第26話 報告会〜ウルスラの部屋〜



「ルシアンはチョロいかもしれない」

「……それは私も思ってきています」


 ウルスラが教育を受けたその日の夜、彼女の部屋ではルシアンを籠絡するための報告会が行われていた。

 報告会の時はルシアンを呼び捨てにしているベルが開口一番に発した言葉は、前回の報告会の時にウルスラが言ったものとほとんど同じ内容だったが、前回と違うのは、アーシェがその意見に同意したことだ。

 ウルスラは黙っていたが、ルシアンが積極的に抱きしめてきたことが、頭から離れなかった彼女もまた、心の中で同意していた。


「これみて? ルシアンの歯形……あざになってるんだ」

「なっ! なんですかそれ!? それはもう……ベルちゃん、ヤったのですか?」


 ベルはうっとりとした表情で、肩にできた歯形を自慢するように見せびらかしていた。それにはウルスラもムッとしたが、それ以上にアーシェの冷たい声が怖かった。


「いや……ヤってはないけど、なんて言うかあたしの肩を噛んだ後のルシアンが、見たことないくらい怖い目をしてたから、あたしに興奮したのかなって……」

「……奇遇ですね。私もその目に心当たりがあります。ちなみに私はルシアン様の肉体を生で見て触って舐めました。すごくおいしかったです」

「「は?」」


 これにはウルスラとベルは黙っていられなかった。ベルに対抗するように言い放ったアーシェの言葉は度を越していた。


 ルシアンの肉体を舐めた? それは抜け駆けではないか? そんな思いが湧き上がった。


 ウルスラはルシアンに強く抱きしめられたことで、女として求められた優越感に浸っていたが、アーシェとベルは違う方向に振り切っていた。

 ルシアンに噛まれたと言うことは、もはや口で愛撫してもらったようなもので、逆にアーシェはルシアンの生の肉体を舐めたと言った。あの可愛らしくもたくましい男の肉体は、一体どのようなものだったのか聞き出したくなっていた。


「……先生の体、どうだったの」

「……いやらしすぎて、一瞬我を失いました」


 アーシェの言葉を聞いたベルからゴクリと唾液を飲み込む音が聞こえた。妄想するにはあまりにも十分な言葉だった。

 鉄壁の精神を持つアーシェが、我を失うほどの体だったのだ。我慢の効かないベルとウルスラならば、強引に行為を迫った可能性すらある。


「あぁ……ルシアンッ! あたしのルシアンッ!」

「ま、まぁ先生がチョロいってのは私も同意だし、それで例の作戦は決行するの?」

 

 相変わらずクソ雑魚なベルは、ウルスラのベッドの毛布をルシアンに見立てているのか、力強く抱きしめながら一人の世界へと旅立っていた。

 ベルほどの雑魚ではないウルスラは、これ以上はいけないと自制をかけてアーシェに問いかけた。


「はい……ルシアン様が王都に行く前に、私たちを刻み込んであげないと、あの方は止まることを知りませんから……そのまま逃げ切られてしまうことだけは、阻止しなければなりません」

「二月も離れるなんて想像もつかない……本当はルシアンにぐちゃぐちゃにされたいけど、まずはあたしがルシアンをぐちゃぐちゃにしなきゃ……」


 ムクリと起き上がって復活したベルは、自分に言い聞かせるように虚ろな瞳で呟いていた。

 いずれにしても、アーシェの言っていることが全てだった。

 三人はルシアンをぐちゃぐちゃにするために頑張ってきた。そして前回の報告会で誓った通りに、ミーリス領を愛しているルシアンの隣に立つ女として相応しい姿になった。

 思いかえせばルシアンが三人を女として見始めたのも、それが理由なのではないかと考えられる。

 アーシェは『紫美根』でラクシャクに貢献し、ベルはラクシャクの脅威である『黒刃狼』を討伐して、ウルスラは新事業の『魔物喫茶』を立ち上げて見せた。

 三人はルシアンにとっても、ミーリス領にとっても最高の女であると自信を持っていい。


「そうだねぇ。先生に私たちの責任とってもらおうよぉ」

「その通りです! ルシアン様が悪いのです! 私たちを勘違いさせた女誑しは、私たちに沈めてしまうのです!」

「あたしルシアンじゃないと無理……いっぱい教えこまれてルシアン専用の心と体になってる」


 アーシェとベルが言っていることに心の底から同意できた。三人の体や思考は、ルシアンに染まり尽くしている。色んなことを教え込まれて、その教育のおかげで強い女になることができた。


「ふふっ……まさか私たちが姉妹になるとは、思ってもいませんでした」

「あたしもバルドル様のところで初めて顔合わせた時は、二人の体を見て優越感に浸ってた」

「ベルは体だけは、すごいもんねぇ!」

「……うるさいっ甘えん坊!」


 今では他愛のない会話も悩みも軽口も性癖すらも話し合える仲になったが、これもルシアンがいた種だ。

 ルシアンがラクシャクに来た三人に、初めて教えたことは『仲間になる』ということだった。

 一人では難しいことでも、三人であれば叶えることができると。辛いことは分かち合い、幸せは分け合える。こうなるように仕向けたのはルシアン自身なのだ。

 だから三人は本当に欲しいものを手に入れるために、お互いを知り、お互いを愛し、お互いを尊重して仲間となった。

 一つだけ納得がいかないことがあるとすれば、年齢的にベルが長女となることだけだ。


「ルシアン様の妻は、私たち以外あり得ません」

「ルシアンが他の女といちゃいちゃするのは、悔しいけど……アーシェとウルスラなら……まぁ」

「私たちをベルの性癖に使うのはやめてねぇ?」


 ウルスラは愛するルシアンから育てられて、成長したことによって自身に誇りを持っている。

 奴隷商店にいた頃の自分とは違う。適性に縛られて泣いていた弱い女はいない。無能だと蔑んでいたのも今となっては笑い話だ。そしてそれはアーシェとベルも同様だと考えていた。


「作戦の決行日はいつにするのぉ?」

「まずはベルちゃんとウルスラちゃんの借金を完済してから、準備と本格的な擦り合わせをするので、明後日に勝負を仕掛けます」

「……あたし、自分が奴隷だってこと忘れてた」


 真剣な声色で告げたアーシェはベルの言葉に困ったように笑っていたが、ラクシャクでの日々はそれほどまでに充実しているという一種の惚気のろけにも聞こえた。

 アーシェは金貨三枚を稼ぎ、貯金まで始めている。ベルに至っては、この短期間で金貨七枚を稼いで見せたのだ。奴隷である感覚が薄れても仕方がなかった。

 そして自分を買い戻すために使っていた力は、これからはルシアンとミーリス領のために使うことになる。そのことを理解したのか、ベルはぶるりと腰を震わせて深く息を吐いていた。

 三人は借金を完済して奴隷から市民へと舞い戻り、愛する土地と愛する男に尽くすことができるようになる。


 アーシェとベルは覚悟を決めたのか、真剣な表情でお互いを見合った。弱い奴隷だった少女達は、愛する男をぐちゃぐちゃにするために強い女へと変貌した。余計な言葉を交わさずとも目を見ればわかる。

 アーシェもベルも、ウルスラと同じ気持ちなのだ。三人の瞳は強い意志で通じ合っていた。


 『必ずルシアンを手に入れる』と。


 「では、作戦を話します」


 微かに緊張感が漂うウルスラの部屋に、アーシェの静かな声が響き渡る。

 ウルスラは緊張を解くためにモチコを抱きしめようと探したが、なぜか報告会の時は寄りつかなくなったことを思い出してモチコを探すのを諦めた。

 

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