13-7

……その時だった。


ーーータァン!!ーーー



遠くで銃声が聞こえると同時に、その銃弾が北条のリモコンを持つ右手に命中した。



「うっ……!!」


北条が苦痛に表情を歪め、手にしていたリモコンも弾き飛ばされる。



「落としたらヤベェぞ!!」


その落下地点に、虎太郎はいち早く反応し飛び込んでいく。

落としたら、すべてが終わる。

落下した衝撃で爆弾が起動してしまったら、北条はもちろん、この場にいる全員が、そしてこのマンション周辺にいる人たちが、みな危険な目に遭ってしまう。



虎太郎は必死に手を伸ばす。


「届けーーーーーー!!!」



飛び込みながらももう一度、地を蹴る。

伸ばした手、ギリギリの地点に落下するリモコン。



「と  ど  けーーーーー!!」



必死に身をよじり、手を伸ばす虎太郎。

そして……。



「……よっしゃぁ!!」


辛うじて、その指先にリモコンが収まった。

しかし、虎太郎はそれで安心しない。

急いで立ち上がると、リモコンを持ったまま阿久津の部屋の大きな水槽に向かう。

珍しい熱帯魚を飼育している、インテリアとしての役割を持つ水槽。


「あとで経費で弁償する!!」


虎太郎はその天井面を力いっぱい拳で叩き壊すと、水の中にリモコンを沈めた。


「ふぅ……これで、大丈夫だろ……。」



そのまま大の字に寝転がる虎太郎。

そして……。



「まさか……ここで『仲間』に邪魔されるとはね……。」


右手から血を流し、苦笑いを浮かべる北条がそこにいた。


「虎太郎くん、無事!?」


「虎ぁ!!」



ちょうどその頃、阿久津の部屋に司と辰川が合流する。


「生きてるぜ~! ふぅ……ラスボスやば過ぎだろ……。」



虎太郎はゆっくりと立ち上がると、北条のもとへ歩み寄る。



「北条さん……。」


北条は、虎太郎の言葉を遮るように小さく首を振ると、両手をそっと差し出した。

虎太郎は、もう何も言わなかった。

北条に手錠をかけると、自分のジャケットを北条の両手首に優しくかける。



「辰さん……北条さんのこと、頼むわ。」


北条に背を向け、辰川に言う虎太郎。

しかし、辰川は首を縦には振らなかった。



「……お前が行けよ。相棒、だろ?」



項垂れる北条。

阿久津殺害も失敗し、自分で死ぬことも叶わなかった今、もはや何も残されていない北条は、抜け殻のようでもあった。


「……バカ野郎……。」



虎太郎は、小さく呟くと、そっと北条の背を押した。

北条も、抵抗することなく、自分の足で歩きだす。



「志乃さん……もしかして、高橋さんを連れてきたのか?」


虎太郎が、北条逮捕の決め手になった銃弾のことを志乃に訊ねる。


「まだ、取り調べ中だったので……。」


志乃は一言だけ、そう答えた。



取り調べ中とは言ってはいるが、一度逮捕した容疑者をもう一度署の外に出すということは、異例中の異例。


それ故、北条も高橋の存在は完全に頭に残ってはいなかった。



「志乃ちゃんは間違っても『異例』なことをしないと思ってたよ……。それが僕の誤算であり、最大の敗因、かな。」



パトカーに乗る寸前、北条はそう呟いた。


「確かにな……。志乃さん、責任を追及されるとか、そういうことは考えなかったのかよ?」


虎太郎も、志乃が高橋を連れてきたということに違和感を感じていた。

志乃と言えば、規則に則り、その規則の中で最善かつ最適な一手を打っていく才媛なのである。



「もう……この際、なりふり構っていられないなと思って。この事件、たくさんの人が亡くなって、たくさんの人の裏切りがあって、たくさんの人が悲しい思いをしました。だから……私が責任を問われようとも、この一連の事件を終わりにしたい、そう思ったんです。」


