9-6
その一方で、灰島はこの状況をどう打開するかを考えたいた。
生憎、拳銃は所持していない。
北条も同行の際持ってはいなかった。
これでは反撃に転じることはできない。
(俺が隙を見つけてあいつに突進するか……いや、この時点で俺がいちばんあいつから遠い。走っていく間に着火されたら、一貫の終わりだ……。)
灰島は、自身の身体能力にそれなりの自信があった。
しかし、いかに自信があろうとも生身の人間。
一瞬で10メートル近くの距離を詰めることは出来ないし、仮に挑戦したとしても、その隙に竹中に着火されては元も子もない話である。
(だとしたら……。)
咄嗟に、現在の全員の位置関係を把握する。
「やっぱり……そうなるよな……。」
灰島は、腹を括ることにした。
スマホを通話状態にし、話し始める。
「俺も、あんた達と同じだよ。」
「なんだと……?」
「俺も、警察に入るまでは天涯孤独の身だった。大切な妹を奪われ、自暴自棄にもなったさ。警察に入ったのも、そして捜査一課に配属希望したのも、本当は立派な警官になるためでもなければ、妹の仇を取るわけでもない……。」
少しずつ動いて、目的の位置に移動する灰島。
「……死に場所を、探していたんだ。妹を失ったら、もう俺はこの世にひとり。守るものもなければ、生きている意味もないってね……。」
(灰島くん……何を考えてる?)
突然話し始めた灰島に、北条は考える。
(身の上を話しての説得か?まぁ、今の彼には得策かも知れないけど……。)
灰島は、なおも続ける。
「そんな俺にも、守るべき人が出来た。俺なんかよりもずっと優秀で、荒事も得意で……。境遇が一緒なんだ。『あいつ』も事件で家族を失った。ひとりになっちまったんだ。」
(司ちゃんのこと、かな……?)
「だから決めたんだ。これからはもうひとりじゃない。一緒に寂しさや悲しさを分かち合えるようになろうって。無事に戻ったら言うつもりだ。一緒になろうって……。」
「灰島くん……。」
このとき、北条は後悔した。
ビルに入ったとき、もっと早い時点でこの事件が罠だと気づくことが出来ていれば、情報の発信元に違和感を覚えていれば、四課到着の報せに違和感を覚えていれば……。
そうすれば、灰島をこんな危険な目に遭わせなくて済んだかもしれない。
「……灰島くん、それは無事に帰ってから本人に言ってあげようよ。」
「……そうですね。だから俺は、ここで死ぬわけには行かないんだ!竹中!お前もそうだろう?」
必死に、しかし優しい口調で灰島は竹中に訴えかけた。
灰島の必死の説得。
「……大切な人のところへ、帰ろう。あんたの家には、警察の者を向かわせる。必ず助けてみせるから。」
「う……あぁ……。」
真摯に説得を続ける灰島に、竹中の心も動いてきた、そのときだった。
「……え?」
竹中の携帯に一通のメールが届いた。
「……あ……………!」
そのメールを見た竹中の顔面が蒼白になる。
その様子に、灰島が反応する。
「竹中……?」
竹中は、顔面蒼白のまま口許に笑みを浮かべ、携帯の画面を灰島に見えるように向けて見せた。
「……なんだよ……成功すれば助けるって、言ってたじゃねぇかよ……!話が、違うじゃねぇかよ……!」
ぶるぶると怒りに震える竹中。
灰島が目を凝らして画面を見ると、そこには……。
『時間切れ。先に天国で待たせとくよ。』
という文とともに、画像が添付されていた。
画像には、うつ伏せで倒れる母子の姿。
画像が不鮮明で良くは見えないが、それぞれ頭部に銃創が確認できた。
「なんて……ことだ。」
灰島が絶句する。
(酷いねぇ……。いったい誰がこんなこと……。)
北条も、画像を目を凝らしてみながら、現状の流れを読んでいく。
(長丁場になれば、僕か灰島くんが竹中を説得すると思っていた。それだけ、彼のメンタルは弱いってことだ。一定時間で家族を手にかける、そんなシナリオがもう、既に用意されていたんだ。家族は……最初から狙われていた……。)
