十代のお金入門 ~ お金持ちになる最初の一歩 ~

凪野 晴

第1章 お金とは何か?

第1話 物々交換を効率よくするツール

 ある休日、もう少しで時計が午後三時を告げる。


 パパとカノは、本日のおやつを探して戸棚や冷蔵庫を物色していた。ジュースとポテトチップス、チョコレートを見つけ、リビングのテーブルに広げる。これから食べようとしている二人。カノは十歳。小学五年生だ。


 そこに、中学二年生すなわち十四歳のハルが二階から降りてきて、パパに向かって告げた。


「……お金のことが、知りたいんだ」


「どうしたんだい? 急に。おこづかいの値上げ要求かい?」


 パパが、ポテトチップスが入っている筒のフタを開けながら応じる。


「違うんだ。お金ってどういうものか、教えてほしいんだ。身近にあるものだけど、よくわからないからさ」


「お兄ちゃん、これからおやつの時間だよー。お金より、お菓子、でしょ」


 カノは、ポテトチップをつまんで見せながら言った。


「そりゃ、おやつはいただくよ。でも、五百円玉を見ていて、そもそもこれは何なのだろうって思ったんだ。ペットボトルのドリンクとか、欲しかった文房具とかを、これで買える。でも、そうすると五百円玉はなくなって、お釣りの小銭になってしまうよね?」


 ハルは、五百円玉を指でつまんで二人に見せた。


「そんなの当たり前だよ。お金は使ったら、なくなっちゃうんだよ」


 カノは、自信満々に答える。


「でも、この五百円玉はさ……正確には、ぼくの手元から離れて、他の人に渡るわけでしょ。本屋でマンガ雑誌を買ったら、本屋さんに渡るよね。なくなってないじゃん。代わりに欲しかったものが手に入る。何にでも交換できるものなのかな? 不思議だなぁと気にし始めたら、知りたくなったんだよ」


「……確かに! おこづかいやお年玉をもらうけど、それも不思議。だって、お金をくれたじいじやばあばは、わたしから何も買ってないね……。パパ、わたしもお金のこと、ちょっと知りたくなった」


「ふむ。それじゃあ……おやつを食べながら、ちょっとだけお金のことを勉強してみようか。では、二人にまず問題。生きていくためには、何が必要だろう? お金以外でね」


 パパが、二人の顔を見ながら尋ねた。


「えーっと、衣・食・住だっけ? 着るもの、食べ物、住むところ」


 カノは、数えるように指を折りながら言う。


「ぼくもそう思う。ゲームやマンガはないとつまらないけど、生きていくには必要なさそう」


「そのとおりだね。生きていくには、食べて空腹を満たさないといけないし、危険をさけた安全な場所、つまり家が必要だね。健康を保つためには、寒さをしのぐ着るものもないとだ。じゃ、次の質問。お金がないとしたら、どうやって衣・食・住を手に入れられるだろう?」


 パパは、もう一度二人に尋ねた。


「全部、自分ひとりでやるのかなぁ……。そんなの大変だよね」


 カノはそう言って、お兄ちゃんの顔を見る。


「ひとりでは無理だよ。全部ひとりでやろうとしたら、いろいろなことが出来ないといけないし、時間が足りなさそうだ」


「じゃあ、みんなで協力してやるのはどう? 学校の係みたいに、それぞれがやることを決めて分担するの」


 カノは、思いついたアイデアを明るく言った。


「食べ物を採ってくる係、料理を作る係、家を建てる係、道具や着るものを作る係かぁ。確かにそうした方が楽そうだね」


 ハルは、同意するようにうなずいた。


「やらなきゃいけないたくさんのことを、みんなで分担するのは良いね。じゃあ、話をわかりやすくするために、食べ物だけに注目してみよう。カノちゃんは、畑で野菜を作る人。ハルくんは、海で魚をとる漁師さんだったとしよう」


 そう言って、パパはカノにチョコレートの包みをいくつか渡し、ハルに丸い筒の容器から取り出したポテトチップを数枚渡した。


「チョコレートが野菜で、ポテトチップスがとってきたお魚ってことね」


 カノが確認した。


「そう。苦労してていねいに育てた野菜。海でがんばって獲ってきた魚だ。食べ物は、二人とも別々の方法だけど、確保できているわけだ」


 パパは、二人がうなずくのを確認する。


「あ、でもチョコ(野菜)も食べたいな。ぼくのポテトチップス(魚)と交換しようよ」


「……甘いもの食べたら、しょっぱいのも欲しくなるわね。お兄ちゃん、いいよ!」


「作業を分担すると得られるものは別々になる。でも生きていくためには、いろいろなものが必要だから、交換をしなくてはならないね。お金はこの交換を効率良くするための発明だったんだよ」


 パパが、言ったことに二人は驚く。


「えっ、そうなの? 今、お金がなくてもチョコ(野菜)とポテトチップス(魚)を交換できたよ。お金なんてなくても、大丈夫だったわ」


「そうだよ。物々交換は簡単にできるね。なんでお金があった方が良いの?」


「じゃあ、カノちゃんの野菜は豊作でたくさん採れたとしよう。逆に、ハルくんの方は、海が荒れて漁に出られない日が続き、何も獲れなかったとしよう。でも、食べていかないと生きていけない。どうする、ハルくん?」


「うーん。それは困るなぁ……。あとでお魚が獲れたらあげるから、先に……野菜をください」


「えー。お兄ちゃん、ぜったい約束忘れるよ。いやだよ。交換しない!」


「あらら……。でも、カノちゃん、たくさん採れた野菜も時間が経つと、くさっちゃうよ。食べられなくて、損しないかな?」


 パパは、諭すように言った。


「ああ、確かに! お兄ちゃんを信用して、先にあげちゃうしかないのかなぁ」


「ここでお金の出番なんだ。ハルくんはお魚が獲れなかったけど、お金を持っていたとする。野菜を魚と交換するのではなくて、代わりにお金で交換するんだ。ハルくんは野菜が手に入り、カノちゃんはお金をもらう。お金は食べ物ではないけれど、くさって役立たなくなるものではないね」


「あっ、そうか。逆に、カノちゃんは野菜が採れなかった時は、今度はそのお金で魚と交換すればいいんだ」


「そう考えると……お金は何かのモノの代わりになるものなのね」


 カノは、納得したような顔で言った。


「そうだよ。どんなモノとも交換できる。そうだなぁ、トランプでいうとジョーカーみたいなものかな。物々交換をやりやすくするためのツール、つまり道具だ。これがお金の機能のひとつ」


「トランプのジョーカーは確かに、どのカードにもなれる万能なカードだよねー」


「ちょっと待って。お金には他にも機能があるの?」


 ハルは、興味深そうに尋ねた。


「そうだよ。いくつかの機能がある。そのおかげで、みんなの生活がうまくいくようになっているのさ。お金は、人類の大発明なんだよ」


「お金って発明なの?」


「他の機能って何だろう? わたし気になるー。教えて、パパ」

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