3-4

喫茶店の向かい側のビル―――渋谷中央ビル。


虎太郎と辰川が辿り着いた時、その光景は目を疑うものだった。



「マジ……かよ……。」



エントランスでは逃げ惑う人々でごった返し、皆それぞれパニックに陥っている。


「とりあえず、エントランスは無事そうだ。ここは所轄の警官たちに任せて、爆発した現場に向かう!!」



辰川は、まっすぐに爆発現場へと向かう。

エレベーターは使えない。

階段を駆け上がって爆発の起きた階、8階へ向かう。




「はぁ、はぁ……辰川さん、何となく、現状が分かるのか?」


「あぁ……俺の予感が正しければ、これから先に見えること、これから先に起こることを、俺は『知ってる』……。」



虎太郎の問いに、辰川は唇を噛みながら苦々しく答える。




ようやくたどり着いた8階。そこは……。



「ひでぇ……。」


まさに、地獄絵図だった。

もう既に、見ただけで絶命している人が10数人。

息も絶え絶えの人が数十人。


放っておけば命の危険にさらされる人も数人。



「辰川さん……!!」


虎太郎が、辰川に視線を送る。

虎太郎の目に映った辰川の表情は、まるで鬼のような形相だった。



「ふざけやがって……何もかも『あの時』と同じじゃねぇか……。」



10年前に起こった、連続爆破事件。

始まりは、この渋谷中央ビル。

そして現場もこの8階だった。



「舐めやがって……。」



辰川が奥歯を噛み締める。



「もし、『あの時』と同じなら……。」



辰川の足が、自然と動いた。


「おい辰川さんどこ行くんだよ!!ここの人たちは?」



虎太郎が辰川を呼び止めるが、辰川にその声は聞こえていないようだ。



「虎太郎君、辰川さんについていって!消防車、そして救急隊員を手配したわ。数分とかからずにその階の人たちの救助を始めます。」


戸惑う虎太郎に、志乃が無線で話す。

その手際の良さに、虎太郎の気持ちが少しだけ軽くなる。



「志乃さん……ありがとう!」



「辰川さんを助けてあげて。10年前の事件……私も詳しくは知らないけど、その事件で辰川さんが酷く傷ついたことだけは司令に聞かされた。同じ苦しみを……仲間に味わわせるわけにはいかないでしょう?」



