11-6

一方、あさみは特務課司令室に到着していた。



「司令、みんな、無事!?」


中には、灰島と対峙した司、悠真、そして志乃がそのまま残っていた。



「あさみ……。」


「おかげさまで。もうヘトヘトだけど。」


「あさみちゃんも、無事でよかった。」



3人とも、疲れの色は見えるが、怪我はなかった。



「良かった……。無線は通じなくなるし、侵入者が外のシャッター閉めるしで、本当に心配したんだから……。」


あさみは、仲間が無事だったことをまず喜ぶ。そして、



「犯人たちの目的、分かった?」


すぐさま次の行動に移るべく、司たちに状況を聞く。



「えぇ……。おそらく、彼らの狙いは遠藤副総監の命。きっと上層階に向かって進んでる。」


「遠藤副総監?」


「小島のリストに絡んでいた、警視庁最後の重役だよ。きっと、副総監の命を奪えば、彼らの目的は達成なのかもしれない……。」



司と悠真が言う。



「そっか……じゃぁ、まずは上層階に向かわなければ……ってところね。虎太郎、北条さん、聞こえた?」


もう、無線は使えるようになっている。

あさみは、司と悠真の話が聞こえたかを虎太郎と北条に訊ねた。



「おう、バッチリ聞こえたぜ。」


「うん。先回りは難しそうだから、急いで後を追うしかないね。」



虎太郎と北条は、すでに上層階へと向かっている。


「私もすぐに後を追う。相手は4人……あのハッカーがただのひ弱な男だったとしても、残り3人は要注意。あのアサシン、そして毒ガスを使うおじいさん、そして得体のしれない女。虎太郎と北条さんだけでは止められないわ。」


