第10話 番外編 1

「鳥飼さん、まあた、楠木ちゃん参りにきたの?」


「ええ。そうなんですけど、いないんですねえ?」


「そ。残念でした。今、外にお使い中よ。楠木ちゃんに行って貰うと仕事が早いし丁寧って評判がいいのよ」



 外から帰って来た俺は、ユイさんの部署に立ち寄るとコーヒーをユイさんのデスクに置いた。ユイさんのデスクは空で、田中さんが「顔に出てるわよ。私だけで、がっかりって」と、言ってきたが、その通りなので頷いた。


 少し、ユイさんを充電して、残りの仕事も頑張ろうと思ったのだが生憎留守とは残念だ。



「ユイさん、戻りは夕方ですか?」


 田中さんに聞くと、キーボードを打ちながら頷かれた。


「そ。課長が色々お願いしてたわ。鳥飼さん、私のお使いしてくれる?お礼に良い事と悪い事、一つずつ教えてあげるから。どっちから聞きたい?」



 ユイさんのデスクにあったペンで、コーヒーにきゅきゅきゅっとメッセージを書いた。



(おつかれさま)



「じゃあ、悪い事から。俺、小心者だから、ドキドキしちゃう」


「何言ってんの。楠木ちゃんの今日のお使いね。日吉田君も一緒よ。二人で朝から出て、一緒にお昼食べるんですって。日吉田君が、『ワーイ。せんぱいとお使い、うれしいですぅ』って尻尾ブンブン振りながら荷物抱えて出てってたわよ。あの子も頑張るわよね」


「あ゛?」



 その頑張りは不要だろ?と、ペンをデスクに戻しながら田中さんを見るが、田中さんは「怖い怖い」と言いながらも俺の方は見ずにキーボードを打っていた。



「あ。鳥飼さん、鳥飼さんの所の課長に、今、メール送ったから早く見てって伝えてね。急ぎって、旗立てる意味分かってんのかしら?」


「いやいやいやいや。田中さん。もう少し詳しく教えて。課長にはしっかり言っときますよ」


「楠木ちゃんのお使い先?市役所とデザイン事務所二件だったかしら。あと、美術館。課長から現物見て色味の確認のお願いされてたもの。注文されてる商品が、展示されてる物に影響うけているものなんですって。古典のなんとかって?私はそこは分からないんだけどね。クライアントの希望らしいのよ。色に関しては楠木ちゃんが一番だから直接見た方が間違いないでしょ。相手方から色々言われる前に課長がせっかくだから寄り道して見て来るようにって言ってたわ」


「美術館・・・」


「そ。ほら、楠木ちゃん、美術館好きでしょ?だから喜んでたわ」


「好きなんだ・・・喜んで・・・」



 ピヨピヨと喜んで美術館に。



 いや、仕事だから。


 課長命令ならばしょうがない。それに、色々回った後ならば、ゆっくり見る暇もなくお目当てだけをさっと見て必要な物を買って帰って来るだけだろう。今度俺が一緒に行こう。ゆっくり手を繋いで回ろう。ピヨピヨを上書きしなければ。



「そうなのよ。日吉田君が、「美術館に、新しくカフェがリニューアルオープンしてますよ。せんぱい、見ていきましょ!勉強になります」って言ってたわよ。お昼はきっとそこね」


「あ゛?」



 今、ペンを握っていなくて良かった。あの、ピヨピヨ野郎。ピヨってるふりして、中身はしっかり肉食だからな。正々堂々と来られる分、質が悪い。


 ユイさんはピヨピヨの事を「日吉田は、いつまでたっても甘えるんですよね。でも、頑張り屋で良い子なんです」なんて言ってたが、あいつが甘えるのはユイさん限定。あいつは新人の中では仕事がかなり出来る。この間のミスだって、バカバカしいミスだが結局問題なく回った。ミスした後の挽回の仕方でそいつの人間関係や今までの仕事の出来は分かる。



「やっぱり、首輪が必要ですねえ」


「ふふふ。あ、鳥飼さん、そこ、今、コピー出したの。持って帰ってくれる?このサンプルにくっつけておくから。課長にメール分と見比べてから、チェック入れるようにってお願いしてるの」


「了解、了解。次の話はとびっきりの良い話をお願いします」



 俺が、コピー機の所から書類を纏めると、田中さんはこちらを見てサンプルを渡しながらにっこりと笑った。



「楠木ちゃん。下のコンビニのマッシュのイケメンバイト君に連絡先渡されてたわよ」


「あ゛?田中さん、それ良い話?俺、聞き間違い?耳、おかしくなっちゃた?」


「ふふ、まあ、聞きなさいよ。そしたら、「お付き合いしている人がいるので、受け取れません」って断っててね「友達からで、いいですけど。ダメですか?」って相手も必死だったわよ。イケメンの必死は良かったわ」