志乃が諭すように虎太郎に言う。



「あぁ……もちろんだ!!」



辰川は既に虎太郎のはるか前方を走っている。

虎太郎は全速力でその後を追った。



8階から9階に向かう、その途中。

階段の踊り場付近で、辰川が足を止める。



「……辰川さん?」


そんな辰川に追いついた虎太郎が、不思議に思い声をかける。



「あの時と同じなら……。」



辰川は、そのまま踊り場に併設されたブレーカーの設置されている小部屋に入った。


「やっぱり、ここだったか……。」


「マジか……!!」




そこには、等間隔で電子音を刻む機械が設置されていた。


「辰川さん、これって……。」



機械を見た瞬間、虎太郎の表情が凍り付く。

即座に理解した。

これは、『爆弾』であるという事を。



「あぁ、時限式の爆弾だな。ちっ……こうなると分かっていて丸腰で来ちまった。」



辰川が舌打ちする。

その表情から、虎太郎はその爆弾が本物であることを悟る。



「解除……出来んのかよ、辰川さん……。」


「無理だ。」


「え?」


「……丸腰のままじゃあな。そこで虎、頼みがある。」


辰川は慌てる様子もなく、自分の手帳に何かを書き込む。

そして、書き込み終わるとそのページを破いて虎太郎に渡した。



「これ、集めてきてくれ、出来るだけ早くだ。」


「ゴム手袋、ペンチ、ガム……?」


「あぁ、解除に必要なものだ。お前の行動次第で、今後の犠牲者を0に出来るかもしれん。頼めるな?」


「あ、あぁ……。」



つい先ほどまでの、気楽な雰囲気はもう形も見えない。


「このビルの中で、おおよそ手に入るはずだ。その間に俺は図面でも書いて解除の手順を調べておくさ。」


「……了解!!」



このような切羽詰まった状況でも、冷静に現状を分析し、虎太郎に不敵に笑って見せる辰川。

その姿に頼もしさを感じた虎太郎は、辰川にすべてを賭けてみようと思った。



「わかった!!ダッシュで集めてくる!!」


「おー。任せたぞ!」



お互い言葉を交わすと、虎太郎は部屋から飛び出す。

そして、辰川はいちばん外側のカバーを開け、爆弾の中の様子を確認する。



「ちっ……この爆弾も『あの時』と同じかよ……。」



思わず辰川が苦笑いを浮かべる。

そして、10年前の爆弾事件を模倣したものかもしれないと勘付いた時点で、辰川は虎太郎に物資の補給を頼んだのだ。


『もし、あの時と同じ形式の爆弾であれば、簡単に解除できる。しかし、少しでも早く解除しなくては、今後の爆弾解除の時間が無くなってしまう。』



辰川の頭の中には、10年前の爆弾の場所、解除の仕方、解除までにかかる時間まで、前回の事件のことは充分覚えていた。



(あの時のミスを挽回できれば……、10年前ほどの犠牲を出さなくて済む。)



犯人を逮捕し、事件を解決した辰川だったが、当然悔いも残った。

犯罪など、あらかじめ予測などできないもの。

未然に犠牲を防ぐなど、預言者でもない限り不可能である。


それでも、当時の事件で犠牲者を数多く出してしまった、その負い目を辰川は感じていたのだ。



「もし、今回の犯人が、ただ10年前の事件を模倣しただけってんなら……、完全に防いでやるよ。俺は、事件のことを忘れたことは一瞬たりとも無い。そう、一瞬たりともだ。」




―――――――――――――――――――





「ワリィ待たせた!!頼まれてたもの持ってきたぜ!!」



5分ほどで、虎太郎が頼まれたものを持ち辰川の元に戻ってきた。



「おぉ、上出来じゃねぇか。5分で全部集めるなんて、さすがだぜ。」


正直、15分はかかると思っていた辰川は、その虎太郎の行動の速さに感心する。


「出来そうか?」


「もちろんだ。これだけ道具が揃ってれば、10分もかからずに解除できるぜ。そこで、虎……次の頼みごとをしても良いか?」



辰川は、このビル内での爆弾処理は成功すると踏んだ。

そして、今回の事件の犯人は、10年前の連続爆破事件を模倣しようとしている。それなら……。



「此処から1キロ南にある大きな公園、そこの入り口付近のゴミ箱に、おそらくプラスチック爆弾が入ってる。10年前、俺がここの爆弾を解除してから30分後に爆発したから、今から行けば充分間に合う。……頼めるか?」



10年前の事件、辰川が爆弾処理に追われ、それを嘲笑うかのように、いくつかの爆弾がギリギリ間に合わないところで爆発し、辰川の目の前で死傷者が出た。

以前のような悔しい思いは、もうしたくない。



「10年前は俺はひとりで突っ走ってた。でも今は違う。虎……お前のような頼れる相棒がいるんだ。」


そう言うと、辰川はゴーグルを装着し煙草に火をつける。

虎太郎は、そんな辰川が自分を信頼してくれていることを察した。



(辰川さん、俺に公園のことを完全に任せて、爆弾処理に集中するってことか……。)



虎太郎の返事は、もう決まっていた。



「……おぅ、任せとけ!!逐次無線で連絡する。10年前のことを俺はあまり知らねぇ。だが体力なら自信があるから、どんどん俺のことを無線で動かしてくれ!多少の無理なら根性で何とかしてみせる!!」



辰川の期待通りの返答。


「ふっ……120点だ。お前を頼らせてもらうぞ。じゃぁ、まずは公園だ。プラスチック爆弾は小さい。そのまま近くの池に投げ込んでやれば被害はないだろう。だが小さいとは言え爆弾は爆弾だ。注意しろよ。」


「了解!!」



辰川が注意を促し、それに虎太郎が返事をしたところで、虎太郎は弾けるように階下へと飛び出して行った。



「1キロ?10分以内に着く!!」



その後ろ姿を見つめる辰川。



「……速ぇぇ……。これなら安心してこっちに集中できそうだな。」



辰川は、目の前の爆弾のカバーを開ける。


「……捻りがないねぇ。模倣するだけなら、簡単に解除できるって容易に予想できただろうに……。」



手早く爆弾のコードを斬り、電極にガムをつける。

迷いのない解除作業。

爆弾は、15分ほどであっさりと解除された。



「これで……よし、と。」



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