第8話

 へらっといつも笑う鳥飼さんは真面目な顔で一気に言った。



「俺と付き合うと、良い事ばかり。俺、楠木さんを甘やかしたいと思ってるから、尽くしますよ。何でも言って。結構貯め込んでますよ。うちの課長のせいで使う暇ないし」


「俺、お買い得よ」と、指を立てながら説明は続く。


「歳は楠木さんの三つ上だけど、まだおじさんじゃないし。身体は鍛えているから腹も出てませんよ。顔は、好みの問題だからねえ。楠木さんがヒゲ好きとか眼鏡好きとかなら要望に答えれるようにしましょうか。あー、俺、高い所は苦手なのよ。楠木さんは好き?もし、楠木さんが遊園地行って絶叫系一緒に乗りたいっていうなら、手、繋いでくれるなら頑張りますよ。夜景が見たいならタワーとかにも行きましょう」



 指は片手で足りずに両手を出して説明は続いた。



「趣味、趣味はねえ、俺、最近は観葉植物見たりするのが好きなのよ。サボテンとか、ガジュマルとか。熱帯魚とかをぼーっと見たりも好きねえ。やっぱり癒しを求めてるのかね。楠木さんは俺の趣味に合わせなくていいのよ、俺は楠木さんの趣味を一緒にしたいと思うけど。楠木さんの嫌な事はちゃんと聞くし、好きな事も知りたい。楠木さんが休みの日にのんびりしたいなら、おうちデートもいいねえ。あ、デートはして欲しいのよ。掃除で忙しいとか、料理しておきたいとかならお手伝いに行きますよ。楠木さんが昼寝したいとかでもいいのよ、その傍にいたいわけよ」



 そこまでいうと私の顔をじっとゆっくり見てから、もう一度、鳥飼さんは「好きなんだ」と言った。



「楠木さん、付き合って貰えないかな」



「はい」



「はい?え?本当?はいって?あ。やっぱり無しは無しでいい?本当?俺、田中さんにも課長にも言っちゃうよ?え?本当に本当だよね?こんなにすぐ返事くれるの?」


「はい。鳥飼さん、宜しくお願いします」


「あー。よかったー。あー。今日の飯最高に美味しく食べよ。楠木さん、ユイさんって呼んでいい?俺のことはね、鳥飼さんじゃなくて、下の名前で好きなように呼んで欲しい。俺の名前知ってる?」



 ビールを飲み干し、追加のお酒を注文し、鳥飼さんは聞いてきた。



「るいさん、ですね?」


「あ。いい。そ、瑠生るい。瑠生でも瑠生君でも瑠生さんでも、好きに呼んで」


「じゃあ、瑠生さんで」


「はい、ユイさん、好きです。あー。酒がうまいねえ」



 そう言って機嫌よく瑠生さんはお酒を呑み、料理を口にしながら私の嫌いな事を聞いてきたり、好きな事を聞いたりしてきた。


 そして美味しくご飯を食べた後は「俺、彼氏」と歌いながら、マンションまで送って貰った。


 翌日の週末は私の引っ越しの片付けの手伝いに来てくれた。三ヵ月経っても、大きな荷物だけ整理して、段ボールのままの物が多いと話したところ「早く開けないと、ずっと段ボールの中のままになるんだよねえ。俺が手伝いに行っていい?」と昼過ぎに本当に来てくれた。


 瑠生さんは手際よく荷物を片付けて行くと、キッチンに新品のお洒落なマグカップを二つ並べていた。



「?」



 私がこんなのあったかな?と見ていると、瑠生さんはニヤニヤ笑ってマグカップを持った。



「コレ、俺からの交際祝い。ユイさんとおそろいのマグカップ。来る前に買ってきたのよ。遊びに来た時に使わせて。俺、黒。ユイさん、青ね」


「あ、はい」


「早速、なんか飲もう。ユイさんはコーヒー?ココア?お茶?ジュース?」


「えっと、何があったかな?瑠生さんは何がいいですか?」


「あー、じゃあね。一緒に買い物行こうか。掃除は一区切りついたし、飯も一緒に作る?俺、掃除は得意だけど、飯は得意じゃないのよ。コンビニか外食ばっかだねえ。でも、ユイさんとだったら一緒に作りたいかな。パスタって簡単?俺作れるかな。カレーはどう?」