「確かにそうだね……。特に女の子は相当危険な娘らしいからね。」


「うん……。あとは……。」



あさみが、司を見る。



「最後の締めは、やっぱり司令だと思う。ちゃんと自分の口で話して、自分の手で決着しなきゃ。」


「……そうね。」



正直、司は心身ともに消耗していた。

警察内部での事件の対応に追われ、そしてその黒幕が自分の恋人であったという事実。


部下の……仲間の苦しむ顔を、そして悲しむ顔をこれまで散々見てきた。

こんなことをする組織、許してはおけない、そうも思った。


そんなそしきを操っていたのは、自分が愛した男だったのだ。

正義感に満ち溢れた、灰島だったのだ。



「必ず……私の手で終わらせるわ。」



本当は、このまま逃げ出してしまいたい。

灰島のこともこれまでの事件のことも何もかも忘れて、穏やかに暮らしたい。

そう思った。

しかし、今の自分は警視庁・特務課の司令。

正義を貫くために、より悲しむ人が減るようにと作られた組織のリーダーなのだ。

その責任感だけが、司を奮い立たせていた。


「こちら稲取。高橋さんの引き渡しは終わった、これからそっちに合流するぜ!」


「こちら古橋。これから要所にSITを配置する。何かあればすぐに伝えてくれ。」



虎太郎・北条のもとに次々と無線が入っていく。


「みんな、この状況をどうにかしたい気持ちは一緒なんだろうね。」


「当たり前だ。自分ちに賊が入ってんだ。このまま見過ごすわけにはいかねぇよ。」



虎太郎と北条は、ようやく上層階へと進むゲートのところへたどり着く。



「……ここで行き止まりだよ。」



そんなふたりの前に立ちはだかるのは、線が細く、若い男。



「……立ちはだかるって柄かよ。『ハッカー』さん?」



そう、ここまでの侵入を許すきっかけを作った男、通称『ハッカー』である。



「お前さ、喧嘩したことある? どう見てもお前のことを俺がぶちのめして終了だろ?」



虎太郎がじりじりとハッカーに歩み寄る。

ハッカーは、少し怯んだ表情を見せ、後ずさるが道を開ける様子はない。



「聞いてんのか? コラァ!」



相手は気弱な青年だ。

そう理解しているからこそ、虎太郎はわざと柄の悪い男のように大声でハッカーを脅す。



「聞いてます……。でも、僕は道を開けない。」



ハッカーは、自分のノートパソコンを胸に抱えるように立っている。



「……間違っても武闘派じゃない気味が、こうやって立ちはだかっている、時間稼ぎができるような『何か』があるんだね。」



虎太郎とハッカーのやり取りを見て、北条が何かに気付く。

ずっと抱いたままのパソコン。

ここに何かヒントがあるような気がしたのだ。



「……さすがは『盟主』の師匠だった人……。頭がいいんですね。」


「褒めても何も出ないよ。ここ、退いてくれるかな?」


「それは、出来ません。」



北条が言うも、ハッカーは姿勢を変えない。



「まず、僕はこの扉を守るように言われている。そして、この扉は僕にしか守れないし、僕にしか開けられない。……そういうことです。」


「つまり……、君を拘束したり無力化させてしまえば、そのパソコンを使える人間がいなくなってしまう。つまり、この扉を開錠する方法がなくなってしまう、そういうことだね?」


「……ご明察です。」


(やられたねぇ……。士気が上がって、勢いに任せて追いつこうと思った、その出鼻をくじかれた感じだねぇ……。さすが灰島くん、冷静だ。)



「僕はこの通り、無抵抗です。このまま逮捕されてもいいでしょう。ただ……、無抵抗な人間に暴力や脅しはNG……ですよね?」


「ちっ……!」



これが、日本の警察の良いところでもあり、弱点でもある。

無抵抗の人間に危害を与える、それが警察に及ぼす影響は計り知れないのだ。


「悠真!!」


「了解! もう取り掛かってる!」



この手の問題は、北条にも虎太郎にもどうすることも出来ない。

ここは悠真に任せ、ふたりは信じて待つことにした。


「無駄だよ。僕の造ったロックを壊せる人間なんて、僕の記憶では一人しかいないんだ。もっとも、その一人も今はどこで何をしているやら……。」



ハッカーは小さく笑うと、そのまま扉にもたれかかるように座る。



「ただ黙って待っていても仕方ない。昔話をしようか……。」


そして、淡々と話しだす。


「僕には友達が出来なかった。別に社交性がなかったわけじゃない。人並みに活発で、少しだけ他の人よりもパソコンが好きだった、そんな少年だった。じゃぁ、どうして友達が出来なかったと思う?」


ハッカーが始めたのは、昔語り。



「たまたま、クラスの女の子が僕によく話しかけてくれた。それを良く思わない男子が僕の悪い噂を言いふらしたんだ。もちろん、根拠など何もない、そんな噂をね……。」


「ただの僻み……ってやつだな。」


「その男子が、クラスで一番人気のある男子だったから、その噂は僕に確認を取ることもされずにあっという間に広まった。僕の周りから友達がどんどん消えていった……。」


「少年ってさ、たとえ酷いことでも罪悪感なくやってしまうのが怖いところだよね……。」


「僕は、コミュニケーションをとる相手がいなかった。だから、次第にパソコンにのめり込むようになっていった……。そこで、僕は魅入られたんだ。ハッキングの奥深さ、そしてパソコン社会の可能性、そして楽しさに……。ネットの中なら自分は自由。日本の悪事を暴くヒーローにもなれるし、妄信的な信者を生む教祖にもなれる。そう、知識があれば、何にでもなれるんだ……。」


「まさか、お前がマインドコントロールで……。」



一つだけ、一連の事件で後味の悪い解決をした事件があった。

集団自殺事件。

『神の国』が唆したものの、その自殺者たちは自らの意志で死を選んだ。

マインドコントロール説も一時は浮上したが、マインドコントロールという言葉自体にそもそもの信憑性がない以上、事件として扱うのは困難だ、ということになった。


その事件は、自殺志願者たちが集まって目的を達したもの。

そう、扱われた。

もっとも、そう指示したのが現在狙われている遠藤副総監なのだが。



「ひとつひとつ言葉を選んで、僕みたいに心の弱った人たちを呼び込む……。ただそれだけ。顔を合わせなく手もいい。手元にパソコンがあれば、それが出来た。僕は……『神の国』の教祖になれたんだ……。」


