SEVEN~警視庁特務課~

桂木 京

第0話:警視庁特務課


「次の路地、右に曲がりました。ホシとの距離は、約800メートルほどです。」



澄んだ声の女性オペレーターが、無線で的確な情報を送信する。



「了解!……800メートルか。それならすぐ追いつくな。待ってろよ犯人め、ボッコボコにしてやるぜ!!」



無線をキャッチしたのは、若い男性。かれこれ40分間、犯人を追い続けている。



「ねぇ……志乃しの……ちゃん、どうしても……走らなきゃ、だめ、かなぁ……?」


その後方500メートルほど、息も絶え絶えに走る細身の中年男性が、無線越しにオペレーターに問う。



北条ほうじょうさん……走らなければ追いつけません。ホシも必死ですから……。」


志乃と呼ばれたオペレーターが、ため息混じりに中年男性に無線を飛ばす。



「そうだよねぇ……でもさ……もう40分だよ。50過ぎたオジサマにはちょいキツイ……。」



ふらふらと右へ左へ蛇行しながら、それでも必死に走る中年の男、北条。



「おい北条さん!!死ぬ気で走れよ~!犯人逃げちまうだろうが!!」


先を行く若い男性も、振り返って北条に向かって叫ぶ。



とら……君までそんなことを言うのかい……ほら、もう行っちゃってよ、ささっと捕まえちゃってよ。その頃きっと追いつくからさぁ……。」



話せば話すほど息が切れる。

もう北条は酸欠寸前だ。



「北条さん、あと200メートル先、左に曲がってみ?道は狭いけど近道だよん」



そんな北条に天の声。

本部内から若い男が、無線で北条に最短距離をアドバイスする。



悠真ゆうま~!君は本当に良い奴だ~」



助かった、とばかりにすぐ先の道を左に曲がる北条。



「北条さんはこれで7分、虎太郎こたろうさんとの合流が早まりました。」


志乃の声に、青年が文句を言う。



「……んだよー、近道があるなら先に言えよな、悠真!!」


「えー、虎さん体力バカじゃん、結局犯人に追いつくじゃん。」


「逮捕は早いほうが良いじゃねぇか!!」



虎太郎と悠真の問答。



「……そろそろ遊ぶのはやめなさい。虎太郎、大通りに出る前に確保しなさい。北条さん、虎太郎が無茶しないようにサポートを。」



そのやり取りを遮るように、凛とした女性の声が無線で流れた。



「必死にやってるよ!!了解!大通りには行かせねぇ!!」


つかさちゃん、もっと年寄りを労わってよ……。了解、間に合ったらサポートするよ。」



凛とした声の主は、北条と虎太郎の上司でありこの組織の司令官、新堂 司しんどう つかさである。

北条と虎太郎は、司の指示に返事をすると、犯人との距離をそれぞれ詰めた。



「おら、観念しろや!!」



犯人と虎太郎の距離は、もう数メートル。

しかし、犯人も諦めない。



「観念してたまるか!こちとら人生かかってんだよ!!」


「バァカ!俺たちに追われてる時点で人生おしまいなんだよ!!」


「見逃せ!!」


「アホか!!」



もはや手の届く距離。

それでも諦めない犯人。



「こうなったら、1対1タイマンだ!それならまだ望みはある!」


「あ?舐めんなよコラァ!」



虎太郎と犯人の罵り合い。



「はぁ……なんか警察官って感じじゃないですよね、虎さん……。」


「志乃ちゃん、そんな分かりきったことで落ち込まないでさ……。あ、ほら、もうすぐ北条さんが到着するよ!」



悠真の指示した道順通りに走った北条が、ようやく犯人の前方に立った。


「タイマンじゃなかったら、どうなるかなぁ……はぁはぁ、ふぅぅ……。」



しかし、もう息も絶え絶えである。



「そんなフラフラなオッサンが来たところで、大して怖くねぇよ!!」


「……うんうん、ごもっとも。」


「……悠真くん!」



司令部では志乃と悠真が漫才をしているかのようだ。

しかし、そんな中でも司令官の司は冷静に指示を出す。



「ここまでの逃走劇で、犯人も気持ちが昂っているわ。何をするか分からないから、気を引き締めてかかりなさい。」



一瞬で場を引き締める司令官・司。

彼女がいるからこそ、この選りすぐりのメンバーたちがまとまっていると言っても過言ではない。