北条の奥歯がぎり、と音を立てる。
(とりあえず、黒幕とかシナリオの話は後で考えよう。まずはここから脱出する方法をいち早く考えないと……。)
北条は、通話状態のままのスマホにきちんと音声が入るように、少し大きめな声を出す。
「まぁ、落ち着いて!それだけの爆弾があるんだ。このビルは大破する。そうなると周囲の施設にも被害が及ぶわけだからさ、少しだけ待ってよ。現着してる刑事達に、周辺の人たちを避難させるよう指示出すから。」
稲取には気づいて欲しい。そう願って竹中に言うふりをした。
ビルが湾以外の方向に倒れでもしたら、その近辺にある建物も倒壊してしまう。
「もう、何人死んだって良いじゃねぇか。俺と、俺の家族だけ死ななきゃならねぇなんて、不公平だ……この際、みんな巻き添えにしてやろうじゃねぇか!」
もはや、竹中は聞く耳を持たなかった。
爆弾を起爆させないと言う当初の狙いは、もう果たせないだろう。
北条は、次のプランを必死に模索する。
「……頼むよー。これだけ切羽詰まった状況、久しぶりなんだからさぁ。」
そう言うと北条は、苦笑いを浮かべた。
「こりゃぁ……まずいぞ……。」
北条との通話を繋ぎっぱなしにした状態で、ビル内の状況を聞いていた稲取の顔が青ざめる。
「おい、一課全員……いや、近場の派出所、交番の警官や消防も引っ張り出せ!湾岸ビル周辺の建造物にいる人間を全員退避させるぞ!」
稲取が大きな声で叫ぶ。
「了解!!」
洗練された刑事達からなる捜査一課。
あるものはすぐに避難誘導に動き、またあるものは無線や電話を使って各部署、消防署、交番などに連絡を入れる。
「とは言え、呼んですぐに来るもんじゃねぇ……もう少しだけ粘ってくれよ、北条さん。自分達も逃げることを忘れるなよ……!」
稲取がビルの様子を確認すると、まだ何も起こっている様子はなかった。
1階、入口の中には数名の人影も見える。
「あれが……きっと北条さん、灰島と犯人グループだな……。」
どうにか近づいて全員をビルの外へと引っ張り出したい。
しかし、下手に動いて犯人を刺激してしまえば、避難誘導よりも早く爆弾に着火させてしまうことになりかねない。
「家族が殺されて、自棄になる気持ちも分かるよ!」
そのとき聞こえてきたのは、北条との通話の内容だった。
「誰か……殺されたのか?」
途端に緊張が走る。
爆弾を持つ犯人の周囲で、人が死んだのか?
しかし、銃声もしなければ争う声も聞こえてこなかった。
「くそ……やり取りが出来ないって言うのが、ここまで不便とはな……。一方通行の通話が痛いぜ……。」
小さく舌打ちをする稲取。
「稲取!状況はどうだ?」
ほどなくして、捜査四課の熊田と司もビル前に到着した。
「中にはまだ犯人グループと北条さん、灰島がいる。犯人のひとりが爆弾を持っていて、このビル吹っ飛ばすとか言ってやがる。一課全員と、周辺の交番や消防にも連絡して、これから近隣にいる人間の避難誘導にあたる。そっちは?」
「おう、鬼神会がこの周辺に出張ってきたという情報自体がどうやらデマだったらしい。鬼神会の奴ら、ほとんど本部でのんびりしてやがった。」
稲取と熊田が、お互いの情報を共有する。
「俺と新堂以外の四課も避難誘導にあたらせる。」
熊田も速やかに部下に指示を出し、近隣の人達の避難誘導に向かわせる。
「あの、私は……?」
司が熊田に訊ねた。
自分も捜査四課の人間。
熊田が四課員に指示を出すのであれば自分も動かなければならない。
「お前は……そうだな……えー、俺の助手だ。」
「……助手?」
「ほら、あれだ。俺がぶちギレてひとりで突入しないように見張る奴だ。」
あまりにも適当な理由。
しかし、そこには大切な人を目の前で助けてやるという熊田の優しさがあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます