3-6

「ワリィ、待たせた!!」


「いいや、俺も今来たところだ。」



虎太郎と辰川が台場テレビ局前に着いたのは、ほぼ同時刻だった。

ふたりはエントランスへ急ぐ。

日本屈指のテレビ局なだけに、中は広く整然としている。



「警察の者です。この建物を少し調べさせて欲しくてね。」



辰川が素早く受付に向かうと、警察手帳を広げて事情を話す。


「調べる……ですか?」


「あぁ。ちょっと不審物があるというタレコミがあってね。無いに越したことは無いんだが、念のため確認させてほしくてね。」


「かしこまりました。上の者に確認いたします。少々お待ちを……。」


「あいよ、すまないね。」



受付嬢が内線電話で上司に連絡を取っている。



「早くしてくれよ~」


その様子を、今か今かと待つ虎太郎。



「まぁまぁ、こっちがいきなり押し掛けたんだ。気長に待とうや。爆弾処理は平常心。いかに早く見つけたところで、気持ちが急いていたら解除なんて出来ないものさ。」



辰川は落ち着いた面持ちで状況を見守る。



「でも!見つけるのに時間がかかったら、その分解除の時間だって……」


「まぁ、そうだよな。でも不思議なもので、爆弾ってなぜか余裕をもって見つかるんだよな。ホント、それは不思議。」



辰川の表情に焦りの色は全く見えない。



「まぁ……辰川さんがそう言うなら……。」



これも、経験からくるものなのだろう、と虎太郎も気持ちを落ち着ける。

何故か、辰川を見ていると不安よりも安心感の方が良く感じられる。

彼なら大丈夫、きっと何とかしてくれるという気持ちになるのだ。



「お待たせしました。是非ともお願いしますとのことでした。何かあった際はこちらに電話して欲しいという事です。」



ほどなくして、受付嬢が辰川に1枚のメモを渡す。

そこには、『室長・小林』という名前と、室長の電話番号が書かれていた。



「内線の番号ではなく、携帯の番号を渡してくれるあたり、警察の捜査が何たるかを解ってるねぇ。ありがたくいただくよ。」



辰川は受付嬢からメモを受け取ると、



「さぁて始めるぞ。犯人のメールの内容からして、空振りはあり得ない。きっと何らかの規模の爆弾がこの局のどこかに隠されている。出来るだけ早めに探すぞ。」


「……おう。」



爆弾の捜索は初めて。

しかも、見つけたところで解除は自分には出来ない。

そしてそれは、容赦なく人の命を奪う代物。


虎太郎の身体に緊張が走る。




「大丈夫だ。俺がついてる。」



辰川は、虎太郎が緊張していることを悟り、力強く虎太郎の背を叩いた。



「おかしなものを見つけたら、すぐに携帯で写真を撮れ。そして無線ですぐに報告だ。それだけでいい。」



「……了解っす。」



こうして、テレビ局内の捜索が始まった。


虎太郎は東側、そして辰川は西側を1階から捜索していく。

会議室、事務所、そして展示用の部屋まで、虎太郎と辰川はくまなく捜索する。



そして……。



「こ……これか?」



東側・1階と2階の間の機械室の中で、虎太郎は大型の爆弾の様なものを発見したのだった。



すぐに自身の携帯で写真を撮り、辰川の携帯に送信する虎太郎。



「辰川さん、もしかして……これか?東側の機械室の中だ!」



無線ですぐに状況を報告する虎太郎。



「わかった!すぐに行くからその場に人を近づけるな。解除はするが、もしものことも考えられるからな。被害は最小限にとどめたい。」


「了解!!」



辰川は西側から虎太郎の待つ機械室へ急ぎ、そして虎太郎は機械室内の内線電話で受け付けに電話、室長室へ連絡を頼み、同時に東側階段に人を近づけないよう指示を頼む。



「都内各地でもいくつか小規模の爆弾が見つかっています。そちらには、現・警視庁の爆弾処理班が随時出動しています。」


志乃が現況を無線で辰川と虎太郎に知らせる。



「そうか!!今の爆処理が動いてくれてるなら、これほど安心できることは無い。こっちはこっちで、出来ることから処理していくぞ!!」



西側から疾走しながらも、辰川には安心感が生まれつつあった。

今回の事件はひとりではなく、協力して捜査できている。

犯人は、おそらく単独犯。

しかし、こちらは複数で事件の解決を目指している。

如何にたくさんの爆弾を仕掛けようとも、大勢で処理していけばいずれ爆弾は根絶できる。



「……え?」



しかし、そんな安心感は志乃の一言で不安へと変わる。



「豊洲で……大型の爆弾が発見されたそうです。爆弾処理班は、2か所の爆弾解除に人員を割かれていて、豊洲に到着できるのは、早くて2時間後……。」


「え……?」




大型の爆弾は、おそらく虎太郎が見つけたこの台場の爆弾と、豊洲の爆弾の2つなのだろう。しかし、爆弾処理班が動けないという事は、彼らが当たっている2か所の爆弾も、中型または大型に準ずる規模のもの。処理をしなければ多くの人命に危険が及ぶものなのだろう。



「ちっ……とりあえず、俺たちはこっちの処理を急ぐ……虎、着いたぞ!!」



辰川の表情に焦りが見え始める。

虎太郎のいる場所に辰川が合流し、その目の前に置かれている爆弾を見る。



「こ……これは……。おい志乃ちゃん、豊洲の爆弾、タイマーは何時間だ?」



辰川の額に汗がにじむ。

その様子からも、虎太郎は察した。



(この爆弾……なかなかヤベェんだろうな……)



少しばかりの間。

そして志乃から返事が来る。



「3時間45分……。」



この返答に、辰川は床を力いっぱい殴る。



「無理だ。俺たちは行けない。この爆弾……解除に3時間だ。」


「な……マジかよ……。」



辰川と虎太郎は、呆然と目の前の爆弾を見つめた。



「辰川さん、メールが来ました!」



呆然と目の前の爆弾を見ていた辰川に、志乃が告げる。


「犯人からか?」


「おそらく……。アドレスは前回のメールと違いますが……。」


「送ってくれ。」



ほどなくして、辰川の携帯にメールが届く。



「……ふざけやがって……。」



そのメールを読んだ辰川が、奥歯をぎり……と噛み締める。



ーーー無能な過去の英雄よ、時には命の選別も必要だ。どうしても全ての命を守れないとき、優先すべき命を選択することも、正義のためには必要だった。お前はその選択を誤ったのだ。残された人間の苦しみ、悲しみを味わうがいいーーー



「命の……選別だと?ふざけやがって……!」



わなわなと、辰川が怒りに震える。

しかし、現状の打開策は見えてこない。



「志乃さん!他に爆弾処理出来そうな人はいないのか?爆処理以外に、爆弾処理の知識のある人はいないのか!?」



すがるように虎太郎が志乃に問う。

しかし、志乃は沈黙するばかり。



「うーーん、爆弾マニアのサイトとか片っ端から見てるけど、コイツらが処理まで出来るとなると疑問だね。ここの住人って、自分の興味のあるタイプの爆弾についてはよく語るけど、実際に実物を目にすると怖じ気づいちゃうパターン。」



