11-10

熊田に後を任せ、上階へと向かう虎太郎・北条・あさみ、そして司の4人。

しかしここで、ある疑問に行き着く。



「SITはいただろ……。古橋さんは?」


そう、SITはアサシンによって壊滅させられていたが、そこにいるはずだった古橋の姿が無かったのだ。



「もしかして、独りだけ仲間を追った……?」


「いや、それなら数人連れて行くのがセオリーだ。単独での作戦行動は、滅多にしないものだし。」


「じゃぁ……逃げた?」


「いや、俺たちともすれ違ってないだろ。」



消えた古橋。

ここまで来た虎太郎たちとすれ違っていないことからも、下の階にいることは考え難い。



「悠真、カメラとかで確認できる?」


「いや……相手はなかなか周到だよ。いまみんながいる場所よりも上の階、全部の防犯カメラが壊されてる。



「マジかよ……。」



ここまでくると、もう細心の注意を払って先に進むしかない。

そして何よりも、急がなければ遠藤副総監の命が危ない。



「この先、いるとしても2人だろう。でも、ここまで進む手合いだし、慎重に進んでいこう」


「了解。」


「もう一人の幹部の正体が謎、だけどね……。」



あとは、真っすぐ副総監の部屋に向かうだけ。

4人は急いで階段を駆け上がった。




「……着いた、13階……。」



虎太郎たちは13階・警視総監と副総監の執務室があるエリアに辿り着いた。

しかし争う音などは一切聞こえず、廊下は静まり返っていた。



「静か……すぎないか?」


虎太郎が、その様子に違和感を覚える。



「待って……この臭い……。」



どんどん進もうとする虎太郎を、あさみが掴んで引き戻す。



「うん……硝煙の臭いだ。ここで、拳銃が撃たれてる。」


北条も、その異臭が拳銃によるものだと悟り、警戒を強める。

そして、虎太郎も……。



「お、おい、あれ……。」


廊下の一部から、副総監の執務室の中へと続く、血痕を発見した。

血痕は、まるで引きずられた後のように、副総監の部屋の中に伸びている。



「もしかして……。」


悪い予感がした。

この血痕の量、軽症ではない。


『神の国』幹部のものか、それとも警官の誰かのものか、副総監のものか……。



いずれにしても、この階にはひとり、重傷を負った者がいる。



「副総監の部屋から、物音も叫び声も聞こえない……」


「間に合うか!?」



声を出せない状況下に拘束されている可能性も高い。

だとすれば、一刻を争う。

そして、古橋も部屋の中にいる可能性がある。


4人は、副総監室の扉の前に立つ。



「開いてる……。」



施錠がされていない。



「3カウントで飛び込むよ。」


あさみが、指で合図する。



「3・2・1……」


そして、4人は一気に扉を開け、拳銃を構えた。


「大人しく投降しやがれ!」



拳銃を構えたまま、部屋に突入した4人。

その目にまず飛び込んできたのは……。



「古橋……くん?」



血だらけになって壁にもたれ掛かる、SIT隊長・古橋の姿だった。



「この出血量じゃ、危ないわね……。出来るだけ早く搬送、輸血しないと……。」



恐らく、部屋の中に向かって伸びていた血の痕は、古橋のものなのであろう。

その出血量を見て、北条とあさみは古橋が重傷であると察する。



司と虎太郎は、部屋の中を注視する。



「予想よりもずっと早かったな、司……。」


「……一誠……。」



部屋のいちばん奥、副総監のデスクには、灰島が座っていた。

そしてその傍らにいるのは女子高生くらいの風貌の少女。



「アサシン、負けたんだー。ダサっ……」


不機嫌そうに呟くと、足下に拘束している遠藤副総監を軽く蹴る。



「ま、でもコイツ殺せば目標達成だし、もうリーチみたいなもんでしょ。」


「うっ……やめてくれ……!」



少女の足下に拘束されている遠藤副総監。

両手両足を縛られ、暴行を受けた後のように見えた。



「もうテメェら、袋のネズミだぞ! さっさと副総監を放して投降しろよ!」



虎太郎が前に進み、少女に拳銃を向ける。

少女は、それでも動じない。



「あー怖い怖い。まさか女の子に拳銃を向ける刑事がいるなんて。やだー殺されちゃうー」


「……おい、ふざけてねぇでさっさと副総監、放せよ。」


「ふざけるって、私はこれがふつー。」


「いいから放せよ!」



のらりくらりと返事をする少女に、虎太郎の苛立ちが高まる。



「まー、コイツ放すのは無理。コイツを殺すのがミッションだから。私的には、さっさと頭を撃ち抜いて、窓から落とすのが良いと思うんだけど……ねぇ、『マスター』、駄目なの?」


