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そして、この事件で心に傷を負った者が、もうひとり。



「裕二……もう帰ろう。ここにずっといたって、何も変わらないよ……。」



担任の教師に諭されても、湾岸ビル跡から動こうとしない、ひとりの高校生男子。



「もう、お母さんの葬儀も終わったんだ。あれは不幸な事故だったんだ……」


「不幸な……事故?」



当時の様子が、鮮明に浮かぶ。



お互いの買い物を済ませて、湾岸ビル前のカフェで待ち合わせて一緒にランチをしようと約束していた、そんな母が……。



「目の前に刑事が何人もいたのに、奴らは母さんを助けなかった。ビルが崩れるのにまだまだ時間があったのに、奴らは自分達だけ逃げて、目の前にいた母さんを見殺しにしたんだ。絶対に、許さない……。」



少年の目は、憎しみの炎で満ちていた。



「それでも、警察はよくやったと思うよ。これだけの商店街で、犠牲者が5人というのは、もはや奇跡だ。」


「先生……それでも、俺の母さんは死んだんだよ。それは事実だ。」


「あぁ……すまない。だが、警察を恨むのは違うよ。爆弾犯を恨むべきだ。警察は事件を阻止しようと、そして爆発による二次被害を食い止めようとしたんだ。それもまた、事実だよ。」



その事件以来、警察の評判は上がった。



湾岸ビル周辺の大惨劇を未然に防いだ、と。

ビル倒壊による被害者は、5名。

その周辺で働く人、そして商業施設を利用する人の人数を出してしまうと、『犠牲者5人』というのは奇跡的に少ない数であると言えよう。


しかし、その『5人』にも家族がいるのだ。

なぜ、たくさんの人たちの中で自分の身内がその5人に選ばれてしまったのか?


それは、もはや神のみぞ知る事なのかもしれない。



「何が奇跡だ……。本当に奇跡が起こるなら、母さんをこの世に戻してくれよ……。」



少年は小さく舌打ちをすると、そのまま湾岸ビルから離れていく。


「おい、待てよ!香川!」



担任は香川と呼ばれた少年をひとりにしないように、小走りでその背を追いかけた。



この少年こそが、やがて捜査一課に配属され、若手刑事のエースと呼ばれるのは、さらに数年後の話である。



そして、彼が悪の組織の幹部として暗躍し、その生涯を終えるのは、そこからさらに少しだけ先の話となる……。

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