虎太郎は、北条の判決を直接は聞かなかった。


なんとなく、結果はわかっていたし、わかっていたとしても、その判決を裁判官の口からきくのが嫌だった。


だから、判決が出た3日後に、虎太郎は北条と面会した。



「……やぁ。変わらなさそうで安心したよ。」



逮捕前と比べ、少々やつれた北条が、普段と変わらない涼しげな表情で虎太郎を迎える。



「……ざまぁねぇな。」



その表情が、あまりにも変わらなかったので、虎太郎の胸が詰まり、たった一言の憎まれ口しか絞り出せなかった。



「酷い言い草だなぁ……。かつては名コンビだったじゃない。」


「それは、アンタが犯罪に手を染めさえしなければ、ずっと続いてた。」


「……面目ない。」



ぎこちない会話が続く。



「で……どうして来たの?」



少しの間の沈黙。

それを破ったのは、北条だった。


「僕の無様な姿でも笑いに来た? それとも、これまでの事件の恨み言でも言いに来た? ……いいよ。君の好きにすると良い。」


北条は、すべて受け入れるつもりだった。

虎太郎の婚約者を殺したのは、自分の組織の一員。

自分の意志ではなかったにせよ、奈美は死んだ。それが事実。


そして、その組織を作り上げ、東京を恐怖に陥れたのは、まぎれもなく自分なのである。



どんな恨み言も、そしてどんな非難も受けるつもりだった。

それが、自分が警察の道へと呼び込み、自分とともに過ごしてきた虎太郎への、せめてもの罪滅ぼしだと思ったからだ。



「今日は……ちゃんとアンタにお別れを言いに来たんだ……。」



しかし、虎太郎の言葉は、北条の予想しているものとは違った。

真っすぐ北条の目を見て、椅子に座る。



「お別れ……?」


「あぁ。」



北条は、何を言われるのか、全く予想できなかった。

これまで、人の行動が予測できない、そんなことはほとんどなかった。

ゆえに、『神の国』の幹部たちの行動も、そして逮捕の日の志乃の行動も、なんとなくは予想出来ていた。


そう、逮捕の日、北条はその気になればうまく逃げることも可能だったのだ。

しかし、それをしなかった。

その理由は、ただ一つ。



特務課という最高のメンバーたちに、自分の愚行の幕を引いてほしかったから。



「……さっぱり予想できない。やっぱ恨み言でしょ?」



そして、今回も……。



「北条さん、今まで育ててきてくれて、ありがとう。俺は……アンタのような、いや……アンタを超える立派な刑事になるよ。」


「……っ!!」



なんとなく、虎太郎の言おうとしていることが予想出来てしまった。

目の前のこの若者は、どこまでも愚直で、どこまでも潔い。

同じ歳であれば、憧れてしまうような、そんな大きな器の男。


だから、恨み言なんて決して言わない。

それは、わかっていたのだ。



「犯罪者に、お礼かい? 虎、それは俗に『馬鹿』と呼ばれる部類だよ。どうかしてる。」



真っ直ぐな虎太郎の瞳、そして言葉に胸が詰まりそうになった北条だったが、込み上げてくるものを必死に抑えて、嘲笑うかのように虎太郎に言う。



「あぁ、俺はそもそも馬鹿だからな。気にしねぇよ。確かにアンタはどうしようもない犯罪者だけどさ、俺とコンビを組んでいたのも、俺を刑事の道に誘ってくれたのも、刑事になった俺を育ててくれたのもアンタだからさ。その事には素直に感謝してる。」


「奈美ちゃんの仇の、ボスだよ?」


「それに関しては一生許すつもりはねぇ。俺に散々恨まれながら生きてくれ。」


「婚約者を殺された組織の親玉なんかに育てられた……とは思わないのかい?」



虎太郎の言葉は、北条の理解の範疇を超えていた。

最愛の人を殺され、なぜその組織の人間に礼など言えるのか……。



「思わねぇよ。」


「……え?」


「結果、どうしようもねぇ方向に行っちまったが、事情は知ってる。それに、俺は自分と向き合った人間を見間違えるほどアホじゃねぇ。アンタが俺と向き合ってくれた時間、アンタに嘘も打算も無かった。全力で俺と向き合ってくれてた。それは分かる。だから、ありがとう。」



どこまで馬鹿な男なのだろう。

北条は、虎太郎を見てそう思った。


「馬鹿だなぁ……。」


そして、思ったことを素直に口に出した。

目の前のこの男は、馬鹿だ。

普通の人間とはどこか、考え方が違う。



「馬鹿……だなぁ……。」



そう思っていたのに、何故か涙が止まらなかった。

とめどなく溢れる涙。

それは、北条が初めて虎太郎に見せる涙でもあった。



「すまない……ごめん、本当にごめんよ……。」



虎太郎に対し、何を謝ったのかは分からない。

奈美の命を奪ったこと。

危険な目に遭わせたこと

裏切ったこと


たくさん謝らなければならないことが、北条にはあったのだ。



「……泣いてんじゃねぇ。」


そんな北条に背を向けて、虎太郎は言う。


「俺の知ってる北条さんは、苦しいときだって不敵に笑うヤツなんだ。メソメソしてるアンタなんか、見たくねぇ。」



虎太郎は、自らも込み上げてくる感情を抑えながら、言葉を振り絞る。



「俺はもう、ここには来ない。アンタの最期を見送ることもしない。俺とアンタの会話は、ここで終わりだ。でも……。」



虎太郎がゆっくりと振り返る。



「……!!」



虎太郎は、泣いていた。



「仕方ねぇから、最期の日までは相棒でいてやるよ。だからさ、ちゃんと償え。いろんなヤツがいろんなことをこれからも言っていくだろう。でも俺はそんなの気にしねぇ。アンタの相棒として、アンタの罪の償い方を見届けてやる。」



涙を流しながらも、虎太郎は真っ直ぐに北条を見据えた。



「ありがとう……。ありがとう……!!」



北条は、そんな虎太郎にただ、感謝の言葉を繰り返すばかりであった……。


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