4-13

大金庫のある部屋に着いた、北条と虎太郎、そして古橋。

そこには、あさみが待っていた。



「私が見つけたときには、もう死んでた。死因はこれね。」



遺体の右手には、ショットガンが握られている。

そして、その傍らには遺書のようなものが落ちていた。

北条が、そっとその遺書のようなものを手に取り、開く。



「もう、この計画は失敗だ。きっと逃げ道もない。一人で犯行を計画したのが間違いだった。共犯者も殺してしまった。もう、死ぬしかない。みんな、ごめんなさい……」


まるで殴り書いたような文。



「こんなに酷い殴り書きじゃ、年齢なんかもわからないな……。」


虎太郎が目を細めながら文字を見て、そうつぶやく。



(おかしい……。胸部ったって急所からずれている……。)


(線状痕はついているのだろうか……?)



北条と古橋が、遺体の死因……胸部にある銃創を見て考え込む。



「ねぇ志乃ちゃん、雪ちゃんまだ?」



監察医に診断してもらうのが一番確実。

北条は、監察医である桜川の到着を待つ。



「着いたっスよ~」



この緊張した状況に、直後響く気の抜けた声。

ゆっくりと階段を下りてきたのは、白衣姿の監察医・桜川 雪だった。



「おー雪ちゃん、すまないねぇ。ちょっと気になることがあってさ。」


「構わないっス。私が力になれることがあれば幸いっスよ~」



桜川は、北条に笑みを向けた。



(この人、ものすごい美人なんだけど、話し方が独特だよな~)