少女は、灰島のことを『マスター』と呼び、



「まだやめておけ、『ジョーカー』。この男には充分な恐怖を与えてやらないとな。」


灰島は少女のことを『ジョーカー』と呼んだ。



(コイツがジョーカー? 狙撃手……高橋さんが言っていた、いちばんヤバイやつ……。)



虎太郎は、ジョーカーと呼ばれた少女のことをじっくりと注視する。


「きも。じろじろ見てんじゃねーよ。」



ジョーカーはあからさまに嫌な顔をして虎太郎を睨んだ。



「コイツ、そろそろ殺そうと思うんだけどさ、邪魔しないでよね。私、拳銃の弾は1発しかこれに入れてないから。」



ジョーカーが、デスクに置いてある拳銃を拾い上げる。



「打つ場所によっては一瞬だから。」


それを遠藤のこめかみに押し付けた。


銃口を突きつけられた遠藤は、恐怖のあまり身体の震えが止まらない。



「頼む! 何でもするから……許してくれ! 殺さないで……!」



自分の娘よりも若いであろう少女に、必死に命乞いをする遠藤。



「何でもする……?」



その遠藤の言葉に、灰島の表情が変わった。


「じゃぁ、妹を返してもらおうか。俺がどこの誰か、そして妹がどんな目に遭ったか、覚えているだろう?」


「あ、あぁ……」


「まぁ、死んだ人間を返すなんて、無理な話だよな。ならこうしよう。小島の息子を、殺せ。」


「……え?」



遠藤の表情が凍りつく。

灰島は、遠藤の様子など意に介さずに話を続ける。



「被害者は死に、加害者の男はのうのうと生き、事件を揉み消され、人並みに恋愛し、結婚し、幸せな家族を築いている。そんな不条理、副総監として許せるのか?」



灰島がジョーカーをに視線を送ると、ジョーカーは持っていた拳銃を灰島に放り投げる。

受け取った灰島は、そのまま銃口を遠藤の眉間に向ける。



「ひっ……!」


「俺だけじゃない。小島の残したリストに挙げられた事件の被害者たちは、みな苦しい思いをしてきた。家族を失い、幸せを失い……。加害者たちは今もなお、幸せな生活を送り、あるものは会社組織の重役として君臨している。」



