ろぼオン

キサガキ

第1話 ろぼオン外伝

 ――ロボ同士のお見合いバトル。

 その名は、マッチングバトル。

 コクピットを模した筐体に乗り込み、仮想空間でバトル。

 勝敗が決まるまで、運命の相手は誰かわからない。決着後コクピットハッチが開きご対面。

 付き合いを決めるのは勝利者であるあなた。

 さぁ好みのロボでマッチング。


 それがマッチングアプリ【黒鉄――クロガネ】のキャッチフレーズだ。

 開始当時は話題性もあり賑わいを見せたものだが、ネット配信してから一年足らずで下火となる。

 再生数はガタ落ちこのままでは不味いと、責任者の霧島は頭を抱えていた。

「霧島さん、これ今回の参加希望者リストです」

 スタッフに手渡されたタブレットをざっと見ていると、一人の希望者に目が止まった。

「ほほぅ。これはこれは」

 面白い。この参加者の概要欄に希望があり、ある人物とマッチングバトルしたいと記入されている。

 イケる。直感だがこれなら話題になるはず。

 ――にいいっ。

 霧島はマッドサイエンティストがよくする悪い笑顔で、口角を吊り上げた。


 *

「おほほっおほほっ。るんたったるんたった」

 自作の歌を唱いながら御門美亜はスキップする。そのたびツインテールとミニスカートは蝶となりひらひらと華麗に羽ばたく。

 兄の部屋まで続く渡り廊下はお花畑だ。真っ白な蝶は甘い蜜を求めて突入する。

「お兄ちゃーんんん、あたしとちゅぅーしょおぉぉん」

「よしっ。さぁ来いみーあッ!」

 産まれたままの姿で兄の響樹は仁王立ちとなり、美亜を部屋へ迎えいれる。

「あぁぁんっ。お兄ちゃんってばぁ積極的ぃぃん」


「それで妹よ。お前は兄の裸を見に来たのか」

 響樹は部屋着を着ると椅子に勢いよく座る。

「うん! そうだよ!」

「ならばもっと見ろッ! 兄の裸体をなッ!」

「待ってお兄ちゃん。それより大事なものがあるのよ」

「なんだとッ! 俺の裸体より大事なものなんてあるかッ!」

「それがあるんだよお兄ちゃん。話しをきいて」

 いつもの事だが響樹のノリに合わせると、こちらもどんどんテンション高くなってしまう。落ちつこう。美亜はとても大事な話しがしたいのだ。その為クールにならなければ。

「お兄ちゃん、巴ちゃんと別れたでしょ」

「ぬわぁああ! なぜ知っている。みーあ」

「そりゃ毎日彼女連れて来てたのに、最近は全然だし」

「ロボ観の違いだ。仕方ない。俺はゴッドロボ派なんだッ!」

「巴ちゃんはどちらかといえばロボよりも、キャラクター好きだしね。『響樹くん、美亜ちゃん。ルルー様はですね、王族で瞳から異能の力を……』とか教えてくれたし」

「巴か……こればかりは仕方ないのだ。いないのか何処かに。真神ゴッドロボの兜竜真は違うと言ってくれる女性は」

「ふっふっふ。そんなお兄ちゃんの為、あたしがひと肌脱ぎましょうぞ」

「脱ぐのか妹よ! ……駄目だ。その気持ちは嬉しい。だが俺達は兄妹。その一線は越えられない」

「越えるのはゴッド線だとしたら?」

「な、なんだと。そんな事すれば俺は進化(アップデート)する」

 美亜の巻いた餌に響樹は反応する。十四年妹をやってるのだ。兄が好む味つけなど充分理解している。

「これを見て! お兄ちゃん!」

 さぁ喰らいつけと、美亜は悪い笑顔でスマホの画像を突きつけた。

 響樹の瞳に映るは、黒鉄と墨のフォントで表示されたトップページ。

「みーあ、これ没入感が売りのロボゲー、ろぼオン作ってる霧島が運営してるマッチングアプリか」

「さすがお兄ちゃん、話しがはやい」

「クロガネが、ろぼオンのシステム使ってるしか知らないけどな。……まさかみーあよ。俺にこれをやれと言うのか」

「うん。古い価値観捨ててアップデートしよう。見て見て。このアバターの子」

「ぬおおっ! ゴッドロボ・エンペラスだと。そんな女性がいるわけないだろ! 性別偽ってるんじゃ」

「あははは。ありえないありえない。そこは運営の信用問題にかかってくるし」

「ぬっ! これは!」

 響樹が餌に食いついた。美亜は口に手をあててふっふっふと笑う。

「気づいてしまいましたのう。さぁお兄ちゃん、この子の紹介文を声に出して読むのよ」

『原作のゴッドロボと続編のゴッドロボ・エンペラス大好きです。アニメの真神ゴッドロボは面白いけど、主人公兜竜真のビジュアルが他の作品の外見になってて。あれじゃアニメ組が勘違いするよね?』