「・・・・それいい話?俺、悪い話二つじゃない?」



 俺が、溜息つきそうになっていると、田中さんがニヤニヤしていた。



「つ・づ・き。ちゃんと聞きなさい。イケメンがね、ちょっと頬染めてもう一度楠木ちゃんに連絡先を渡そうとしたの。そしたら楠木ちゃん、ゆっくり首を横に振って「私が嫌なんです。好きな人、不安にさせるの。友達でも、ごめんなさい」って顔を赤らめてきっぱり断ってたの。めちゃくちゃ可愛いかったわ。イケメン君、あれは諦めるしかないけど、惚れ直したかもしれないわね」


「!!!」


「さ。楠木ちゃんの、残りの仕事、頑張ってね」


「俺、頑張っちゃう。でも、モテる彼女がいると大変だわ」



 サンプルと書類、それについでにと色々持たされ、俺は田中さんにお礼を言って部署に戻ろうとした。



「ふふ。健気な鳥飼さんにもう一つ、良い事、教えてあげる」


「ん?もう一つ、良い事?本当に良い事?」



 俺が振り向くと、田中さんはパチンとウインクをした。



「楠木ちゃん、この間、可愛い下着を調べてたわよ。すーーっごく可愛いやつ」


「!!」


「難しい顔をしているから、「どうしたの?」って聞いたら、「うーん。どれが可愛いですかね?」って聞いてくれたの。楠木ちゃん、スタイルいいからどれも似合いそうだったわね。ちゃんと私もアドバイスしたわよ。「成程、分かりました。これかな」って言ってたわね」


「え?ええ?」


「ふふふ」


「あ。あはは。良い事、どうも」



 そう言って、「ふふ」っと笑う田中さんの声を聞きながら部署に戻った。



「戻りましたー」と言いながら課長の机に前に行き、田中さんからのお使いを課長にぽいぽいと渡した。



 ゆっくりと自分のデスクに座り、田中さんから聞いた良い事を思い出していた。


 ユイさんが見ていた可愛い下着ってどんなのだ?これかな?ってどれ?いや、どんなの?



 いや、まてよ。田中さんの事だ。俺をからかって遊んでいるかもしれない。下着のデザインで仕事がらみかもしれない。美術館に関係しているかもしれない。そもそも、ユイさんが田中さんにいきなり下着を聞くか?どういう感じで聞いたのかは田中さんは言ってない。



 うん。



 分かってはいるが、頭の中に、ユイさんの姿を想像してしまう。



 ユイさん。俺は別に、どんな物でもどんなタイプでも、ユイさんが着ればどんな柄でも可愛いと思いますよ。普通にユイさんが着るのはフリルですかね?いや、正統派のレース?あ、まさか、大人っぽい黒?赤・・・は無いかいや、意外性もあるのか?ヒョウ柄とか?最近CMとかで流れるストンとシンプルな奴も良いと思います。ああ、全部アリでしょ。



「うん。アリ。アリアリのアリ」



 うんうん、と頷いて、鞄から荷物を出していった。


「おーい。鳥飼、コレは?」


「課長。田中さんからメール来てますから。見て下さいって頼まれましたよ。あと、それ、メールに添付してるのと一緒に見比べてチェック欲しいそうですよ。急ぎでお願いしますって、念、押されましたから」


「あー。了解、了解。鳥飼、外回りで良い事あった?なんか嬉しそうだな?」


「ええ、すっごく。でも、課長の仕事は課長で終わらせて下さいね。山本君のフォローに俺、今から入るんで」



 俺がそう言うと新人の山本君がキッと課長を見て、俺の方へ、しゅぱぱぱぱと歩いて横にストンと座ってノートPCを開いた。



「お、おお。いや、分かってるって。皆、仕事熱心だなあ。えっと、急ぎ、急ぎね。うん、これね。あははは」



 課長は新人からの呪いの言葉と死んだ目で見られた事をまだ気にしている。しっかり気にして欲しいが、今の新人は毒を吐けるだけ中々強い。



「んじゃあ、山本君、片付けていきましょうかね。何処迄出来てる?お。すごい、もうここまで出来てんの?完璧じゃん。じゃあさ、こっち、作って見よっかねえ。俺は、ここするからね、分かんないとこは、聞いてもいいし、見てもいいよ。俺も、分かんないとこあったら聞くから山本君、教えてくれる?さ。今日も定時目指して一緒に頑張ろうねえ。パッと帰りましょ」


「はい、鳥飼先輩。宜しくお願いします」



 真面目な新人の山本君と一緒に仕事をしていたら気持ちが落ち着いたのだが、休憩時間になるとまた田中さんの話が頭をよぎってしまった。これは、田中さんに遊ばれているな、と思うのだが、想像はどうにも止まらなかった。


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約束に疲れた私に待っていたのは、いつもコーヒーをくれる人でした サトウアラレ @satou-arare

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