ガタガタと震える遠藤。


「頼む……やめて……。」


「リストの中には、そうやって許しを乞うた被害者もいただろうな。やめろ、放せ、構わないで……そう言った被害者たちが、何人被害に遭った?」


灰島の瞳に、憎しみの炎が宿る。



「おね……がいします……」



手足を縛られたまま、不格好に土下座のような姿勢を取る遠藤。

灰島はその背中を踏みつける。



「まさか、あれだけの数の事件を揉み消しておいて、自分は助かろうと思っているわけではないだろうな?」


「やめて、やめて……!」



北条が止めようと一歩踏み出すが、それをあさみが手で制する。



「……だめ。あと一歩動いたら殺されるよ、北条さん。」



その視線の先には、ジョーカー。



「あいつ、相当訓練されてる。アサシンみたいな格闘バカとは違って、恐らくもっと本格的な『殺し屋』だと思う……。」



そう話しながらも、あさみの手が小さく震えていた。



「正直、怖いわ。私でも勝てないかも……。」


「あさみちゃん……。」



司と虎太郎は、灰島の様子を窺う。



「悪を警察が倒せないなら……俺がこの手で粛清してやる。あのリストの加害者を皆殺しにして、そしてお前たち、無能な警察幹部たちも皆殺しだ。」



灰島は、遠藤を生かしておく気など毛頭無かった。


「もう……やめて。」



そんな灰島を止めようと前に出たのは、司だった。 



「あなたが変わる必要なんて無いじゃない……。あなたは私よりもずっと強くて、正義感が強かった……。だから、私も……。」



一連の事件で、多くの命が奪われ、たくさんの血が流れ、たくさんの悲しみが生まれた。


その事件の黒幕が、自分のかつて愛した男であったことに、司もショックを受けていた。



「妹さんがあんな目に遭って、怒る気持ちもわかる。私だって、きっと……。でも、その気持ちを秘めたまま、警察官でありながら内部の悪を挫くことは出来なかったの……?」



恋人が、事件の黒幕であったと言う衝撃。

そして、灰島の悲しみ、憎しみを何一つ受け止めてやれなかった、自分への苛立ち。


いま、司が出来ることは、灰島を止めることしかない。

司はそう思っていた。



「……確かに、そういう選択肢もあっただろうな。」



司の必死の呼び掛けに、灰島が小さく息を吐く。



「でもな司……『怒り』じゃないんだ。この俺に芽生えたのは『憎悪』。それは簡単に人間の人格を、生き様を変えるんだよ。」



「そんなの! 私も力になるから、ちゃんと罪を償って、一緒にリストの事件を……」



「もう、無理だよ。」



一緒に汚職を明るみに出そう。

一緒に警察に巣食う悪を絞り出そう。


そんな司の懸命な訴えに、灰島は小さく首を振った。



「もう、俺たちは止まれない。引き返すことだってもう、出来ないんだ……。」



そして、灰島がもう一度ジョーカーに目配せをする。

ジョーカーは小さく頷くと、1発しか弾が入っていない拳銃を司に向けた。



「一誠……!!」


「頼む、退いてくれ。お前だけは殺したくない。」


「何を……言っているの?」


「警視庁特務課。最近目まぐるしい活躍を見せているらしいな。そんな特務課の長がここで撃たれたらどうなる?」



ジョーカーは笑みを浮かべたまま、司を見る。



「一瞬の綻びを生むのは容易いことだ。その綻びをいかに大きな穴にするか……それが俺たちのやり方だ。」



灰島は、司に背を向け、デスクの後方にある大きな窓から外をみる。



「もう、ここで本当にお別れだ、司……君との日々は……」



灰島が別れの言葉を述べようとした、そのときだった。



ーーーバァン!ーーー



1発の銃声が、執務室内に響いた。



「野郎! 撃ちやがった!!」


虎太郎がジョーカーに向かい発砲しようと構える。


「……え?」



そこには、銃声が鳴る前と変わらないジョーカーの姿があった。



「じゃぁ、誰が撃たれたんだ?」


虎太郎は、辺りを注視した。


「は、はは……呑気にお喋りなんかしてるからこうなるんだ……!」



手首を拘束された状態で、器用に拳銃を撃ったのは、遠藤だった。


撃たれたのは、灰島。

その脇腹からはポタリ、ポタリと血が滴っていた。


「……最期に、爪痕を残したつもりか……!」



撃たれた灰島は、表情ひとつ変えない。



「次は、お前だ!」


灰島を撃ったことで調子に乗った遠藤は、そのまま自分に背を向けているジョーカーに向けて発砲しようとする……



「てめ……!」



すかさずジョーカーが体勢を整えようとした、そのときだった。



ーーーバァン!ーーー



今度は別の場所から銃声が聞こえる。



「……え?」



その音は、虎太郎、あさみよりも後方……。

その後ろに控えていた北条、司よりもさらに後方から。




「まさか……。」



どさりと、遠藤が前に突っ伏すように絶命する。

放たれた銃弾は、遠藤の眉間を正確に撃ち抜いていた。



虎太郎たち特務課一同が、振り返る……。



「相手が倒れていたら、まずは生存の確認を怠らないこと。緊迫した状況でこそ、その確認作業が生きてくる。怠ると……一気に窮地にたたされることだってある。それは、SITに入って序盤で叩き込まれる事だ。」



そこには、拳銃を構えた古橋が立っていた。



「あんた……最初からグルだったのかよ……。」



虎太郎が、古橋を睨み付ける。



「そうか、高橋さんを逮捕したあたりから、幹部たちの侵入まで、どうも上手いこと事が進むと思っていた。高橋さんは言っていた通りに囮だったとしても、彼のスキルを想像して行動に移すのはリスクが高い、そう思ってたんだ。」



北条が、なにかに納得した、そんな表情を浮かべる。



「高橋さんは囮役。そして古橋くん……あんたは連絡役だったわけだ。本庁に連絡すると偽って、彼らと連絡を取っていたね?」



北条の頭脳をもってしても、古橋が敵だとは思っていなかった。



「本当に……ことごとく僕の想像の斜め上を行ってくれるよ。腹立たしいねぇ。何年前から仕込んできたんだい? 君といい雪ちゃんといい、香川くんといい高橋さんといい……警察内部に敵、多すぎでしょ。」