「わかるッッ! わかるッわかるッわかるぞッッ!」

 まるで目の前にエンペラスのアバターの女性がいるようだ。響樹はスマホを持ちながら激しく頷いていた。

「やるよねお兄ちゃん、マッチングバトル」

「やる! ろぼオンで鍛えた腕を見せてやるぜ!」


 *

 マッチングバトルで使われる筐体は、ろぼオンで使われてるものと殆ど変わらない。

 違う所といえば対戦後プレイヤー同士が対面できるという事。筐体のハッチが開き、勝利者は相手の連絡先を知る事ができるシステムとなっていた。

 響樹は、ろぼオンで一昨年と去年高校生部門で二連覇を遂げていた。

 クロガネが今回響樹を選んだのは、概要でウィッチに希望されたからじゃない。

 ロボットバトルオンライン。通称ろぼオンの無敗チャンピオンが参加するなら、再生数はうなぎのぼりになると見通してだ。だが響樹にとってそんなクロガネの思惑など、どうでもいい。

 来年から筑波でロボ工学を学ぶ。今回競技としてのプレイをする予定じゃ無かったが、響樹の口角は無意識に上がった。

「フッ。面白いッ!」

 自分と同じロボ好きと仲良くなれたらいいなと軽い気持ちでマッチングバトルに参加したが、筐体モニターに映しだされた対戦相手、プレイヤー名【まじかるウィッチ】はガチ勢だ。