「はい。カレーは煮込むと美味しいので、パスタを作りましょう。簡単で美味しいものを」


「よし、じゃ、買い物行こ。ベーコン好き?あ、アサリ入ってるのもいいねえ。ユイさんは何パスタが好きなの?」



 そう言って私の手を取ると「手、繋ぐのいい?嫌じゃない?」と言いながら手を繋ぎ、パスタの材料と飲み物を買って、一緒に作って、食べて、片付けると、瑠生さんは「ユイさん、また、会社でね。寂しくなったらいつでも連絡して。寂しくなくても連絡していいよ。俺もしていい?」と、言って帰っていった。



 週明け。



 会社に行くと、ニコニコ顔の田中さんが迎えてくれた。



「おはよう、楠木ちゃん。サポート有難う。また、暫くお隣にいるから、宜しくね」


「おはようございます。田中さん。お子さんは大丈夫ですか?」


「ええ。姉がね、お迎えを手伝ってくれることになったの。姉もバツがついてね。お互い支え合っていく事になったのよ。子供の送りと料理は私担当。姉がお迎えと、掃除担当。まあ、子供達も喜んでいるから、暫くはこの生活で行くと思うわ」


「おお。頼れるのは良かったですね」


「まあね、で、鳥飼さんと付き合う事になったんでしょ?鳥飼さんが報告に来てたわよ。おめでとう」


「・・・。もう?早くないですか?」


「そ。ほら、日吉田君よ」


「せんぱーーーい!本当なんですかあ!!」


「あ、おはよう、日吉田」


「おはようございます。てか、あの、ニヤ飼先輩と付き合ったって本当なんですかあ?ううう」


「うん。ニヤ飼って・・」


「だって、いつも僕を見るとニヤニヤするんですよ?ヒヨコっていうし・・・」


「そうなんだ」


「あ。ほら。噂をすればよ」



 コンっと、私の机にコーヒーが置かれ、見上げると、瑠生さんが、日吉田の頭をよしよしと撫でていた。



「ん?ピヨピヨ君、おはよう。ごめんねえ。俺がユイさん、あ、ごめん、会社では、楠木さんだった。貰っちゃった」


「っくうう!!今だけですよ!僕、諦め悪いんで!それに、せんぱいは可愛いのが好きって言ってましたから!!ニヤオジより絶対僕の方がタイプのハズです!」


「へー、そうなんだー。朝からピヨピヨピヨピヨ、元気だねえ。楠木さんの所は、ペット枠でも空いてませんよ。お引き取り下さいね」


「せんぱい、鳥飼さんが嫌になったら、いつでも言って下さいね。僕、ずっと待ってますから」



 日吉田はそう言うと、「じゃ!!」と言って去って行った。



「鳥飼さん、これからも頑張らないとね。楠木ちゃんに首輪つけたいでしょ?」



 田中さんがそう言うと、瑠生さんは「頑張り続けますよ。でも、首輪があると安心ですねえ」と言って、田中さんに返事をした。



「俺も頑張って好きになって貰わないといけませんからねえ。弱みに付け込んでますから、まあ、これからこれから」


「ふふ、頑張って」



 そう言って、瑠生さんはポンっと私の肩に手を置くと出て行こうとしたので、私はその手を慌てて掴んだ。



「瑠生さん」



「ん?」



「あの、瑠生さん。私、瑠生さんの事、好きですよ」



「は?」



「好きじゃないと付き合いません」



「まあ!!」



「え?本当?うわあ」



 私がコクンと頷き、デスクに向き直ってPCを付けると田中さんから、「ふふ。楠木ちゃん、耳、真っ赤」と、からかわれたけど、私はまたコクンと頷くにとどめて、手のひらで耳を抑えた。



「俺、凄く幸せ。あれ、俺、今日死んだりしちゃうかしら」


「ふふ。なんだか私も幸せ。お邪魔だったわね」


「瑠生さん」


「はい、ユイさん」


「今週末、レバノン料理に行きましょう。約束、いいですか?」


「はい、ユイさん、忘れません。毎日確認しにきちゃうかも」


「あらら。うふふ」


「ユイさん、沢山約束、増やしていきましょうね」


「はい」




 笑う田中さんの前で、私は瑠生さんの顔を真っすぐ見て、デートの約束をした。








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