「高橋さんは……なんて?」


そう、虎太郎は高橋の反応も気になっていた。

同じ『神の国』の仲間であった北条。

警察では上司と部下であり、神の国では立場が逆であった彼らの関係は、実際どうだったのか……。

遺恨はあったのか、それともずっと信頼関係を保っていたのか、それも虎太郎の気になるところではあった。



「高橋さんは、一言だけ。『もう、終わらせてやろう』それしか発しませんでした。今はもう、応援の刑事に連れられて署に戻りました。」


虎太郎は、志乃の言葉を北条に伝えるように、もう一度復唱した。



「終わらせてやろう、か……。」


その言葉を聞いた北条が、ようやく無機質な表情から、感情を露わにした表情を見せる。



「そりゃないよ高橋さん……。僕の復讐は、終わらなかったのになぁ……。」



寂しそうな表情を浮かべたまま、北条は車の窓から外を眺める。


「北条さんさ……。」



そんな北条に、虎太郎は声をかける。



「俺も、大切な人を殺された。俺の目に飛び込んできたのは、奈美の見るに堪えない姿だったよ。確かにそのときは、犯人のことを殺してやりたい、そう思った。同じ目に遭わせて、命乞いされても絶対に許さない。苦しめて苦しめて……ってさ。でも……。」


虎太郎が、北条とは反対側の窓から外の景色を眺める。


「それ、本当に奈美は望むのだろうか……そう思ったら、俺は立ち止まれた。俺が犯人を苦しめて殺すことを、奈美は本当に望んだのかって。北条さん……奥さんは、アンタがこんな風に復讐に駆られて犯罪組織の黒幕になって、たくさんの人を傷つけること、望んだと思うか?」


「……!!」



ずっと相棒として育ててきた、虎太郎の言葉が北条の胸に突き刺さった。


「参ったねぇ……。参ったよ。」



北条が、目頭を押さえる。


「僕らの時代の捜査一課なんてね、それはもうブラック企業で……人員の交代なんてしないまま、朝から晩まで張り込み、捜査……。奥さんのことを省みる時間なんてほとんどなかった。だから、結婚しようってとき、僕は言ったんだ。ふたり仲良く過ごせる時間は、他の家庭よりもずっと少ないかもしれないよって……。」



昔の思い出を、ゆっくりと噛み締めるように話す北条。


「そうしたら……言うんだよ。他の家庭より一緒にいる時間が少ないからって、私たちの絆が弱いと言う理由にはなりません。私は、貴方の正義に真っ直ぐな姿勢に惹かれ、添い遂げる決心が出来たのです……って。全く迷いなくそう言うんだよ……。」



北条の目から、涙が零れた。



「そうだよね……正義とは正反対の方向を向いてしまった……馬鹿だねぇ。奥さんが死んでから、僕はずっと、奥さんの望まない方向を向いていたんだね……。気付くことが出来なかったなんて、本当に、馬鹿だねぇ……。」



声を震わす北条。


泣いている姿など、警察に入る前から見たことがなかった北条は、必死にかける言葉を探す。そして……。



「……俺も、奈美に良く叱られたよ。私に会いに来てくれるのは嬉しいけど、そのために仕事を適当に切り上げてくることだけはしないでって。そのせいで悲しい思いをする人が生まれるなら、私は申し訳なくて貴方に会えない……ってさ。」



奈美のことを思いだし、虎太郎の目にも涙が浮かぶ。

北条は生前の奈美のことをよく知っていた。

本来であれば、手を出すつもりはなかったのだが、桜川の暴走により、犠牲となってしまった。



「ごめん……ごめんよ……。」


様々な感情が入り交じり、北条は両手で顔を覆い、虎太郎に謝罪する。

虎太郎は、窓の外を見たまま、言った。



「俺だけにじゃねぇ。アンタはこれから長い時間をかけて、たくさんの人に償っていかなければならない。きっと許してくれる人はいない。それでも……ちゃんと償うんだ。生きてる限り。それがアンタの、これからの使命だよ……。」



許すでもなく、突き放すでもなく。

虎太郎は静かに、そして優しく北条に伝える。



もはや言葉を発することが出来なくなった北条は、何度も何度も、顔を両手で覆ったまま頷いた。



こうして、世間に恐怖と悲しみを与え続けた、『神の国』関連の事件は、黒幕の北条、そして幹部達の全員逮捕と言う形で幕を閉じる。



多くの裏切り、そして凶悪な行為は絶望をも生んだ。

これからの警察の役目は、心に傷を負った被害者・被害者遺族達と、どう向き合っていくか。

それをよく考えることだ。

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