なんとか志乃のサポートをしようとパソコンに向かう悠真も、ため息混じりに言う。



「手詰まりってことかよ……!」



虎太郎が、表情に悔しさを滲ませる。


その時だった。



「電話……俺に?」



ポケットの携帯が鳴っているのに、虎太郎は気付いた。

その画面を見て、虎太郎が驚きと喜びの混ざった表情を見せる。



「北条さん……!?」


「ごめんよー、なかなか体調が戻らなくてねぇ。歳はとりたくないってもんだ。志乃ちゃんと司ちゃんからだいたい話は聞いているよ。」



北条の声を聞くと、不思議と落ち着く虎太郎。


「もしかして、北条さん爆弾処理出来んのか?」


「ううん、ムリ。」


「お、おぉ……。」



なんとなく北条なら、と期待してしまったが、北条は即答だった。



「でもね、『あっち』に応援を依頼したよ。でも『民間人』だから後で始末書ものかもしれないけど。」


「民間人だって?北条さんそりゃまずいだろ。今、悠真とそういう話をしたばかり……」



北条と虎太郎が電話をしている間、辰川の携帯にメールが届く。



「……大丈夫だ虎。北条の送ってくれた応援は、民間人でも『最強の助っ人』だぜ。」



辰川に送られてきたメール、その内容は……。



ーーー豊洲は任せろ。この西尾様がチャチャっと処理しておいてやる。辰川は自分の持ち場に全力で当たれ。この事件が終わったら、焼き肉でも奢れよな!ーーー



北条が虎太郎に電話をしたのとほぼ同じタイミングで、辰川の携帯にメールが届く。


そのメールの主に、辰川は心当たりがあるらしく、



「よーし虎、こっちの爆弾の解除に集中するぞ!」



……と、虎太郎、辰川が直面している目の前の爆弾の解除を始めようと準備を進める。



「……大丈夫なのかよ?民間人なんだろう?」



それでも、虎太郎の不安は拭いきれない。

辰川に、メールの主の事を訊ねる。



「あぁ、民間人さ。『今は』な。」


「今は?」


「あぁ。西尾は俺と同じ、爆弾処理班にいた男だ。俺と西尾、そして中山の3人は、当時の爆処理の中でもトップクラスの爆弾処理率でな……っと、自慢するつもりはねぇが、西尾が解除してくれるってんなら、豊洲は安心だ。あとは俺がやらかさないように、集中してこっちの爆弾を解除するだけだ。」



絶対的な信頼感。

辰川の表情から焦りが消えたのを見て、虎太郎もようやく落ち着いた。



(辰川さんがあそこまで言うんじゃ、きっと大丈夫。でも……)



虎太郎の胸に、引っ掛かるものが残っているのも事実だった。



(命の選別……。ってことは、10年前の事件で辰川さんが間に合わなかった爆弾があったってことか?いや、だって爆弾処理班には、西尾さん、中山さんってエース級が3人いたんだろ?3人いても、間に合わなかったってことか?)



胸騒ぎがした。



「なぁ、志乃さん、10年前の事件のこと、俺に分かりやすく教えてくれねぇか?当時の被害者の人数、被害者リスト、事件現場……分かる限りのデータを全部、俺の携帯に送って欲しい……。」


「え……分かった。出来るだけ簡潔にまとめて送るわ。」


「助かる!」


辰川が爆弾処理の準備を整えて爆弾の前に座ったその頃、虎太朗の携帯にも志乃からのメールが届く。



「虎太郎くん、今送ったわ。簡潔に事件の概要、発生時刻、その場所での被害者一覧、地図をまとめて送ってある。」


「サンキュー志乃さん!」


虎太郎はすぐにメールを開く。


「すっげぇ事件だったんだな……。」



10年前の事件は、計22ヶ所に設置された爆弾の爆発事件。

犯人からの犯行声明があったものは、うち12個。

実に10個もの爆弾が予告なしで無慈悲に爆発し、多数の犠牲者を出したのだった。



「10年前の事件を調べてるのか?」



真剣に携帯の画面に食い入る虎太郎に、爆弾の解除を始めた辰川が問う。



「あ……辰川さんの解除中だった……」


「まぁいいさ。解除は俺ひとりだ。お前は退避してても良いんだぞ?」


「いや、俺は辰川さんの横で事件の調べものしとくよ。もしかしたら何か分かるかもしれない。」



今回の事件、虎太郎はきっと10年前の事件と何か関係がある、そう踏んでいたのだ。

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