思わぬところで発覚した事実に、北条と虎太郎は絶句した。


「じゃぁ、あの集団自殺事件は、お前が……!」


「サイトで洗脳と言えば、もうひとつあるよ。急に人が凶暴化して他人を傷つけた、連続通り魔事件も……」



北条と虎太郎が、ハッカーを見る。

ハッカーは口許に笑みを浮かべ、話す。



「彼らは従順な信者だったよ。僕の話を少し聞いただけで、あんなにも思いどおりに動いてくれたんだから……。」


「野郎……!」


「待つんだ虎。ここで手を出したら相手の思う壺だよ。」


「ぐぬぬぬ……!」


 

たくさんの人が死に、たくさんの人が悲しんだ事件の首謀者。

目の前にいる、気の弱そうな細身の男は、好奇心だけで多くの人の未来を奪ったのだ。



「1発……殴らせろ。」



虎太郎が拳を固く握り、ハッカーに近づく。



「い、いいのかな? 僕に手を出したら、この扉は絶対に開かなくなるよ? それどころか……」



ハッカーが、ノートパソコンを開く。


「このどこかに仕掛けてある『かもしれない』何かを、このパソコンで起動させてしまうよ?」



小さく笑いながら、ハッカーがパソコンのエンターキーに指を添える。



「この野郎……どこまで卑怯なやつだ!」



虎太郎の怒りが、頂点に達した、その時……。



「変わってないなぁ……『フォックス』は。」


無線から、悠真の声が聞こえた。

それと同時に、ハッカーの背後の扉が不意に開く。



「……え?」



この状況をいちばん理解できていなかったのは、ハッカー本人であった。


「僕……解除してないぞ? なぜ……。」



動揺し、ノートパソコンを慌てて操作するハッカー。

しかし、それも……



「きっとパソコンの異常を探すために起動すると思ってたよ。」


悠真のひと声。

そして無線越しに、悠真が勢いよく何かのキーを叩いた音が聴こえた。



「あ、え……なんだこれ……!」


すぐにハッカーの顔色が変わる。

立ったままのパソコン操作では間に合わないと思ったのか、その場に座り込み必死にキーボードを叩く。



「待って……! 僕よりも早いやつがいるのか……?」



慌てふためくハッカー。

その様子を、虎太郎と北条は呆然と眺めていた。 



「おいおい、どうしたんだよ!」


「先に進んでないの!?」


ちょうどその頃、あさみと稲取が合流した。



「今の今まで、コイツに邪魔されてたんだ。それが、この様子でさ……。」


「そんなの、悠真に決まってるじゃない。」


「まぁ、そうだけどさ……。こんなに圧倒できるなら、コイツにいいようにやられて侵入されることも無かったんじゃね?」



虎太郎が持った疑問。

ここまでハッカーを完全に押さえ込むことが出来るのなら、侵入者などすぐに締め出せたのではないか? そう思ったのだ。


「それは、なかなか難しい話だよ……。」


虎太郎の疑問に答えたのは、北条だった。


「悠真くんとこのハッカーが、1対1で張り合うなら、それも可能だったはず。でもそれでは、侵入してきた輩から、警官たちを守ることは出来なかった。ハッカーたちは、次々と警視庁内部のシャッターや防火扉のロックを解きながら先に進んだ。でも、考えてごらん。そもそも、そういったシャッターの類は『最初から閉まっているもの』だったかな?」