 始まってから数分、互いに拳を数回かわした。

 それだけで理解した。

 エンペラスのアバターといい機体を操作する腕といい、この対戦相手は響樹と同じこちら側のプレイヤーであったのだ。


 響樹の操る機体は黒鋼色。頭部に鬼を連想させる二本角。吊り上がるツインアイ。鼻と口はフェイスマスクでガードする勇者ロボ。

 逞しい胸部に反して腰は細く、四肢が大木の様に太かった。

 機体名は【スサノオン】。ろぼオンから使用してる響樹の愛機だ。

 ウィッチの操る機体は白銀。流線形の美しいデザインである。スサノオンの機体とは対照的に全体的に細く、全身に三日月型の刃が生えていた。

 機体名は【輝夜】と表示されている。

「輝夜? 聞いたこと無い銘だ」

「くすっ。この三日月を恐れないならかかってきなさい。スサノオン」

 ウィッチの人工音声が聞こえ、細い鉤爪で額の三日月をトントンと指差す。

「フッ。フハハハハ! ならば肩を貸してもらうとするかァァッッ!」


 ゲーム内仮想世界のバトルフィールドは廃墟の都市。崩れ鉄骨が剥きだしになったビル。亀裂が走るアスファルトは所々崩れている。

 二脚のスサノオンでは行動に制限がかかる。対して輝夜は人の形を模しているが、宙を浮かびスムーズに移動が出来た。パワーのスサノオンとスピードの輝夜といったところか。

「うらぁッッ!」

 スサノオンはヒビの入ったアスファルトを剥がすと、輝夜目掛けて投げた。

 輝夜の三日月からビームが発射し破壊する。

 砂煙が舞う。狙い通りだ。周囲は視界が悪くなる。その隙にスサノオンは輝夜の背後へ回った。

 喰らえとクサナギブレードを振り下ろす。

 ――キィィィンッッ。金属音が鳴り響く。

 輝夜の昆虫型頭部が回転し、三日月刃はしっかりと背後の攻撃を受け止めていた。

「くそっ不味い!」

 複数の三日月が外れブーメランとなり、スサノオンに牙をむく。

 クサナギブレードの刃で防御しながら、後方へ離脱する。

「うふふふ」

 ウィッチの笑い声が聞こえた。

 複数のブーメランが離脱したスサノオンを取り囲む。

「喰らいなさい。月光の輝きを。ムーンライトビームッッ!」

「ぐおぉぉぉぉッッ!」

 ブーメランから放たれるビームが、スサノオンを焼きつくす。

「冗談じゃねぇ。地獄の業火で日焼けするには、まだまだ早い季節だぜッッ!」

 溶けていくクサナギで防ぎながら、緑色のツインアイにエネルギーが集中する。

「スサノオンビームッッッ!」

 瞳から放つ熱光線でブーメランを塵へかえした。

「へっ。互いにメイン武器を失ったか」

「まだです。爆発的なエネルギーと引き換えに燃費の激しいスサノオンと違い、わたしの輝夜は終始安定している。そのパワー、長く続きませんよ!」

 目の錯覚か。それは月が見せた幻想。輝夜が白光に輝き分身する。

 正にスピード特化した機体をいかした戦法であった。

 四方八方から輝夜のミサイルが発射する。スサノオンに防ぐ手段も逃げ場も無い。

「ふははははっ! これぞ逆境だッ!」

 拳を振り上げた。

「うらぁッ!」

 気合いと共に足下を殴る。逃げ道が無ければ作ればいい。

 崩れ落ちていく大地に大きな穴があき、スサノオンはその中へ呑み込まれる。

「うぬぬ。まさかそんな方法でミサイルをよけるとは。さすがです」

「ふははははっ! そうだろそうだろ!」

 やっと出会えた同じロボ属性の同士。心が弾み魂が震え歓喜する。

 勝ちたい。ウィッチ操る輝夜に勝利して、連絡先を渡したい。

 最悪付き合えなくてもいい。男女の垣根を越えて友達になり熱く語りあいたい。きっと美味い酒が飲めそうだ。いや未成年だから飲まないが、それだけ嬉しいという事なのだ。

 やってよかった。マッチングバトル。教えてくれた美亜に感謝を。


 スサノオンが落ちた先は老朽化した地下通路。線路が見えた。廃棄された地下鉄という設定なのだろう。

 ここを使い輝夜に近づいてやる。しかしそんな響樹の考えなどお見通しと、線路内に三日月の奏でる羽音が鳴り響く。

 ――ブブブッ。

 螺旋状に回転する。ドリルとなり光に引き寄せられる虫の群生は、機体へ群がった。

 ――ガリガリガリガリ。

 不快な音が外装を削っていく。

「ブーメランやビーム以外にも使えるのか。凄ぇな」

 随分と攻撃のバリエーションがある様だ。

 どうやらウィッチはマルチタスクを得意としている。かなり細かく機体と操作をカスタムしていた。

 響樹はというとシンプルだ。複雑な操作を好まない。デフォルトを一つ二つ変更する程度。細かい動きは自動に任せる。

 こだわるのは機体の外見だけでいいと思っていた。

 他のガチプレイヤー達が、それを知ったとき皆笑った。

「ふははははっ! ならば実力で俺様を黙らせてみろッッ!」

 そう言って響樹は失笑するガチプレイヤー達をものともせず、自分のやり方で二年間無敗を貫いたのだ。

 今はもう笑う者は誰もいない。それが物足りなかった。

 強さとはワガママである。ワガママを貫ける者が勝利者となる。

「そうか。そうだったのか」

 そのワガママを互いにぶつけ合う相手が響樹は欲しかったのだ。

「アンタなら俺を楽しませてくれるのかッッ! ウィッチよッッ!」

 響樹は機体の動力のリミッターを外し限界まで回す。エンジンは激しく唸りボディーの温度が急上昇していく。

 真っ赤に染まり高温で熱したボディー。ゲームの中とはいえ、このままいけばプレイヤーは危険と判断されゲームオーバー。

 響樹の負けとなる。