何年も前から、このときのために仕込まれていた幹部たち。

それにまったく気付くことが出来なかった北条。


苛立ちは、そのどちらに対してもであった。



「俺も、正直言って北条さんにはいつか気付かれるだろうと思っていた。この計画は、8年前の『あの日』からすでに始まっていたんですよ……。」



苦痛に表情を歪めながらも、灰島は北条に言った。


「裏切り、また裏切り……。どうなってるんだよ今の警察はよ!!!」



度重なる警察関係者の裏切りに、虎太郎は辟易していた。



「警察官って……そうじゃねぇだろ! もっと弱い人を助けて、酷い犯罪を取り締まって……子供たちの、そして街のヒーローであるべきじゃねぇのかよ!!」


昔、暴力に明け暮れていた虎太郎。

そんな虎太郎に手を差し伸べてくれたのは、他でもない北条だった。


「俺も悪かったけど……、それでも警察官はカッコいい、俺もこんな人間になりたい、そう思って今、俺は刑事をやってるんだ! そういうもんじゃねぇのかよ!!」


「虎……。」



北条も、虎太郎との過去のことを思い出す。



「……綺麗事だ。」


「綺麗事がまかり通るのが、警察官なんだよ!」



苦痛に表情を歪めながらも、虎太郎の言葉に反応する灰島。


(一誠が……苛立っている?)


それは、司には信じがたい光景だった。

常に冷静に物事を見極め、周りの言葉には流されない。

愚痴や文句は、司の前でしかこぼさなかった灰島が、虎太郎の言葉に気を荒立てているのだ。



「長塚……虎太郎といったな? お前のような能天気な刑事が多いから、今の警察は何も守れない。何か起こったときに簡単に人を信じられなくなる。状況に流されやすくなる……そんな簡単なことも分からないのか?」


「なんだと……?」



虎太郎が、固く拳を握る。



「これ以上の戯言は取調室で聞いてやる! テメェも撃たれて手負いなんだ。他の幹部もみんな逮捕だ。もう逃げられねぇぞ……。」


ジョーカー、そして古橋と幹部はふたり残っているが、黒幕である灰島は銃弾を受け手負いの状況である。

このまま押し切れば、いまここで全てを終わらせることが出来るかもしれない。



「灰島くん……もう、終わりにしよう。これ以上犯罪を重ねると、悲しむ人がもっと増えるよ。古橋君も、そこのお嬢さんも……やるべきことはやった。そうじゃないかい? 警察としては非常に不本意な結果になってしまったけれど……。」



小島のリストに乗せられた人物全てを殺害することはかなわなかったが、それでもリストの管理者である小島を殺害し、そしていま、小島に何らかの指示をしていたとされる遠藤も古橋の手で殺害された。

『神の国』幹部たちの今回の目的は、沿道の殺害。

その目的は達したかに思えた。



「まだだ……。」



しかし、灰島の目は未だ死んでいなかった。



「あと一人……消さなければならない人間がいる。それが終わってこそ、我々の目的は達成されるのだ……。」


灰島が苦し気に言葉を絞り出す。

その言葉と同時に、古橋が灰島の背後の窓を拳銃で撃った。



「……え?」



一同は、完全に虚を突かれた状態となった。


「逃げる気か!」


虎太郎が、灰島を逃がすまいと走り寄る。



「はい、おにーさん、そこで止まって。」


「……え?」



そして、次の瞬間、宙を舞っていた。

背中から思い切り床に叩きつけられる虎太郎。



「ぐぁっ!!」


背中を強く打ったため、息が出来ない。

苦しさと痛みで表情を歪める。



(いつの間に投げられた? 全く分からなかった……。)



それなりに格闘には自信のある虎太郎。

そんな彼をもってしても、自分が投げられたことに気付かない。



「今回のミッションは完了だけどさぁ、マスターはまだ仕事が残ってるって言ってんの。じゃぁ、ここで逮捕されるわけにはいかないの。分かるよね?」



虎太郎を投げ飛ばしたのは、女子高生風の容貌の『ジョーカー』だった。



「マスターがいなかったら、私は今頃薬漬けにされてボロボロにされて死んでた。命の恩人なの。だから、最後まで彼の望みは叶えてあげたい。たとえ自分が死ぬことになってもね。」



