13-5

「言ってみればよ、虎……。」



虎太郎と北条のやり取りを無線で聞いていた特務課メンバーたち。

辰川が口を開いた。



「俺たちにとって最も驚異なのはよ、凶悪犯たちじゃなくて……その男、北条なのかも知れねぇ……。よくよく考えてみれば……そいつは何か行動を起こす度、何か発言をする度に、その先に起こる何かを計算していた。いや、もしかしたら些細な言葉や行動ひとつにしたって、目的に向かう計算式の一部だったのかも知れねぇ……。」



これまで共に行動していた北条のことを、少しずつ、冷静に思い出していくメンバーたち。



「本宮が、最後のターゲットを司令に定めるのも、計算だった? だから、司令を囮に……?」


「姉崎の放火事件のきっかけだって、もともとは殺人事件があったから……。その事を知っていて、放火と言う形で痕跡を少しでも減らそうと……?」


「稲取さんや、熊田さんたちは……みんな、踊らされてたってこと……?」



次々と思い当たる、北条の行動。



「常人離れした知能指数を持っているんだ。何でもあらかじめ計算して動いてたら、これほど効率的なことはねぇ。まったく、その知能をもっと人のために……。」



辰川が、そこまで言いかけた、その時だった。



「待てよ……待て待て……。」



虎太郎が青ざめる。



「北条さん、アンタ……本当に『この人』を殺すことが最終目的なんだろうな?」



虎太郎が呟く。



「おいおい虎! 何寝ぼけたこと言ってやがるんだ!」


「そりゃ、相棒を信じたい気持ちも分かるけど……。」



メンバーたちが口々に虎太郎を気にかける。



「……そうじゃねぇ、そうじゃねぇって!!」



そんなメンバーたちの心配を振り払うように虎太郎は首を振る。



「虎……君にしてはなかなか考えるじゃないか。でも、僕の目的はその男、阿久津の命だよ。」



ここまでは、辰川の助けでたどり着けた。

『神の国』の黒幕が北条であったことも、その北条の最終目的が官房長官・阿久津の命を奪うことであると言う事実も、何一つ間違えではないだろう。



しかし、虎太郎の胸の奥に違和感を感じる。


何か、ボタンをかけ違えているような、何か、重大な見落としをしているような……。



「北条さん、アンタ……この阿久津さんを殺したら、それからどうするつもりなんだ?」


虎太郎が、一言一言探るように北条に問う。



「うーん、生きていれば逃げるし、生きていなければそれで終わり。まぁ、運任せかな?」



この一言を聞いて、虎太郎は確信した。



「辰さん、みんな、大丈夫だ。都内に細菌兵器は仕込まれてねぇ。」



「なんだと!?」


「……へぇ。」



虎太郎は、自信に満ちた目で北条に言った。


「虎お前……どう言うことだ? 俺たちに分かるように説明しろよ!」



自信たっぷりの虎太郎の様子に、辰川がその真意を問う。


「狙いは俺たち警察を、都内に散らせてこちらの戦力を削ぐことだ。これまでよりもヤバイ兵器が都内にあると知れば、警察も放ってはおけない。それが日本の警察ってもんだろ? 結果、俺のところには応援は来ない。俺と官房長官、ふたりだけだったらどうにか殺して逃げられないこともない。……だろ?」



虎太郎の口許には、不適な笑みが浮かぶ。



「……本当に仕掛けられていたら、君はどうするつもりだい? 君は大勢の都民を見殺しにするんだよ?」



ゆっくりと、威圧するように北条は言う。


「何も知らない、それぞれの人生を生きている人達が、今日みんな死ぬんだよ。なぜそうなるのかも分からないまま……ね。」



まるで都民の命は自分が握っているとでも言うかのように、北条はゆっくりと、虎太郎を諭すように話す。



しかし、虎太郎の表情は変わることはなかった。



「……だったらアンタ、わざわざここには来ねぇだろ。」


「…………」


「本当に細菌兵器が存在するなら、小型のやつをひとつ、ここに仕掛けておけば良い。そして自分は何食わぬ顔で俺たちと一緒に仲間の逮捕に向かえば良い。そうすれば、だーれもアンタのことは疑わなかった。そうだろ?」



虎太郎は、いつになく冷静であった。



「……それ、虎が考えたの?」


「……あぁ。俺だってアンタと一緒に数えきれないほどの修羅場を潜ったんだ。ある程度のことは予想できるようになったさ。」


「……成長、したね……。」



北条はうっすらと笑うと、持っていたリモコンを放り投げた。



「残念! 虎だったら僕のブラフにも乗ってくれると思ってたんだけどなぁ。正解だよ。細菌兵器なんて、嘘っぱち。みんながバタバタ動いてくれれば良かったんだけどなぁ……。」