「あ……。」


「そう、侵入者を察知した瞬間から、悠真君は一人でみんなを守るために戦っていたんだ。」


「だから、まだ副総監のところにたどり着いてなかったのか……。」


「それどころか、今のところ、警官たちに犠牲者は出ていないよ。」



北条の言葉で、虎太郎は悠真がどれほどのことを成し遂げていたのかを思い知った。



「その……ワリィ。何も知らない俺が偉そうなことを言った……。」


「いいんだよ。確かに、順番を間違えてしまったかもしれないし、もしかしたらもっといい方法があったかもしれないし。」



素直に謝る虎太郎を慰めるように、悠真が笑って見せる。



「お前……なんなんだよ! 勝手に人のパソコンに侵入してきて!」


ハッカーの感情は昂っていた。

自分が最高のハッカーだと思っていた矢先の出来事。

まさか自分のパソコンがハッキングされるとは、夢にも思っていなかった。



「なんなんだよって……ご挨拶だなぁ、『フォックス』。」


「な……どこでその名前を……。」


今度は、ハッキングされて使えないはずのパソコンから、悠真の声が聞こえる。


「覚えてないの? 昔、一緒に大きなシステムに侵入するタイムを競ったりしたじゃないか。ま、僕の勝ち越しだったけどね。」


「適当なことを言うな! 僕に勝ち越せるヤツなんて……え?」



ハッカーの言葉、そして動きが止まる。

どうやら心当たりがあったようだ。



「どうして、ここにいる……? まさか……」


「思い出したかい?」


「……まさか、『エース』か?」


「ご明察。」


「そ、そんな……。」



『エース』という言葉を聞いた途端、ハッカーはその場に座り込む。


「そんな……知らなかった。『エース』が警察にいるなんて……。もし知っていたら、こんなところに来なかった……。」



真っ青な顔で、呟くように言うハッカー。


「悠真……お前、そんなに凄い奴だったのか?」


「えー? 別に? ただのパソコン好きだよー。」



虎太郎の問いに、しらを切ろうとする悠真。

そんな虎太郎に、ハッカーが食って掛かる。



「エース……それは日本のハッカーの中では神のような存在。彼のようになりたい人は数えきれないほどいるんだ。そして彼に目をつけられたハッカーは……もうこの世界では生きていけないと言われている。もう、おしまいだ……。」



ハッカーはそう言うと、頭を抱えた。



「悠真……お前、凄い奴だったんだな……。」


虎太郎が思わず息を吐く。

もはや、ハッカーはこれ以上抵抗する気が無くなったのか、座り込んだまま頭を抱えていた。



「さて、コイツは確保……でいいんだよな?」


「うん。もう捕まえたところで出来ることはないと思う。」



念のため、ハッカーを捕えたことでなにか操作はされないか、悠真に確認を取る。

そして、悠真も自身のモニターをよく確認した上で、心配はないということを伝えた。



「よし、じゃぁ逮捕だ。殺人教唆、自殺幇助……他にもあるだろう? じっくり取調室で聞かせてもらうぜ。」



虎太郎が手錠を掛ける。


「さて、一旦コイツを引き渡しに行ってくるかな……。」


「その役目は、私がやるわ。」


「……?」



声のする方を振り返る虎太郎。

そこには、組織犯罪分析課長・秋吉がいた。



「おや、秋吉ちゃん! 久しぶりだねぇ、銀行立てこもり事件以来?」


北条が秋吉に歩み寄る。


「えぇ。あのときの被疑者は死亡したそうですね。」


「うん。最期まで野心家だったよ、彼は。」



狙撃手……高橋に射殺された、『F』。

都庁ジャック事件の前の、銀行立てこもり事件において、北条と共に交渉班に入った才媛である。



ほとんどの場合、この警視庁内で勤務することが多く、今回の事件は通常業務中に起こったものだった。



「司から話は聞いてます。先を急ぐのでしょう? それなら私が彼を預かるわ。」


「それはありがたいけど……、司って?」


冷静な判断力、そして時には非常な決断をも厭わないその姿から、時に『警視庁のマザーコンピューター』と呼ばれる秋吉だったが、そんな彼女が司のことを呼び捨てていることに、虎太郎は驚いた。



「あぁ……同期なのよ。よく一緒に食事や買い物に出掛ける仲よ。もちろん、灰島くんのこともよく知ってる。」


「司令と秋吉さんの組み合わせ……ヤバイな。」



司も秋吉も、人が振り返るほどの美貌の持ち主である。

そんなふたりが仲良く出掛けるところがなかなか想像できない虎太郎。



「ほらほら、雑談はあとにして、まだあと4人いるんでしょう?」



少しだけ和みかけた雰囲気を、秋吉はもう一度引き締める。



「この事件が無事に終わったら、皆で食事にでも出掛けましょう。とりあえず今は、犯人確保が最優先!」



「お、おぅ、……分かった。」



虎太郎は手錠を鎖に繋ぎ、秋吉に手渡す。



「得体の知れない奴らばかりよ。気を付けて。」


「あぁ、行ってくる!」



秋吉に背を押され、虎太郎達はそのまま奥へと進んでいった……。





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