第6話 ベルの面談



「失礼いたします。ルシアン様、バルドル様、本日はよろしくお願いいたします」


 そう言ってお辞儀をする一人の赤髪少女——いや女性と言っても差しつかえないだろう。

 美しく丁寧な所作で、給仕服を身に纏った牛獣人の女性は参考資料によるとベルという名前である。


 ルシアンはベルに着席を促す前に、できるだけ不快感を与えぬよう彼女の肉体を観察する。

 腕の長さは標準的で、胸と尻はかなりの大きさがある。短めの給仕服の裾からは、程よく筋肉のついた太ももとふくらはぎが主張している。足は長めで、所作からもしなやかさを感じる。


「どうぞ座ってください。ミーリス男爵家のルシアンです。よろしくお願いします」

「はい……あの……ご奉仕をした方がいいのでしょうか……」


 少し俯きながらとんでもない事を言い出したベルは、ゆっくりとルシアンへと近づいた。


「バルドルッ!? ちょっと待ってこれはどういうこと!?」

「おめぇなんかしたのか! おいベルッ! どういうことだ!」


 ベルの突然の行動に男二人は慌てふためいた。


「その……丈短たけみじかの給仕服で面談へ来るようにと伝えられた後に、ルシアン様の視線が……その……身体を求められているのかと思いました」


 ルシアンは失敗していた。ベルの肉体をこっそり確認するための行動が、全て裏目に出たようだった。ルシアンがベルの肉体を観察していたのは、彼女の適性のためだったが、不快感を与えてしまったようだ。


「そんなことは一生しなくていいよ。誤解させたみたいでごめんね。僕はてっきりバルドルが普段そんな事をさせてるのかと……」

「ふざけんじゃねぇぞ! 俺はおめぇが誘惑したのかと思ったぞ!」

「誘惑ってなんだ! 僕は二十五歳の元騎士だ! 強いんだぞ! 人をおんなたら……あ……」


 ルシアンは阿呆のようなやり取りをしている場合ではないと思いだして、咳払いを一つした後、強引に場を持ち直そうとした。


「あなたは座って。自己紹介をお願いします」


 すでにルシアンを阿呆と認識したのか、ベルはくすくすと笑いながらソファに腰掛けた。


「ベルと申します。十八歳で適性は……体術士です。普段はバルドル様の元で、給仕の一人として働かせていただいております」

「……ベルは所作も礼儀もほんとに素晴らしいね! 貴族に仕えても申し分ないほどだよ!」

「……ありがとうございます」


 ルシアンがベルの肉体を観察していたのは、この適性との相性を知りたかったからだ。 

 体術士——戦争が頻発していた少し前までは、優秀な適性とされていた戦闘系の適性の中で、唯一の落ちこぼれと言われていた適性である。


 その理由は単純で、人は武器を使うからだ。


 剣、刀、槍、斧、弓、盾のいずれかの適性であれば、問答無用で騎士や警備隊で重宝される。

 しかし体術士は武器の扱いへの適性を持たないので、何の兵士にも成れないとされていたのだ。


「ベルは元々騎士志望だって聞いてるけど、武器を扱うことや体を動かすことが好き?」


 これは少し意地悪な質問だ。ベルの所作や肉体を見れば、今も鍛えていることなど理解できる。

 しかしルシアンはベルの意思と本音を求めていた。


「それは……」


 ベルはチラッとバルドルの方を見た。


「いい……ここは本音を語る場だ。お前が何を言おうと俺は関係ない」


 ベルの視線を受けたバルドルは、短髪の黒髪をかきあげながら、ぶっきらぼうにそう返事した。


「はい……今でも体を鍛えております。騎士にはもう成れないとわかっていながらも、鍛え続けるほどには好きです」


 ベルの絞り出すような言葉は、どこか力強くも聞こえた。

 資料によると騎士志望だったベルは実家の反対を押し切って、金貸しから騎士学校の入学金を借り入れたそうだ。そのお金で騎士学校に入学したが、騎士になることは叶わずに借金だけが残った。

 その後は実家からも勘当されて、戦闘の知識しか持たない体術士に行く当てなどなく、バルドルの元へ逃げ込み、借金を立て替えてもらったとのことだった。

 今の彼女の冷静さとは、かけ離れた苛烈さと愚直さである。先程の力強い言葉からも、今はその苛烈さを抑え込んでいるのだろうと推測した。

 奴隷となってからの三年は、この商店の給仕としてバルドルの元で働いて借金を返しているそうだ。


「ちょっと意地悪な質問だったんだけど、本音が聞けて良かったよ。ベルはミーリス領で狩人や警備隊として働いてほしいって言ったら、来てくれる?」

「ッ!? そ、それはもし成れるのであれば……ですが、私は落ちこぼれの体術士です」


 ベルは体術士という適性を無能の烙印のように感じているようだった。

 しかしルシアンは体術士は戦闘系の適性の中で、最も優れた適性となる可能性が高いと睨んでいた。


「ベル……三回は言わないよ? ミーリス領で狩人や警備隊として働いてくれる? そのために僕の教育を頑張れる?」

「私は……」


 ベルは様々な葛藤と戦っているようだった。

 彼女の人生を歩んできたわけではないルシアンには、ただ黙って待つことしかできない。


 行動を起こしたのはバルドルだった。

 

「ベルッ! 何を悩んでやがる! こんな機会、次はないかもしれねぇぞ! ルシアンは信じていい! ちょっと顔が可愛いだけの人たらしだ!」

「ッ……バルドル様……わたしは……あたしはッ! あたしにやらさせてくださいルシアン様! どんなにキツくても、苦しくても、ルシアン様について行って見せます! お願いします!」


 バルドルの言葉に背中を押されたのか、ベルは泣き叫びながら決意を表明した。

 

 ルシアンは瞳を閉じて、感じ入るように黙っていたが、声を出せば自分も泣いてしまいそうで、声が出せないだけだった。


 (……バルドル大好きの僕には効くわこれ。)


 ルシアンは感動が引くまで待った後、赤く充血した目を開けた。


「これからよろしくねベル。君は強いよ。今はその強さの使い方がわかってないだけだ。僕が必ず導いてあげるからしっかりついてきてね」 

「あぁ……ルシアン様……あたし……あたし頑張ります! バカなあたしに騎士様の……ルシアン様の強さを教えてください!」


 縋るようなベルの姿に、本来の彼女の心がむき出しになったようで嬉しくなったルシアンは、優しく微笑んだ。


「ミーリス領には大きい森と山があるから、獣も魔物も狩り放題だよ! 楽しみにしててね!」

「はい! その時を心待ちにしております!」


 そう言って足早に応接室を出ていくベルの後ろ姿は、初めの丁寧さを感じることはなく、どこかガサツな印象を受けた。





「いやーもうこれ口に出さずにはいられないよ。バルドルってほんとにかっこいいよね!」

「な、なんだよ急に……きもちわりぃぞ」


 ベルを見送った後、ルシアンは本音を伝えることが抑えられなかった。


「だってベルが鍛錬やめてないの知ってたから、僕にいち早く紹介したんでしょ? あっ! もしかして適性検査が済んでる男が、二人しかいないってのは嘘じゃないよね?」

「なわけねぇだろ! ただベルが気の毒だったのは、その通りだよ。あいつは十分働いてくれた。ベルのこともアーシェのことも頼んだぞ! ルシアン・ミーリス様よぉ!」


 そっぽを向くバルドルの姿にルシアンの心の中はお祭り騒ぎになっていた。


 (バルドル最高! バルドル最高!)

 

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