大きく伸びをして見せる北条。



「……じゃ、これにしよう。」


そして、もうひとつのリモコンを取り出すと、今度は自身のジャケットを脱いだ。

その様子に、虎太郎が絶句する。



「お、おい……。」



「残念ながら、僕が生き残る選択肢は無くなってしまったようだ。じゃぁ、落ち着いて作戦を次のフェーズに移行しないとね。」


北条のジャケットの下に隠されていたもの、それは、バスジャック事件で香川が着ていたような、爆弾つきのベストであった。



「香川くんのやつを辰さんが解除してるを見たから、より改良させてもらったよ。もう、警察にはどうすることも出来ない……。」



北条の目にはもはや生気など宿ってはいなかった。


無機質な目で、まるで虎太郎を射るように見る。



「北条さん……バカなことやってんじゃねぇよ……。そのスイッチ押したら、自分がどうなるか分かってるんだろ?」


虎太郎が悲痛な表情で北条を見る。



「もちろん。きっと木っ端みじんに吹っ飛んで、跡形も残らなくなるんだろうねぇ。まぁ、即死だし……痛みや苦しみの類は一切ないでしょ。」


「そんなことを言ってるんじゃ……ねぇ。」



湧き上がる怒り。

それを必死に腹の奥に押し込むように、虎太郎は耐えた。



「もう、充分無駄に生きた。妻が死んでから、僕も綺麗に後を追っていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。僕の往生際の悪さが、今回の事件を生んだんだよ。」


「だったら……つけろよ、落とし前……。」



気が付くと、虎太郎は北条の目前まで歩み寄っていた。

手の届きそうな距離。



「これまで、あんたとその仲間たちは、酷い事件を幾度となく起こしてきた。何の罪もない人たちが、何の夢も叶えられないまま死んでいった。あんたは、その責任を取るべきだ。ただそれは……死ぬことじゃねぇ。生きて、罪を償うことだ。アンタが自分のエゴで死を選んだところで、それはただの自己満足だぜ。」


婚約者・奈美の死の一因は、北条にあった。

虎太郎はそのことを決して許すことはないだろう。

しかし、北条が自死を選ぶということが、虎太郎は許せなかった。


「死んで奈美に謝れって言ったところで、奈美と同じところには絶対に行かない。アンタは生きて、たくさんの俺と同じ思いをした人たちの悲しみや絶望を受け止めるべきだ。死ぬことは……逃げだ。」


「……キツイこと言うね、君。」



ふたりの間に静寂が流れる。



「新堂、これから阿久津官房長官のマンションに急行するわ。」


「私も行きたいけど……ごめん、無理。」


「あさみちゃんは大人しく病院に行きな!俺もマンションに向かう!」


「僕は……マンションのシステムに入って、おかしなところや北条さんたちの動向を探ることにするよ。」



特務課メンバーたちは、この隙にそれぞれの行動方針を立てていく。



「私は……『手配』してきます。」


志乃は、ここで珍しく不明確な方針を立てていた。

しかし、これまでで志乃がおかしなことをした試しはない。

一同、志乃を信じることにした、が……。



「おい志乃ちゃん……お前は大丈夫なんだろうなぁ?」


相次ぐ警察関係者の裏切り。

辰川が念を押して訊ねた。



「私は警察官。それ以上でもそれ以下でもありません。警察は市民のために。私はそのための『最善の1手』を手配するだけです。」


志乃は迷うことも言葉を選ぶこともなかった。



志乃の凛とした言葉に、メンバーたちは誰もそれを疑うことはしなかった。



「志乃さん……任せるわ。」


「了解しました。」



これまで幾度となく特務課の、しいては警視庁の危機を救ってきた志乃。

その卓越した観察眼と、優れた判断力で、ここぞと言う時に最善の一手を打ってきた。



「時間的には……どのくらいだ?」


「あと……15分で『現着』させます。私も同行します。」


「現着?同行?」



志乃の言葉の真意が、メンバーたちには計りかねていたが、それでも明確な計画があることを察し、志乃を信じる。



「分かったわ。出来るだけ急いで。こちらも相手が北条さんでは、あまり時間を引き伸ばせないかもしれない。」


「任せてください。」



志乃にしては、自信たっぷりの言葉。

それはおそらく、この膠着した、どちらかと言えば北条に有利なこの状況を覆してくれるはず。


そう、メンバーたちに思わせた。



(さて……あとは俺の……俺たちの役目だな。出来るだけ時間を引き伸ばさないと。短くて15分!)



ここからは、虎太郎の正念場。

頭脳では何枚も上手の北条から、15分と言う時間を稼がなければならない。


それがどれほど困難なことなのか、ずっと相棒として捜査をしてきた虎太郎には分かっていた。



「北条さん……捜査一課の伝説とも言われたアンタが、どうしてそこまで闇に落ちた?確かに奥さんのことは……何て言ったら言いか……。」


「そうだね。周りからしたら、『どうしてそれだけで』と思うかもしれない。でもね、犯人がどうとか、そう言うのはどうでも良かったんだ。ちゃんと罪を償って、ちゃんと僕のところに話しに来てくれれば、それで気持ちの整理をしよう、そう思ってた。」


それは、北条の本心。

妻の生前も、警察の仕事に誇りを待ち、妻にも迷惑をかけてきた。

そして、妻もまた刑事として心血を注ぐ北条を、文句ひとつ言わず支えてきた。


そんな妻を奪った犯人を隠したのもまた、警察だったのだ。



「信じていた警察。妻のことも省みず打ち込んできた仕事。でもね、そんな警察に裏切られた。このやり場のない気持ちをずっと僕は抑え続けてきた。その結果……僕の中にどす黒い感情が生まれ始めた。どうして僕は、人のためにこんなに尽くさなければならないんだろうってね。大切な家族ひとり守れずに……。」


「………………。」



虎太郎は、口を挟むことなく北条の話を聞く。



「そんな中、僕の妻をひき逃げした犯人……阿久津の警護任務に偶然就いた。そのときに全てを聞いた。阿久津と小島、遠藤の会話を、いちばん近くで警護していた僕は、聞いてしまったんだ……。」

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