「……じゃぁさ、昇った血の気を下げちゃえばいいんでしょ?司ちゃん……。」


そんな時だった。

ようやく息の整った北条が、不敵な笑みを浮かべながら司に言う。



「……えぇ。任せます。」


司はその『方法』を聞くこともなく北条にそう答えた。

その司の無線を耳にした北条は、ジャケットの内ポケットに手を入れ、虎太郎に言う。



「ねぇ虎ぁ、このホシ抵抗が過ぎるからさぁ……いっそ、殺しちゃわない?」


「……え?」



北条の言葉に、逃げていた犯人が足を止める。

そしてその視線は、北条のジャケットの内ポケットに向けられる。



「オッサン……まさか……。」


「そ。そのまさかだよ。刑事が犯人を追うんだから、しかもその犯人が何をするか分からないと来ちゃぁ、刑事は『もしも』のための装備をしなければならない。それが『何か』、君は分かるよねぇ?」



北条は内ポケットの中にあるものを、カチカチと鳴らしながら、犯人に近づいた。



「そんなことしていいと思ってるのか?」


犯人の声が震えている。

しかし、北条は笑みを浮かべたまま、言った。



「……良いんじゃない?ここには僕たちのほかに誰もいないんだし。もう正当防衛ってことで。」



北条は、そう言うと少しずつ内ポケットのものを引き抜いていく……。


「お、おい……マジかよ……。」


懐に手を入れた北条に、犯人が震える。

絶対に刑事は民間人を殺さない。

そう思って高をくくっていた犯人が、考えを改めた。



―――目の前の男は、たとえ自分の身分が刑事であろうと、人を殺す―――



犯人はポケットに仕込んだナイフに手を伸ばした。

北条は、男のその不審な行動を見逃さない。



「……いいのかい?そんなナイフで『コレ』に勝てるとでも?」


「……っ」



懐の中で、北条の手にしたものがカチャリと音を立てる。



「……おい、話し合うなら今のうちだぞ?」


犯人の声が、上ずっている。



「北条さん……やめとけよ。民間人殺したら、たとえ正当防衛でも始末書もんだぜ?」


虎太郎が、ニヤニヤしながら北条に言う。

北条は、これまで犯人に見せなかったような不敵な表情で、答える。



「……始末書くらい、書きなれているよ。いくらだって書いてやる。でもさ……。」



北条が、一歩、また一歩と犯人に近づく。



「……コイツさ、強盗致傷犯だよ?何の罪もない民間人から金品を奪って、おばあさんに怪我させてる。もしかしたらおばあさんを殺していたかもしれない。このまま見逃せば……また人が死ぬかもしれない。」



その眼差しは、無機質かつ冷酷。



「だったらさ……正当防衛とか上手いことかこつけて殺しておけば、今後の被害は減らせるよ。ひとり死んで、大勢を助けることになるんだ、僕はそっちの方がいいと思うね。」


北条が、犯人に手が届く距離にまで近づいた。

犯人は、もはや抵抗することさえ忘れ、北条から目が離せなくなっている。

そこのあるのは、ただ純粋な、恐怖。


その隙に、虎太郎が犯人の背後に忍び寄る。



「……そう言うことだから、バイバイ、若い犯人さん。」


「頼む……許してくれ……。」



ついに、犯人が命乞いを始めた。

しかし、北条は眉ひとつ動かさない。



「そう言って、おばあさんは助けを求めなかったかい?君はそんなおばあさんを殴ったんだろう?」


「頼む……殺さないで……。」



犯人の足が震え、顔が真っ青になる。



「……今世の悔いは、来世で晴らしてくれたまえ。」



北条が、ゆっくりと懐のものを抜き出し……。



「……BANG!!!」


大きな声で、そう叫んだ。


「ひぃぃぃぃ!!!!」


途端に、犯人が腰を抜かし、その場にへたり込んだ。



「……はい虎、確保~~」


「あいよ。」


北条が溜息混じりにそう言うと、犯人の背後にいた虎太郎が強引に犯人の手を掴み上げ、手錠をかける。


「……え?」


腰を抜かしたままの犯人は、現状を理解できていない。



「強盗犯を射殺なんて、後味悪いからしないよ。それに……。」


北条は、懐に忍ばせていたものを犯人に見せる。



「……ボールペンじゃ、人は殺せないよ。」



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