13-4

「本当に……立派な刑事になったよ。」



虎太郎の言葉を聞き、素直に喜ぶ北条。



「いつか、ちゃんと育ててやって欲しい。『こんな風に』卑怯な凶悪犯を決して許すな、ってね。」


「な……に?」



北条は、うっすらと笑みを浮かべたまま、懐からリモコンを取り出す。



「なんだよ、それ……。」



取り出したリモコンは、ボタンが2つ。


「凶悪組織の黒幕だからね、ここからは本気で凶悪な犯罪を犯すことにするよ。ここまで来たら、僕はここから出られない。良くて逮捕、悪くて死亡……だろうね。それなら……。」



北条は一度閉めたカーテン、ブラインドを全て一斉に開けていく。



「……この、宝石みたいな夜景の中に暮らす、濁った汚い膿を全て処分していかないとね。僕も含めて。」



宝石箱の中のように、様々な色に輝く東京の夜景。

美しい光に照らされながら、北条は躊躇うこと無くリモコンのボタンを押した。



「なんのスイッチだよ!」


「僕の知識の全てを集結させた……兵器さ。」


「へ、兵器……!?」



虎太郎と北条の会話。

それを特務課の面々は静かに聞いていた。


「兵器……」


「これは、マズイんじゃないの?」


「北条さん……」


「冗談じゃないわよ……。」



一同が息を呑むなか、辰川はひとり冷静だった。



「虎…まだ慌てるな。もう少し話を聞き出せ。」


「…………………。」



北条の言う『兵器』それが何なのか。

今分かる材料は、彼の手元にあるリモコンだけ。

それが、何を起動させるものなのか、そして起動することにより何が起きるのか、北条以外は誰も知らないのだ。



「……アンタのことだ、東京じゅうを巻き込む、とんでもねぇ兵器なんだろうな。しかも、俺たちみたいな一般人じゃ、どうしようもないほどのな……。」



ずっと一緒に組んできた虎太郎。

彼は分かっていた。

いつだって北条は、自分達の考えていること、想像していることの遥か斜め上のことを考えている。


常識など通じない。


『常識』など、一般人が自分たちの限界を作るために設けた逃げ道でしかないのだから。



「ミサイルを打ち込んでも、大きな爆弾を仕込んでも、その範囲から外れた人間は生き残る。だが、どうせ殺すなら根絶やしにしたくてね……。」


憎しみに満ちた、そんな目をする北条。



「僕が選んだのは、もっと身近で、もっと人に広がりやすい兵器だよ。」


「身近で、広がりやすい、だと……?」



北条の言葉に、無線を聞いていた辰川が青ざめる。



「まさか、細菌兵器、なのか……?」



辰川が、小さく震える。



「今の状況で、細菌兵器の対策をする時間なんて、ねぇよ………!」


「ふふ……今頃、辰さんは震え上がっているかかな?」



無線機をつけていない北条。

他の特務課メンバーの様子を想像しながら話す。


「何とか全員を屋内に避難させられないか!?」



咄嗟に虎太郎が無線を飛ばす。

いまから場所の特定し、爆弾の解除は不可能なのだろう。

辰川の反応がそれを物語っている。

ならば、屋内の密閉された空間に、少しでも多くの人を避難させることが出来たら……。



「無駄だよ。空気って、細かい隙間だって普通に通れるだろう? 空気が通れる隙間があれば、細菌は通れるさ。つまり……僕がこのスイッチを押したとき、空気が流れる場所にいる人たちは皆、手遅れなのさ……。」



諦めなよ、と言うかのように北条は両手を広げ、笑みを浮かべる。


「畜生……!」



他に出来ることはないか、虎太郎は必死に考

える。


「細菌を中和させる何かがあれば……。」


「バイオテロ対策に、そう言ったものもあるにはあるけど……、僕がそれを用意するまでにボタンを押すのを待っているとは思えないなぁ……。」



「俺が、そのボタンを押す前にアンタを取っ捕まえる……!」


「……さすがに老いたとは言え、そこまで僕は鈍くはないよ。虎、君が一歩こちらに踏み出してきたら、躊躇せずにボタンを押す。」


「くっ……!」



身動きがとれない虎太郎。

しかし、北条も動かない。



「これじゃ、弱いもの苛めみたいで気が引けるなぁ……。じゃぁ、君たちに選択肢をあげよう。」



ここで、特務課メンバーたちを嘲笑うかのように、北条が口を開く。



「……阿久津を殺すか、それとも僕を殺すか。それ以外に細菌兵器を止める手段は……ないよ。」


「なんだと……?」



北条の言葉に、虎太郎が言葉を詰まらせる。



「おそらく、対策を練って準備をして、兵器の場所を探してから被害範囲を割り出して、警官たちを配備して避難勧告をして……そこまでするのにきっと2日は最短でもかかるんじゃないかな? 今の警察の力では、すぐに対応すると言っても日を跨ぐんだ。だから、こちらのタイムリミットは……今から1日にするよ。警察の常識を覆せればそれで良し。細菌兵器は諦めるよ。」



北条は、飄々と話を続けていく。



「細菌兵器を諦めたら……北条さん、アンタはこの人を殺すのをやめるのか?」


「それは……やめないよ。この男は、僕が必ず殺す。それは、変わらないことだよ。」



北条の狙いは阿久津。

その考えは変わっていない。

どうにかし北条から阿久津を引き離せないかと思っていたのだが、ここまで全く隙がない。

そこまで考えた上での、北条の提案だったのだ。


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