第30話 脱出 ①




「これからどうするの?」


 地下牢から脱出し、王城二階——その一室で。

 まだ状況を飲み込み切れていない婚約者の眼差しを受けて、シエルは腕を組んだ。


「どうするかな?」

「えっ⁉ 何の計画も無いの?」

「仕方ないだろ? オウルに頼まれてからすぐに向かったんだから……まあでも、何も考えていないわけじゃないよ」


 王城を脱出する。

 これが目標となるわけだが、事はそう単純じゃない。


「少なくても、正門からの脱出は無理だ。警備が厚くなっているし、爆音を聞きつけた民が状況を聞きに来てるだろうから、その対応も含めて兵が出払ってる……さすがにリスクが高いと思う」

「……あなたの魔法で姿を隠せば突破できるんじゃない?」

「いや、たぶん無理だ」


 シエルは首を横に振る。


「俺の能力は魔法の予兆とか余波は発生しないけど、代わりに応用が利かないんだよ。そもそも魔力を使わないから、魔力量を増やして効果を高めたり、時間を増やしたりは出来ない。それに、姿を隠したとしても人にぶつかったらバレるから——」

「そっか。途中で見つかったりしたら……」

「兵に囲まれて終わりってこと」


 ティアも一人を相手にするなら対応できるかもしれないが、囲まれてしまえばどうしようもないだろう。

 シエルの魔法による打破は問題なくできるが、それも最終手段であるし、魔法が無ければシエルはただの一般人以下の戦闘力しかない。無いとは思うが剣で切られればそれだけで致命的だ。


「ならどうするの?」

「だから考えがあるって言っただろ。まずは——」


 シエルは部屋の外へと目を向けて。


「兵士の動きを把握する」


 それが、今一番にやらなければいけないことだ。






 ほんの少しだけ時間は流れて。

 シエルとティアの二人は、足音を殺しながら兵士の待機所となっている一室への侵入を試みていた。


「……出てこないな」


 隠密の魔法による透明化をかけてはいるものの、保険をかけて物陰で様子を窺う。

 全員が出払っているのか? それとも、ただ単純に交代時間が訪れていないだけなのか?

 さすがにシエルも把握していなかったため、こうして少し離れたところで様子を窺うしかなかった。


「さすがにシエルも分からないのね」

「悪かったな。兵士自体の詳細は資料を貰ってたから把握してるけど、さすがに巡回時間までは興味が無かったんだよ」

「もしかして兵士一人一人、全員分把握してるの?」

「……そっちから聞いてきたくせに」


 呆れたような声が背後から届いて、シエルは軽く息を吐いた。

 聞かれたから答えただけなのに、理不尽である。

 うっすらと不満が湧き上がってくるが、それよりも——


「だいたい二十分。ここまで誰も出てこないとなると誰も居ないのか? それなら楽なんだけどな」


 シエルが求めているのは、兵士の巡回——その順番と時刻だ。

 巡回ルート自体は、常日頃から巡回する兵を見かけているティアから得た情報で大まかに割れている。

 王女が謀反を起こしたという緊急事態であるが、その王女が囚われていると思われている。もう一つの可能性としてオウルのこともあるが、彼は王城ではかなり軽視されていた。それを考えると巡回に変更を加えているとは考えにくいだろう。


「欲しいのは、順番と時刻の情報なのよね?」

「そうだけど、どうしたんだ?」

「それなら、私が様子を見てくるわ。もし気付かれても、私ならすぐに離脱できる。あなたと一緒に動くよりも確実だわ」

「たしかにそうだけど、な」


 尻すぼみになるのも仕方がないだろう。

 シエルはティアを助けるために行動をしている。その彼女に危険な役割を任せるというのはどうなのか?

 そんなシエルの葛藤を他所に、ティアはカツリと小さい足音を響かせた。


「あまり時間をかけすぎると、様子を見に来た兵士に私の脱獄が気づかれるかもしれないわ。なら、少しくらいリスクを孕んでも行動するべきだと私は思う」


 たしかに、彼女の言うことは尤もだ。

 ティアの脱獄が気付かれてしまっては、シエルの策自体が成立しなくなる可能性が高い。

 あとはシエルが納得できるか? それだけなのだろう。なら——


「……分かった。危険だと判断したらすぐに戻ってきてくれ」

「ええ。分かったわ」


 ティアの声が離れていく。

 そう時も経たずに、監視していた扉がわずかに開かれた。

 一秒、二秒、三秒。

 じとりと汗が伝う中で、ティアの少しだけ明るくなった声が届いた。


「大丈夫みたい。中に入りましょ」

「了解」


 足音を殺しつつ、出来るだけ急いで中へ。


「私は外を警戒してるわ」

「任せた」


 早口で告げ、中を見渡す。

 中央に鎮座する大き目のテーブルに、様々な記録を付けているであろう本が収められた本棚。剣が立てかけられている棚には十本分ほどの隙間が空いており、巡回の兵士が持っていると考えていいだろう。


「だいたい、順番とかは分かりやすく掲示されてると思うんだけどな……よし、あった」


 壁の一部。名前の書かれた札がかけられていた。

 名前の順番に規則性がないため、おそらくであるがこれが巡回をする兵士の名前だろう。かけられている札の順番は巡回の順番。二列に並んでいるあたり、二人一組といったところか。


「あとは、記録が見れれば——」


 札に書かれた名前と順番を視線で一撫でして、本棚へと移動する。

 適当に数冊手に取り、流し読みをしてからシエルはじっと目を閉じた。


「…………よし、だいたいわかった。ティア、そろそろ行こう」

「分かったわ。じゃあ、これを拝借していきましょうか」


 扉付近から足音が移動する。

 直後、立てかけられた剣の一本が不自然に浮いた。


「何もないよりかはマシでしょ? 私は魔法使えないんだから」


 返事が無いのが気になったのか、どこか言い訳くさい。

 同時に腰辺りで剣が停止したところを見るに、置いていくという選択はなさそうだ。シエルはため息交じりに彼女の元へ近づく。


「……なにか言ってよ」

「……それはいいんだけど、魔法をかけ直すよ。このままだと剣だけが浮いていて不自然だから」

「あっ、ほんと? この魔法、自分の姿は見えるから分からなかったわ」


 自身の体を見下ろすティアの姿を幻視しつつも、シエルは知識を紡ぐ。


「隠密術書……第二巻 姿隠しの法」


 じわりと。

 視界に映っていた剣が滲み、周囲の景色と溶け出す。

 やがて、その姿が完全に見えなくなってから。


「よし、行こう」

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