ジョーカーが作った時間を生かし、古橋が窓の外に手を伸ばす。



「縄梯子!? いつの間に?」


そこには、しっかりと梯子がかけられている。


「そうか……上の様子を見てくるっていえば、あんたの行動を誰も疑わない。警護に行くと言いながら、どこか他の場所から梯子をかけたな?」


「その通りだ。隣の部屋からここに梯子をかけることなどたやすいことだからな。アサシンが隊員を足止めしている間に、先に仕掛けをさせてもらった。」


「それで、SITは全員無力化して自分のことがすぐに漏れないように仕向けたのか……策士だな、アンタ……。」



灰島が、先に梯子を下りていく。



「逃がすかよ!!」


虎太郎が精一杯立ち上がり、灰島を追おうと進む。

しかし、またジョーカーに組み伏せられた。



「だーかーらー! 行かせないって言ってんじゃん。ねぇ、ここは私が時間稼ぎするから、先に行ってて。あと追いかけるから。」


「了解した。」



灰島の傷を気遣いながら、古橋が窓から身を乗り出した。



「司……もう、思い出の場所に戻ることはできないんだよ……。」


「一誠……?」



去り際に、灰島は悲痛な表情を司に向けた。



残されたジョーカーと特務課メンバーたち。


「寄ってたかって私みたいな若い娘を苛めて……酷いよねぇ?」


ジョーカーの表情には余裕が見える。



「何を……!!」


「虎太郎!!」



逆上して飛びかかろうとする虎太郎を、あさみが制止した。



「なんだよ! コイツ一人だぞ! チャンスじゃねぇか!」


「無理……あの子、全く隙が無い。下手に手を出せば、一瞬で殺されるかもしれない……。」


「は? 拳銃はもう、弾を打ち尽くしたじゃねぇか。」


「あのレベルになると、ここにあるものすべてが凶器よ。あの子、人を殺すことにためらいがない。そしてあのアサシンよりも格闘センスは上。今は、何もできないわ……。」



あさみが、悔しそうに虎太郎に言った。


「……アンタ、『こっち側』の人間でしょ?」



手を出せずにいるあさみに、ジョーカーが話しかける。



「私は、特殊部隊出身と言うだけよ。」


「ふぅん、それじゃあなたには私を止められないね。」



ジョーカーは、あさみの言葉に笑いながら言う。


「そういうあんたはどの部隊出身?」


「私、まだ18よ? 部隊経験なんて無いわ。ただ……」



ジョーカーの鋭い視線があさみを射抜く。

その視線に、あさみの足はまるで石のように動かなくなった。



「どこの部隊にも所属してない。私は、暗殺者集団の中で小さい頃から『生き物を殺す』やり方を徹底的に叩き込まれたわ。あなた達部隊出身者は、制圧、鎮圧の方法も教わるんだろうけど、そんな無駄は私は教わってない。だって必要ないもの。そんな暇あるなら、さっさと殺した方がポイント高いしね。」


「……っ!」



あさみの背筋が凍りつく。

このとき、ジョーカーが自分とは『根本的に違う』ことを悟った。


住む世界が違った、いや、生き方が違ったと言うべきか。

自分の経験など何の役にも立たないと言うことを思い知ったのだった。



「……また機会があったら会いましょ。もっとも、次に会ったときが、あんた達の人生の終わりかもしれないけどね。」



ジョーカーは特務課4人を前にしても怯むこと無く、小さく手を振るとそのまま窓から外へ飛び出していった。



「えっ!?」


「梯子、使わねーのかよ!」



13階。

重力に逆らうことの出来ない人間は、間違いなく地面に叩きつけられて絶命する高さ。

虎太郎と司が慌てて窓の下を覗く。



「……マジかよ……。」



ジョーカーは、自分が背負っていた小さなバッグの中に、ワイヤーを仕込んでいた。

それを巧みに縄梯子にくくりつけ、壁を蹴りながら降下したのだ。



「あんなの……特殊部隊だってやらないわよ……。」



あさみが真っ青な顔で去っていく一行を見送る。



「くそ……。副総監を殺され、署内でさんざん好き勝手やられた挙げ句、逃げられた……!」


虎太郎が遠藤の机を殴る。


「3人逮捕して、相手は残り3人……。進展、とは言えない状況だね……。」



高橋を含めると、この日だけで実に4人もの幹部を逮捕した警察。

しかし、こちらも無傷ではすまなかった。



「とにかく、急いであいつらを追うぜ! 体勢を整えられたら収拾がつかなくなる!」



このとき、いちばん早く切り替えたのは虎太郎だった。


「虎……。うん、そうだね。急いで各所に手配して、緊急配備をかけよう。」



北条が虎太郎の声に反応し、そして司、あさみも動き出す。



「見てろよ……絶対に捕まえてやるからな。」



警視庁の威信をかけた大捜査が、いま始まる……。


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