「自滅する気! わたしはもっと、お……響樹くんと語りたい」

「ふははッ! 俺もだッ! ウィッチよッ! これは全て勝利を掴む為だ。この手でなッッ!」

 ――ドロリ。

 外装を削っている虫の群生は、真夏に放置したチョコレートだ。高温に耐えきれない。熱伝導で一気に広がり、ドロドロと溶けだし回転は止まった。

「す、凄い。これが無敗チャンピオン。荒神王の羅我と呼ばれた響樹くんの強さ。でもその体を張る戦い方危険過ぎる。勝利と敗北の表裏一体です」

 確かに彼女の言うとおり。機体はオーバーヒート。冷却するまで一定時間スサノオンは動かない。

「ふははっ! 来いッ! 俺を倒せる最後のチャンスだぞ」

 遠距離から攻撃されれば終わりだ。今の響樹に為す術が無い。

 無敗神話は終わる。

「……ホント、この危機的状況でも自分を貫く。そこにわたしは心奪われてしまう」

 静かに音も立てないで、輝夜は地下鉄の奥から飛んでくる。沢山ついていた三日月刃も今や四肢を合わせて六本。

「動けないスサノオンに勝利してもつまらない。わたしは響樹くんと対等で戦い勝ちたい。そして交際を申し込む。それがわたしの戦う理由です」

「交際か。直球で来たな」

「いきなり過ぎますか?」

「俺の何処に興味を持ったか知らないが、俺はアンタを知りたいと思ってるぜ」

 マッチングバトルのルール上、連絡先を渡せるのは勝利者のみ。渡されなければ敗者は敗北の味だけを知り、帰宅となるのだ。

「つまらないな。これじゃ勝っても負けても連絡先を知ってしまう」

 それが運営の救済策なのだ。互いに気持ちが通じていればいいのだから。

「ウィッチ。それでいいのか? アンタにとって優先順位はバトルじゃない?」

「くすっ。対等と言ったよ。おに、響樹くん。わたしが勝利者となります!」

「鬼か。ふははっ! そうだ俺様は戦いの鬼。荒神王だッ!」

 冷却は終わった。スサノオンが唸り声をあげ、拳を構えた。

 ユラリユラリ。まるで幽鬼か柳の木か。輝夜は風に吹かれ、そよそよと機体を揺り動かす。

「来るッ!」

 動きが変わった。横から縦に変化し一瞬視界が追いつかない。

「ジャっ!」

 鋭い呼気と共に輝夜は六つの脚で頭上から襲いかかる。

「肉弾戦で勝負をしかけるかッ!」

 何という事だ。色々と考えつく戦術の中で、響樹が一番好む戦い方で来るとは。

「惚れそうだぜッッ!」

 両腕をクロスして蹴りを防ぐ。軽い機体だ。攻撃力は弱くなる。それを知らないわけがない。目的は何だ。

「わたしはずっと前から惚れてます!」

 六つの脚が左腕に絡む。

 ――斬。

 忘れていた。そうだこの三日月は刃だった。惚れた腫れたでのぼせたか。

 攻撃力を削る気だ。ここは地下鉄足場が悪い。腕を切断すれば不利になる。

「ならばこうするだけだッ!」

 振り上げ機体を大地に叩きつけた。左腕は千切れたが輝夜も大ダメージを負う。

「うぐぅっ!」

「ふははははっ! ご自慢の浮揚能力壊してやったッ!」

 スサノオンの右拳が黄金に輝く。

「トドメだッ! 必殺アマ・テラスッッッ!」

 螺旋を描く黄金の龍が咆哮する。

「インパクトッッ!」

 龍の顎が輝夜を喰らう。機体は塵へと返り虚無へと帰った。


 *

 戦いは響樹が勝利した。仮想空間は消え、撮影に使っているスタジオにはクロガネのスタッフと霧島。二つの筐体が残った。

「お疲れさまでした。響樹さん」

 スタッフが筐体の扉を開いた。全力を出せて満足だと野性味のある表情で笑い響樹は握手する。

 パチパチパチパチ。霧島は素晴らしいバトルが見られたと拍手し、その場にいる皆が続く。

 拍手の海に身を捧げ漂う響樹に、霧島は鍵を渡す。

「対戦相手の筐体をこれで開けるといい」

「はいッ!」

 何か言いたそうなスタッフを霧島は目で制す。

「うしっ」

 おそらくスタッフは響樹のリアクションが欲しいのだ。ご対面して驚く表情を撮り、編集し近日公開の流れなのだろう。


 仕方ない。これも無敗チャンピオンの定めよ。マッチングバトルでも伝説を作った漢とたたえるといい。

 ウィッチが誰なのかわかっている。あの口調言葉遣い。間違いなく巴だなと、響樹は思っていた。


 巴はきっと響樹のバトルをもう一度見たかったのだ。

「フッ。可愛いな。俺も好きだぜ」

 そう言って、筐体の扉を開いた。

「えぇ!? ホントにぃぃぃ嬉しいぃぃぃ!」

 扉は開かれ、ツインテールがハートマークを形作る。

「あたしも大好きぃぃお兄ちゃんんん!」

「み、みーあだとッ! 待てぇい違う間違えっぐわぁぁぁっっ!」

 ――ぶちゅうぅぅ。

 響樹は押し倒されハートマークが飛びかう。

「わはははははっ! 素晴らしい素晴らしいぞ。兄と妹の禁断の恋。動画数稼げてウハウハじゃぁぁ」

 高笑いする霧島に、スタッフはさすがにこれは使えないのではと苦笑する。

 後日。編集し公開された動画は一部モザイクがかけられマッチングバトルは注目を浴び、響樹は進学しロボ工学を学びながら、キリシマ所属のプロとなりバトル復帰。美亜は一日限定で響樹の彼女となった。

 響樹は知らない。美亜とは血が繋がってないことを。例え知っていたとしても笑って言うだろう。

「それがどうしだ。美亜は大切な家族」だと。

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ろぼオン キサガキ @kisagaki

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