第7話 ウルスラの面談
「……ウルスラは難しい娘だから気をつけな」
奴隷面談の最後の一人であるウルスラを待っている間、バルドルがそんな事を言ってきた。
彼にしては珍しい物言いにルシアンは少し驚いたが、無言の笑顔で返事をした。
ルシアンも資料を見た時点で、一筋縄ではいかないのは理解していたが、ウルスラの適性はミーリスにとって鍵になると考えていたので、楽しみにしていた。
「失礼します。ルシアン様、バルドル様、本日はよろしくお願いします」
応接室の扉がコンコンッと二回鳴った後に、ウルスラは優雅に入室してお辞儀をした。
「ミーリス男爵家のルシアンです。よろしくお願いしますね。どうぞ座ってください」
「……失礼します」
(なんか違和感があるな……)
ルシアンは対面に座るウルスラの無表情に、少しの違和感を感じていた。
「では早速自己紹介をお願いします」
「ウルスラ・アーヴィス、十七歳です。適性は
資料によればウルスラは、先の戦争でセグナクト王国の従属国となったナスリク帝国の大商会——アーヴィス商会の長女である。
ナスリク帝国が敗れたことで、密接な関係だったアーヴィス商会は取り潰しとなり、全てを失ったようだ。
そしてウルスラは資産と職を失った両親と妹の生活費用を作るために、自ら奴隷となり売り物になったという。
「……私はルシアン様の性奴隷になる事を望みます」
ルシアンが資料を眺めていると対面のウルスラからそのような言葉が聞こえてきた。
「おい! ウルスラ! お前何言ってんだ!」
バルドルは立ち上がって怒り狂っていたが、ルシアンはウルスラを凍えるような冷たい瞳でみつめていた。
「……ウルスラは商家の出なのに賢くはないんだね」
「ッ……何か、お気に
(僕を舐めるな……小娘が僕を
気に障られまくっていたルシアンは、ウルスラの本質を引き出すために、
「だって性奴隷という、この世界で最も価値の低い存在になりたいんでしょ? それとも僕に一目惚れでもした? だとしても賢いやり方じゃないけど」
「ちがっ……いえ、私は
確かにウルスラは美しい女の容姿であるが、ルシアンは美しいだけの女には興味がなかった。
「運が良くて十年……それが性奴隷の寿命だよ。これの意味がわかる?」
「……わかりません」
「君は確かに若くて美しいよ……でも若さや美しさは、時と共に消耗していくものなんだよ。僕が性奴隷を買うような人間なら、君のことはいつでも捨てれるんだよ。だって時が経ったら、次の若くて美しい女を買ったらいいだけなんだから」
「ッ……最低ッ……人をなんだと思って——
「僕の話も聞かずに安売りしたのは君だよ? 若くて美しいだけの無能として……性奴隷として
「それは……ちがう……そんなこと……」
ルシアンにはウルスラが何を思って、あんな事を言ったのかはわからない。
アーヴィス家が没落した原因とも言えるセグナクト王国の貴族が、気に食わなかったということはあり得る。
しかしミーリス領で働きながら教育を受けるという話は、奴隷達にあらかじめされていて、ウルスラも同意の上でこの場にいるはずなのだ。
「本心を話してくれない? どんな事を言っても構わないから、ウルスラが何を思ってるか教えて」
もはやルシアンは侮られた怒りよりも、ウルスラの本心を知りたい気持ちの方が大きくなっていた。
ルシアンが優しく声をかけた事で限界だったのか、ウルスラは大きな瞳からボロボロと涙をこぼしながら心境を語り始めた。
「わたしは……どうしていいかもうわからないんです! 国がなくなって! お店がなくなって! でも両親も妹も……守らなきゃって……貴族に媚びたら……お金をもらえると思って……それで……」
チラリと横を見れば、バルドルは何か思うことがあったのか沈んだ表情をしていた。
無表情を崩して涙を流すウルスラは、ただの強がっていた少女だった。
商家という比較的に幸福な家庭で育ったウルスラは、突然、国も家も仕事も無くなったことに困惑していたのだろう。
そんな状態でも家族だけは守りたいという思いから、自らを売り物にしてルシアンに侍ろうとしたのだろうと理解した。
「…………ウルスラの本当の望みは何?」
「また家族と一緒に暮らしたいです……お店なんて持たなくてもいい……裕福な暮らしじゃなくてもいい……ただ家族と一緒に暮らしたいです」
ウルスラの口から出た本当の望みは、年相応の少女のものだった。この少女は当たり前に過ごす日常の尊さに気づいているのだ。
「ウルスラはバルドルから僕がどういう人を求めているか聞いてるよね?」
「はい……ですが私は甘やかされてきました。適性も飼育士という
だから無能でもなれる不安定な性奴隷になろうとしたというわけだ。それはもったいない話だ。
「僕はウルスラの適性が飼育士だと知った上で、この場にいるんだよ? 飼育士としてのウルスラの力が欲しいんだよ」
「……飼育士としての力?」
飼育士という適性が酪農家の劣化であるというのは、家畜を相手にする牧場で働く事を前提にした時だけだ。
家畜以外の生物には、飼育士の方が優秀である事をルシアンは知っている。
「僕の教育を受けて飼育士として一人前になったらミーリス領に家族で住んでもいいんだよ?」
「……そんな夢のようなことが本当に?」
ウルスラにとっては都合が良く、甘い言葉に聞こえたかもしれないが、ルシアンはそれ以上の幸せを与えることすら可能だと考えていた。
そのためには——
「でもこれはウルスラが頑張ったらの話だよ? 強制するものは何もない。ウルスラが自分で判断して選択することだよ」
望みを果たしたいのなら、戦い続けて強くならなければならない。これはウルスラ自身が決断することだ。
「私は甘やかされてきた無能です……それでもルシアン様が、先生になって導いてくれるんですか?」
「大事なのはこれからどうするかだよ。ウルスラが強くなりたいと願うなら僕が力を貸す」
完全に無表情が崩れたウルスラは悩んでいるのか、小動物のように挙動不審になっている。
その姿にルシアンは、エドワードの気持ちがわかったような気がして、父のような心持ちになっていた。
「……私強くなりたいです。私が家族のことを支えれるくらいに……だから私に先生の力を貸してください」
今まで甘えてきたであろうウルスラが、ミーリス領で独り立ちをする決断をしたことに、ルシアンは胸が熱くなっていた。
「……よく言ったねウルスラ。これからよろしくね。ミーリスの都市を気に入ってくれると嬉しいよ」
「はい先生……楽しみにしておきます」
無表情だったウルスラは、面談が終わった頃には人懐っこい笑顔を見せて、応接室から出ていった。
◇
「お疲れさん……お前がウルスラの性奴隷を受け入れたら、ぶん殴ってやろうかと思ったが、いらん心配だったな!」
三人の面談が終わって机に突っ伏していたルシアンの背中に、バルドルの冗談めいた言葉が降りかかる。
「バルドルさぁ……僕が奴隷を奴隷として扱うわけないでしょ」
「……ん?」
「屈服や服従ってね……僕より強い女がするから良いんだよ。強い女が足舐めてくれたら興奮するでしょ? それを僕より弱い立場の奴隷に求めてどうするのさ」
「……お、おう! そ、そうだな! ガハハ……」
バルドルは、化け物を見るような目でルシアンを見たあと、変な笑い声を上げながら、応接室を出ていった。
「これから頑張らないとなぁ……」
一人残されてボソッと呟いたルシアンは、三人の生徒とミーリス領のために、決意をみなぎらせていた。
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