィィィィ!!


 ジャイアントボアは脳震盪のうしんとうを起こしすぐに気絶して動かなくなりました。

 ジーノはそれを蹴り上げ、ビーチェが心臓を狙いやすいよう仰向けにさせました。


「ジーノ、ナイス!」


 ビーチェは距離を取り、すかさずオーラの槍である【ゴールデンランス】という技でジャイアントボアの右脇へ狙いを定めて突き刺す。

 ゴールデンランスが消滅した後の傷口から勢いよく血が噴き出しました。

 心臓を突いたのでこれで絶命したはずですね。


「命中ぅぅ! やりいっ!」


 以前ビーチェがジャイアントボアを狩ったとき同じようにしたら、その時は距離を取っていなかったので身体中まともに血液を浴びてしまったということがありました。

 それでビーチェの頭から脚まで真っ赤に染まり、服は川で洗っても落ちないくらい。

 帰りにその姿で街中を歩いたんですから当然街の人の目もあります。

 この時ばかりはいつも優しいビーチェのお母さんの雷が落ち、ビーチェとバルも一緒になって怒られました。


「やったなビーチェ!」


 ビーチェとジーノはガッツで喜びを表していました。

 そこへ、狩りが気になったバルがやって来ました。


「おお、こりゃデカいな。今まで一番じゃないか?」


「へっへっへーっ」


「ジーノがかかと落としで一発だったよ」


「ほう、俺の助けも無しによくやった。ビーチェも止め刺しが上手くやれたな」


「にひひぃ」


 ビーチェとジーノはドヤ顔で胸をふんぞり返しています。

 バルは彼らの頭をくしゃくしゃと撫でました。

 褒めるときはきちんと褒める。これがバルの指導方針なのです。


「血抜きはまだだな」


「うん。デカすぎてさあ、どうしようかと」


「じゃあ俺がやる」


 バルは獲物に目を向け、念動力で後ろ足を吊すように持ち上げました。

 同じ事は中級魔法でも可能ですが、念動力は元勇者一行を含め人間で出来る者はごく僅かなんです。

 吊り上がると、バルは獲物の喉元を手刀で切り裂き、残った血を抜きます。


「――しばらく時間がかかるけれど、修行はこれで終わりにしてこいつを持って帰ろう」


「ここではしないの?」


 ジーノがバルに質問してます。

 腹出しとは獲物の腹を割いて内臓を取り出すことです。


「それは肉屋のオヤジがやった方が綺麗に出来るからな。それに魔物には寄生虫がつかないから内臓が食いやすい。ここで捨てるのは勿体ない」


「ふーん。魔物の内臓を初めて食べた人って度胸あるよね」


「そりゃ言えてるな。ハッハッハッ」


「――ちょっと静かにして二人とも。何かいる……」


 ビーチェは近くに何か来るのを察知したようです。

 普段一番はしゃいでる子が珍しいですね。


「オオオーン」

「ウォォーン」


「――ありゃ狼だな。こいつの血のにおいを嗅ぎつけたんだろうよ」


「あっ こっち来てる!」


「よーし、あたしが追っ払ってやる」


 ビーチェは近づいてきてる狼の方へ向かい、仁王立ちになりました。

 そして大きく息を吸い込み、体内のオーラを一気に高めて……


「ウオオオオオオオオオオオオオン!!!!」


「「「「「キャインキャインキャイン……」」」」」


「あっはっはっはっ 犬ッコロみたいに逃げていったよ!」


 本当はオーラだけで逃げ出すはずなんですが、格好を付けたいだけで唸り声をあげているんです。

 狼の声真似じゃなくて、全く人間の女の子の声だというのが笑っちゃいますね。

 動物はオーラに敏感なので、熊や魔物を遙かに凌駕するビーチェのオーラに恐れをなして逃げてしまいました。


「おいビーチェ。血抜きがそろそろ終わるから帰るぞ」


「はーい」


 返事だけは可愛いビーチェですが、アレッツォの街どころかガルバーニャ国の中では、世界最強と言われる元勇者バルの次に強い人間なんですよね。

 三番目が僅差きんさでジーノなんですが、二人とも一般の人間と比べてどれだけ強くなっているのかよく分かっていないんです。

 何故なら修行中人間と戦ったことがあるのはバルだけなこと、街では大きな力を使うなとバルにキツく戒められていること、現在アレッツォの街が平和だから暴力を振るう必要が無いからです。