桜川を見て、虎太郎が苦笑い。

彼女、整った顔立ちに均整の取れたプロポーション。

しっかりと身なりを整えれば、途轍もない美女なのだが、いかんせん本人、監察医の仕事に夢中になりすぎて、自分のプライベートの時間もないほどである。


見合いの話は何度もあるのだが、28になった今でも結婚願望は欠片もない。


ゆえに、常にくたくたの白衣を身にまとい、ぼさぼさの長い黒髪を無造作に一つに結んでいる、そんな状態なのだ。



「早速、診ても良いっスか?」


「あぁ、さっそく頼むよ。」



北条に頼まれ、桜川は遺体の横に膝をつく。

しっかりと両手を合わせ、目を閉じる。

北条ら現場にいた面々も、桜川に倣うように目を閉じ、手を合わせた。



「ちょっとだけ失礼するっスよ……。痛かったでしょうねぇ。すぐに終わらせて、家族のところに帰りましょうね~……。」



ゆっくりと話しかけるように遺体に声をかけながら、桜川は遺体の傷を小さなものから大きなものまで細かく診ていく。



「北条さんの見解は?」



「聞いた話だと、ここ、大金庫で自殺。そのショットガンで胸部を撃ち抜いたので即死、かな。でも『僕は違うと思っている』よ。」



はっきりと自信をもって北条は桜川に答えた。



「……当たりっスね。」



北条の見解を聞いた桜川は、傷跡を見ながら、小さく呟く。



「これ、自殺に見せかけた他殺っス。」


「……やっぱりね。」



桜川の見立てに、北条が苦い表情を見せる。



「このショットガン、鑑識に見てもらえば確定っスけど、おそらくこの遺体のもので間違いないっス。ほら、ここ……。」



桜川が、ショットガンの柄の部分を指さす。

柄の部分には、擦り傷によって出来た血の痕がついている。



「おそらく、一度この遺体の人はショットガンを撃ってる。発射時に結構な衝撃がある銃もあるので、グローブなしではこんな風に擦り傷になることもあるっス。」


「じゃぁ……それ、自殺したときにできた傷なんじゃね?」



虎太郎は、素朴な疑問を桜川に投げかけた。

しかし、桜川は首を振る。



「普通に考えればそうっスね。でも、それは違う。その理由は、この遺体の胸の致命傷にあるっス。」



桜川が、遺体の胸の傷跡を指さす。



「虎太郎さん、もし自分が一思いに死んでしまおうと思ったら……。」


桜川は、大金庫近くの警備デスク上に置いてあったものの中から、おそらく警備員が行員にもらったであろうカレンダーを手に取り、細長く巻くと虎太郎に渡す。



「……さぁ、どんなふうに銃を撃ちます?」


「え?こうか……こう?」


虎太郎は、丸められたカレンダーをショットガンに見立て、自分のこめかみと、心臓のあたりに当てた。



「そう、それっす。」


桜川は、虎太郎のしぐさを見て、小さく頷く。



「この人、自殺するには銃を向ける位置が甘いっス。ここ、確かに胸部だけど……。」


「あ……。」


「うん、『急所ではない』ね。



銃創が出来ていた部分は、胸骨と鳩尾の中間あたり。

普通の拳銃であれば、助かる可能性も出てくる場所である。



「自殺するなら、できるだけ苦しまずに一思いに死にたい。つまり即死を望むのが普通っす。でも、ここじゃ……辛うじて『即死にならない』。そして、ショットガンって、たくさんの小さな銃弾を一度に放ち、相手に致命傷を負わせる銃。銃創は複数になるんス。ほら……こんな風に。」



桜川が遺体の胸部の傷を虎太郎に見せる。



「お、おぉ……小さな銃創がたくさんあるな……。」


「それが、おかしいんスよ。自殺するなら、胸に銃口を『押し当てる』。つまり、弾丸が散らばる前にヒットする。つまり、銃創は大き目なものがひとつだけ。これがショットガンで自殺する人の、一般的な銃創っす。」


「おぅ……よくわかんねぇけど、これは違うな……。」


「えぇ、ショットガンの弾丸は、銃口から離れたところで少しずつ拡散していく。つまり、この銃は、『遺体から少し離れた距離から撃たれ、弾丸が拡散し始めた頃に着弾した』ということっス。つまり……」


「他殺、ということだね。」



桜川の説明に、北条の表情が険しくなった。


「で、でもよ……他殺だったとして、誰が殺したんだよ?……犯人だろ?」



倒れている遺体は、今回の立てこもり事件の犯人である可能性が高い。



「犯人は、たぶん彼の他にいた。」



北条は、手袋をつけてから遺体の側に置いてある遺書を拾い上げる。



「共犯者も殺してしまった……ね。」



この一文が、どうしても北条は気になっていた。



(いつ、殺したんだろうねぇ……。)



「……北条さん?」


ずっと考え事をしている北条に、虎太郎が声をかける。

北条は、スーツの内ポケットから携帯電話を取り出す。



「もしもし、稲取くん?……人質はみんな保護できた?……うん、うん。ちゃんと住所と電話番号、取れたよね?じゃぁさ、『最初に犯人に接触した人物』は?」


なにやら気になるところがあるらしく、北条は電話で人質についての詳細を稲取から聞く。



「あと、出来れば最初に射殺されたホトケさんの身元と顔写真も……。うん、画像で送信してくれれば構わないよ。あとさ……」


北条の表情が険しくなる。



「身分証も見たよね?……解放した人質に、1件ずつ電話、かけておいてよ。……なんで?必要だからだよ。警察の威信に関わる大仕事だよ。」



そこまで一方的に話すと、北条は通話を切り……。



「志乃ちゃん、悠真くん、銀行から出てきた人の中で、刑事・警察官の保護をかいくぐった人はいないか、画像でチェックしてみて。あと、画像解析できれば防犯カメラとか使って、人質の顔の画像も……。」



「え?……了解しました……。」


「うーん……僕、防犯カメラ見てたけど、一課を中心に人質は漏らさず保護してたと思うんだけどなぁ。まぁいいや、りょーかい。」



突然の指示に、志乃と悠真も戸惑ったが、すぐに作業に入る。



「北条さん?どうしたんだよ、様子が変だぜ?」



ひとり神妙な顔をする北条に、虎太郎が声をかける。



「ダメだねぇ。歳を取るとさ、いろいろと心配ごとが増えるんだよね。そして、残念なことにその心配ごとって……。」



(……良く当たるんだ。)



「……なーんでもない。さぁ、犯人と最初に接触した人の話を聞きに行こう。オジサンの心配が杞憂に終われば、それに越したことはないさ。雪ちゃんも同席してもらって良いかな?」



北条は、いつものように余裕のある雰囲気に戻り、笑みを浮かべながら虎太郎と桜川に話す。



「わ、私もっスか?もちろん構いませんけど……。」


「うん、ひとつだけ診断して欲しい遺体があってね。さ、銀行に戻ろうか。」



北条には、何か心当たりがあるようだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る