 それと二人はアレッツォの領地内から外へ出たことが無いんですね。

 バルはいずれ二人を連れてさらなる修行の旅へ出ることを考えているようです。

 外国には勇者一行のメンバーもおりますし、ビーチェとジーノはどんな強い人間や魔族と出遭うのでしょうか。


---


 アレッツォの街。

 修行と狩りから帰って来た三人は道行く人々から驚異の目で見られていました。

 ビーチェとジーノを前に、バルが巨大な獲物をふわふわと浮かせて歩いていたからです。

 子供たちが珍しがってキャッキャと見に来ました。


「ねえねえ! これってジーノがやっつけたの!?」


「フフン。俺が脳天かかと落としで倒して、ビーチェがとどめを刺したんだぞ」


「すっげぇぇぇ!!」


 ジーノが鼻高々で子供たちに自慢してますが、あまりに簡単に言うので子供たちが調子に乗って危ないことをしないか心配になってしまいます。

 そして精肉店ペトルッチの前に到着。

 ビーチェが店先に入ると店の奥さんが店番をしていました。


「おばちゃーん! おっちゃんいる!?」


「ビーチェ! どうしたんだい?」


「猪の魔物を捕ってきたんだけどさあ、おっちゃんに解体してもらおうかと思って」


「どれ、見せてみな」


 いかにもという外見をしている店の奥さんが店先へ出ると、バルが浮かせている大きな獲物を見て声も出ず、しばらく口をぽかーんと開けていました。


「――き、今日は一段とデカい魔物を捕ってきたんだねえ……」


「へへん。あたしとジーノだけで倒したんだよ」


「ふっふっふ」


 二人はまたドヤ顔。バルは苦笑いをしています。

 こんな大きな魔物を初めてバルの助けが無く自分たちだけで狩れたのがよほど嬉しかったのでしょう。


「すごいねえ、あんたたち…… 旦那と息子が後ろの工場こうばにいるからそのまま持って行っておくれよ」


「はーい」


---


「おーい! おっちゃーん! アントニオー!」


 店の後ろにある精肉工場せいにくこうばへ三人が向かい、ビーチェが二人を呼びました。

 肉の解体と買取だけでなく、ビーチェの家でやっているお店で使う肉の仕入れでも付き合いがあるので、彼女は常連なんです。


「なんだあ!? おおお!!??」


「うわっ なに!?」


 工場で片付けをしていた店主と息子さんは、ヌッと現れたジャイアントボアの巨体が一目で何なのか理解出来ず、ただ驚くだけでした。


「おいオヤジぃ! いいモン持って来てやったぞ!」


「あっ! バルてめえか!」


「バルさんかあ。またとんでもない大物ですねえ。ひえー」


「捕ったのはあたしとジーノだよっ へっへっへーっ」


「何だって!? おまえら二人だけで捕ったのか! そりゃあ大したモンだ!

 今まで一番デカいぞこりゃ!」


「オヤジよ! 今日は暑いからさっさと解体しちまおうぜ」


「ああわかった。血抜きはしてあるようだな。おまえら全員手伝ってくれ!」


「「ほーい!」」


「そこの引き出しにエプロンがあるから着ろよ」


 ビーチェとジーノはもう慣れてしまったのか、たまの解体作業が楽しみのようでワクワク笑顔になっていました。

 私としては絵面的えづらてきに見るのを遠慮したい作業なのですが、彼らにとっては好奇心だらけのことなんでしょうね。

 作業場にて、バルは念動力で獲物の後ろ足から吊り下げたまま、自分の身体を宙に浮かせて上からナイフでゆっくり腹を割きます。

 手刀でやると内蔵まで傷を付けてしまうからです。


「魔物はいいよな。ダニも寄生虫も付かないから綺麗で良い。捨てるところがあまりない。腸とレバーは珍味だから俺も食うのが楽しみだよ」


 と、店主のガスパロさんはバルが腹を割いてるのを眺めながら言います。

 あとはみんなで内臓をグロロロロと掻き出すのですが、モザイクを掛けなければいけないのでここは割愛させて頂きます。


---


「やれやれ、これで解体は取りあえず終わった。だがこんなに大量の肉はウチだけじゃさばききれねえ。ドナトーニの店にも三割くらい分けるからおまえら持って行ってくれねえか?」


「わかったよおっちゃん」


「金は今手持ちで無いからまた今度取りに来てくれ。うちのぶんだけでたぶん三百万リラにはなると思う」


「さ、三百万!! ルチアんとこの屋敷が買えるかな?」


「バーカ、買えねえよ。あの家にある魔動車が七百万リラくらいするからな」


 ビーチェは高額の物の価値がいまいちわかっていないので、バルに呆れられています。

 ルチアとはこの街の領主の娘で、ビーチェのお友達なんです。

 そして魔動車とは、魔力で動く自動車のこと。

 また先の話で出てきますので楽しみにしてて下さいね。


「ひゃー! ルチアんちってやっぱり金持ちだったんだな」


「おい、今更…… やっぱりおまえたちには社会勉強させなきゃいかんよなあ。

 この街じゃ参考にならんから、近いうちに王都まで連れてってやるわ」


「「やったあ!!」」


「二人とも良かったじゃねえか。優しい師匠で良かったな! ガッハッハッハ!」


 ビーチェとジーノは領地の外まで、生まれてから出掛けたことが無かったので大喜びです。

 元々田舎の子供たちは遠くへ出掛けることが無いことと、この二人は学校へ通うこと以外、修行に明け暮れていましたからね。


 さて、解体作業が終わったのでビーチェとジーノは自分たちの家で食べる分だけの肉を分けてもらって、鼻ヒゲ生やしたドナトーニさんの精肉店へ肉を届けてきました。

 勿論ドナトーニさんも突然大量のお肉でびっくり。

 それでも大喜びで買い取ってくれて、即金で百五十万リラを受け取ったのでした。


「百五十万リラって、ウチの店のボロネーゼセットが千二百リラだから……」


「千二百五十回食べられるんじゃないか?」


「おっ ジーノ。おまえ意外に計算が速いな」


 と、バルが褒めました。


「ふっふっふ。現役の学生だからな」


「あたしだってルチアんちで家庭教師からいろいろ教わってるよっ」


「週に一回か二回だけじゃん」


 三人でそんな話をしながら、ビーチェの家がやっているパスタのお店【ラ・カルボナーラ】へ帰るのでした。

 次回はそのお店でのお話です。楽しみにして下さいね。

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